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死ぬほど好きだって言ってくれるし優しいし我儘言っても怒らないし命令には絶対服従するし

 大きな身体を折り曲げて、チワワみたいに目をくりくりさせながら私の目を覗き込むこいつは栗山淳、二十歳。私と同じ大学の同じ学年で、今は学校が終わっていつものデート中。要するに彼氏だ。この四月で私たちは三年になった。


「ねえ亜季、おなか空いたよね?」

「うんまあ空いたと言われれば空いたような……」

「何が食べたい?」


 目はチワワ並みに黒目全開でツブラだが、180センチと背は高いので、身体はゴールデンレトリーバー? まあ何というかでっかいペットみたいな感じ。


「ん~そうだな、強いて言えば……餃子?」

「餃子! よおし分かった! 今ケータイでめっちゃ美味い餃子のお店探すから待ってて!」


 自分で言うのも何だけど、淳は私にゾッコンだ。私のためなら大抵何でも言うことを聞く。そして気持ちを汲み取りすぎてこのように空回ったりもするのも毎度のこと。


「いいよ別に。どっかその辺で」

「ダメダメ! せっかくの亜季との食事なんだから、妥協なんて出来ないよ! 待っててね~~~お、ここなんてどう? 『ハクション大魔神餃子』。魔法のランプに入ってる特製ダレは一度食べたらヤミツキだって!」


 今日は特に記念日というわけじゃく普段のデートなので妥協して下さい、という気持ちは届かず仕舞い。


「んん~? どこそれ」

「新宿。新宿のねえ……」

「ええ~新宿? ここ大宮だよ?」

「で、でもさ、最近テレビでもヒコマロが絶賛してたって……」

「やーだ、もう疲れた。動きたくない」


 さすがに付き合いきれん。


「そ、そう? じゃあちょっと休憩する?」

「休憩? ってどこで?」

「そりゃ休憩といえば……ね?」


 チワワが発情した瞬間でした。


「バカ! 淳いっつもエッチすることばっか考えてんでしょ! もう帰る!」

「じょ、冗談だってば。あ、じゃあさ、あそこのラーメン屋にしようよ。ね、ほら看板にも『当店手作りオリジナル特製巨大餃子』って書いてあるし」

「……いいけど」

「じゃあ決まり!」

「でも食べたらすぐ帰るからね」

「ええ~せっかく久しぶりに会ったんだから、もう少し一緒にいようよ」

「昨日も会ったし明日も学校で会いますけど?」

「オレの中では一時間以上亜季に会わなかったら久しぶりなの!」


 何言ってんだか、と呟きながらもニヤけてしまった。ホント、可愛いヤツ。



 淳とはこんな感じで、私たちは学校でも公認の仲良しカップルで通っている。淳は優しい。チワワのクセにすぐに発情するけど。一秒だって離れたくないってよく言ってるけど、大袈裟でもなんでも無いんだろう。学校でも可能な限りず~~~っとくっついてくるし。


 デートの帰り際なんて大変だ。握った手を離そうとしないんだから。バイバイって言って改札に向かおうとするとすぐに私の手を取って「本当に帰っちゃうの?」って。お陰で何度終電逃しそうになったことやら。ただでさえ可愛いチワワアイズがさらにウルウルしてきて、そんな瞳で見詰められると未だにキュンと来ちゃう。


 でも最近、何だろう、私の事は死ぬほど好きだって言ってくれるし優しいし我儘言っても怒らないし命令には絶対服従するし特に不満は無いんだけど、う~ん、何ていうかちょっと物足りない? 何てね、こんなこと言ったらバチが当たるよね。せっかくこんなに自分の事を好きでいてくれる人が傍にいるんだから。うんうんそうだそうだ。というわけでとりあえずコンビニ寄ってこ~っと。


 あ! イチゴ大福の新しいのが出てる! ええっ生クリーム&生キャラメル入り!? こここれは買うしかないでしょ!


「お会計百五十円になります」


 いつもの店員さんだ。何気にちょっとカッコイイんだよね。


「ありがとうございました~」


 早速イチゴ大福ちゃんを……ん? なんか入ってる。手紙? 何だろう。



『こんにちは。安藤亮介っていいます。初めまして……じゃないですよね。いつもお菓子を買ってくれてありがとう。っていっても別にオレの店じゃないからあんまり関係ないんだけど。自分が店にいるときは一日一回は必ずキミを見かけます。ずっと気になっていたので思い切ってアドレス渡します。メールくれたら嬉しいです。アドレスは……』



 汚い字だなあ。これって要はナンパ、だよね。凄いモテそうな顔してるのに手紙なんて意外とシャイなんだなあ。直接声掛ければいいのに。あ、仕事中にナンパはまずいか。イタリア人じゃないもんね。


 でも「気になってるコ」に渡すんならもうちょっと丁寧に書きなさいよね。しかもレシートの裏って。さて、どうしよっかな~。これ渡されてすぐメールするのもね、がっついてるって思われるのも嫌だし。しばらく様子見の方向で。あ、淳からメールだ。


『愛しの亜季へ。明日どこ行く?』

『明日はダメ。バイト』

『ええ!? だって水曜日だよ、休みじゃないの?』

『人が足りないから出る事になったの』

『そんな~~~もうやめろよな~~~居酒屋なんて……』

『ふうん……じゃあ淳がお小遣いとして毎月10万円振り込んでくれてデート代も全部奢ってくれるのね? だったら辞めてもいいよ』

 

 あれ、返って来なくなっちゃった。しょうがないな。


「もしもし? いいでしょ、学校で会えるんだし」

「うん……分かった」


 ふふ、ヘコんでる、可愛い~い。


「じゃあね、また明日」

「あ、亜季! 待って!」

「何?」

「大好きだよ」

「……私も。じゃあお休み」

「うん、お休み」



 安藤さんにアドレスを渡されてから三日間、私はコンビニに行くのをやめてみた。理由は……男心を焦らしたい女心が芽を出したから。そろそろ頃合だろう。いるかな~~あ、いたいた。わわわスッゴイこっち見てる。とりあえず普通に買い物しようっと。


「ありがとうございました……」


 うっわめっちゃテンション低っ! 仕方ないなあ。私は店を出て歩きながら携帯を取り出した。


『安藤さんこんにちは。私が行くといつもいるので顔は知ってましたよ~。でもまさか手紙渡されるなんてビックリ! これってナンパですよね?』


 さてさて、何て返ってくるか……わ、もう来た! 仕事中じゃないの?


『よかった~全然連絡無いからもうダメだと思った。アドレス渡してからぱったり来なくなっちゃったし。さっきもほぼシカトだし(笑) そうです! 100%ナンパです! で、お名前聞いてもいいかな?』

『そうでしたね、自己紹介がまだでしたね。上村亜季、大学生です。安藤さん、どうせ色んな女の子に手紙渡してるんでしょ? で、引っ掛かったらラッキー! みたいな(笑)』


 ノリが軽いもんね。きっとあちこちに釣り糸垂らしてるに決まってる。


 あれ? 返事が無い。やば、ちょっと調子に乗りすぎた? 怒っちゃったかな……まあいいか。こんなんで怒るくらいならその程度の男ってことで。とりあえず駅へ向かおう。今日は、いや今日も淳とデートだ。

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