第五章:強敵とモスクワ
かなり更新が遅れました。(汗)
一週間に一話ずつ更新は難しいですが、それでも完結させたいと思いますので、どうぞ生暖かい目線で読んで下さい・・・・・・
1941年9月30日。
スモンレスクを占領した我軍は目標のモスクワを目指していた。
モスクワを落として、更にレーニングラードを陥落させれば我軍は勝つ。
ナポレオンも成し遂げられなかった功績を、我々ドイツ人が成し遂げられるのだ!!
その気持ちが、まだ我々---前線を進む兵たちにはあった。
しかし、後方は違う。
「ハント少尉、やっと補給部隊が追い付きましたよ」
無線手のバイアンがヘッドフォンを外して、私に補給部隊が来ることを伝えた。
「やっとか。随分と長かったが・・・・・・やっとオットーとハマーンが補給できる」
今は9月・・・・・そろそろ雨が降る可能性が高い。
10月になれば、雨は大量に降り、11月になれば雪がチラつき始めるだろう。
何としてでもモスクワに辿り着きたいが、補給部隊が前線部隊に追い付かないのだ。
更に言えば、ここの所は敵戦車が強敵ばかりだ。
ミンスクで戦ったギガント(巨人の意)ことKV-2重戦車と“T-34中戦車”の存在は捕虜から聞いている。
KV-2は20口径152mm榴弾砲という、とんでもない砲を戦車に搭載しており、更に鉄壁とも言える装甲・・・・・・・・
我々の戦車---Ⅲ号戦車、Ⅳ号戦車では歯が立たない。
ドア・ノッカーと蔑称を持つ37m対戦車砲は・・・・・・悠々と踏み潰された。
唯一仕留められたのは空軍高射砲部隊の“8.8cm FlaK”位だ。
だが、あれは空軍の所有物だし、彼ら自身は「我々は飛行機が敵であって、戦車は敵じゃない」と屁理屈を言って協力を余りしてくれない。
必要に迫られたらやるが、それ以外は断るのが彼らの流儀みたいなものだ。
とは言え、やらせる方法はある。
頼んで駄目なら、力づくで頼むまでだ。
私も頼んだ事がある。
皆で銃口を向けて「早くやれ。このモルヒネ豚の妾野郎」と言ってやらせたのだ。
そして仕留める事が出来た。
だが、くどいようだが彼らは空軍であり、必要な時に居ない事も多々あった。
そういう時はキャタピラーを狙うか、砲塔部分を狙い、撃てなくするかなどで対処するしかない。
幸いソ連の戦車兵は我々に比べれば、圧倒的に訓練不足だった。
お蔭で何とか戦える状態だが、もっと強力な砲塔を装備した戦車が欲しい、とは誰もが願って止まない。
このⅢ号戦車H型も、フランス、ポーランド戦で得た教訓を元に強化されたが、ソ連軍戦車に比べると力不足と断じるしかない・・・・・・
何より弾薬と燃料が欠けては動けないのだ。
だから、バイアンの補給部隊が来る、と言った言葉は有り難い。
道路の脇から、補給部隊が姿を見せた。
先ず弾薬と燃料が与えられるから、それを戦車などに積み込む。
そして各自点検などして、それから戦車長は受け取りにサインする。
これが終わり、初めて暖かい飯が与えられるのだ。
「よぉ、ハント」
トラックに乗った同い年の男が手を上げる。
私の友人であるが、補給部隊に行った男---ヴォルフだ。
「やっと来たか。カメラード。遅いじゃないか」
「そう言うなよ。これでも急いだんだぜ・・・・イワンの後方錯乱部隊を潜り抜けて、な」
「・・・・本当だったのか」
ヴォルフの言葉に私は眼を鋭くさせた。
ミンスクなどを占領したが、ソ連軍は諦めていない。
コサック騎兵---大半はソ連に粛清された者の何人かは生き残り、我々に味方する者も居れば、逆にソ連軍に味方する者も居る。
その者達が我が後方を滅茶苦茶にしている、とは聞いていた。
しかし、大した損害じゃないと高を括っていたのは否定できない。
ヴォルフの眼を見れば、大した損害ではない・・・・・・かなり凄い損害だ、と理解できる。
「酷いもんだが、まだ何とかなるぜ。とは言え、泥か雪が来たら・・・・・お前らの所に届けられるか不安だ、と上官は漏らしていたぜ」
小声で彼は言い、私は周囲を見回す。
こんな言葉が誰かに聞かれたら、即刻憲兵に捕えられる可能性が高い。
冗談とも取れるが、こういう些細な事でも憲兵という“戦場の風紀委員”は目敏いのだ。
「その前にモスクワを落としてやるさ。さぁ、早く弾薬と燃料を寄こせ。こっちは腹ペコなんだ」
「お、言うね。だったら、早く渡してやるよ。おい、弾薬と燃料を渡せ」
トラックから補給兵が出てきて、私たちに弾薬と燃料をくれた。
しかし、ヴォルフの言葉通り・・・・・・何時もなら30缶は与えられたガソリンが、半分以下の12缶だった事から、やはり損害は大きい、と痛感させられる。
今のままでさえ厳しいのに、ヴォルフの言う通り雪か泥が襲って来れば・・・・・・・・非常に不味い。
何としてでも、自然より早くモスクワを落とさなくてはならない。
そう私は決意しながら、受け取りにサインして皆で温かい食事を頂いた。
温かい飯と言っても、スープとパンくらいだ。
ガソリンが30缶から12缶に減った・・・・・・つまり、食糧を始めとした物すべてが不足している。
食料を例に挙げるなら、以前までは肉入りのスープが当たり前だった。
所が、ロシアに来てからは違う。
肉入りスープが食べられない。
ここ最近は肉無しのスープだ。
それでも温かいだけマシと言えるだろう。
どうせ、今日も肉無しと思っていたら・・・・・・・・・・
「お、おいっ。これ・・・・・・・・・」
私は呆然とした。
食料の中には・・・・・私たちだけでは余る程の・・・・・・肉があった。
「礼を言うなら、お前の部下に言え」
なに?
思わずヴォルフを見る。
「お前の部下にフランス娘---パリジェンヌと懇ろな奴が居るだろ?」
「あ、あぁ・・・・・・バイアンだ。バイアン、出て来い」
私が声を掛ければ、バイアンが出て来た。
「お前の恋人と名乗る女が、この肉を送って来たぞ」
「え、あの娘が?」
バイアンは驚いた顔をする。
「ここの戦況が良くない、と聞いて・・・・・・送って来た。健気な娘だぜ。俺たちの分もある、と言ったんだ」
「あ、ああ・・・・・まぁ、嬉しいですけど・・・・・それって、軍から正規の・・・・・・・・・・・・・」
「てめぇ、女からの贈り物を不意にするのか?おい、ハント。お前の部下は酷い奴だな」
「バイアン、私は君を弟のように可愛がっていた。しかし・・・・・・・今度ばかりは赦さんぞ」
「え、だ、だって、一応、軍から正規の・・・・・・・・・」
『愚か者!!』
私とヴォルフは一緒にバイアンを殴った。
もちろん手加減して、だ。
『プロシア軍人たる者が、ご婦人から差し出された物を拒否するとは何事だ!!』
「え、ええぇぇ!?」
「皆の者、バイアンを取り押さえろ!ご婦人を傷つける輩には、眼前で肉を食べてやる罰が似合いだ!!」
『おぉ!!』
私の言葉を合図に、他の者達が一斉に襲い掛かりバイアンを縛り上げる。
それを肴に私たちは久し振りの肉入りスープを頂いた。
とは言え、後でバイアンにも食べさせてやった。
「ヴォルフ、感謝するぞ」
久し振りに美味しい飯が食えたんだ。
「良いって事よ。俺だって本当は前線に出たかったんだ。だが、何の因果か・・・・後方で、食糧を送る任務を仰せ付かったんだ」
戦において兵站も大事だが、やはり前線で戦いたいという気持ちは強い。
「だから、こうして俺は戦場の空気を食べれたからな。悪くないぜ」
「しかし、それでは私の気が済まん。機会さえあれば、何かの形で返すよ」
「相変わらず、律儀な男だな。まぁ、そこがプロシア家系らしいがな」
「まぁ、軍人家系でなければ・・・・・詩人か絵描きになりたかったからね」
とは言え、今の職業にも誇りはあるが。
「そうか。そうだな・・・・・まぁ、お前の律儀は受け取っておく。機会がある時は、俺から返せと頼むぜ」
あぁ、そうしてくれ。
そう私は返すのだが・・・・・・・その機会と言うのが、まさか、“あんな時”とは思いもしなかった。