第三章:北よりミンスクへ
今回は戦闘無しで、どちらかと言うと老騎士の回顧が主です。(汗)
「・・・それが貴方の初陣でしたか」
俺が尋ねれば、眼前の老いた黒騎士は静かに頷いた。
「あぁ。長い年月を隔てた今でも覚えているよ」
学校時代から厳しい訓練に耐えてきた。
その成果が実を結んだ瞬間だったからだ。
「しかし、歴史の示す通りになったよ」
バルバロッサ作戦は失敗した。
「同時に皆も死んだ。そして私は戦女神と出会ったのだよ」
老いた黒騎士---ハント・フォン・ウィルヘルム大尉は静かに言った。
第二の世界規模の大戦を経験した者なら、誰もが一度は耳にしている名前だ。
マルグリット・ヴェスパ。
フランス人女性で、類い稀なる射撃の腕、巧みなバイク技術、何者にも屈さない自我、誰に対しても優しい慈愛・・・・・・・・・
彼の女に見初められたらヴァルハラに行ける。
そんな噂がまことしやかに囁かれていた。
もちろん連合軍にも枢軸軍の両方で、だ。
こんな噂を持つ女を利用しない手はない、と思うのが政治家達だ。
特にイギリスの魚雷野郎ことウィンストン・チャーチル、フランスの三高野郎ことシャルル・ド・ゴールは大いに利用したい筈だ。
チャーチルは英雄主義で、ド・ゴールの方は敗戦国という負い目がある。
もう少し掘り返すとチャーチルは英雄主義で、古い帝国主義的な考えを持っていた。
政治家としては優秀だが、些か主義は古臭い。
だが、それを打破する存在がミセス・マルグリットだ。
彼女は単身で戦場を駆け廻り、敵味方を問わず兵達から慕われている。
その彼女をイギリス側に引き入れて、プロパガンダにすれば・・・・・現代のジャンヌ・ダルクみたいな感じで脚光を浴びる。
そうなれば、自国の発言力は強まって、警戒していた国---ソ連などにも少なからず牽制になる。
シャルル・ド・ゴールの場合はどうだろうか?
こちらは背が高い、鼻が高い、プライドが高いの三高が軍隊時代から通っており、軍人としても政治家としても付き合うのが大変だ。
ヨーロッパ戦では以下のような冗談が言われたのが証拠になる。
『ルーズベルトとチャーチルの敵はヒトラー、ムッソリーニとド・ゴールだった』
ヒトラー、ムッソリーニは言うまでもないが、同盟軍であるド・ゴールも入っている。
これはド・ゴールが我を通す形で、パリ解放などをさせて連合軍の進撃を遅らせたり、フランスを何でも噛ませようと点が指摘されている、と聞いている。
彼としてはフランスの為、と思っているだろうが付き合わされる方は堪ったものじゃない。
まぁ、「我が道を行く」という姿勢を生涯、通し続けてきたから何とも言えない。
話を戻すと、フランスはドイツに降伏して敗戦国となった。
そしてドイツ派---ヴィシー政権と自由フランス派に別れる結末になり、国家が真っ二つになった。
これを一つにするのには・・・・・・英雄が必要だし、これからの事も考えれば自国民が条件に上げられる。
ミセス・マルグリットは女性で、フランス国籍だ。
条件には合っているし、戦場を駆け廻っている所も英雄として取れる。
俺が調べた限り両者共にミセス・マルグリットと接触した痕跡が見られた。
やはり自国の利益を優先して、の事だろう。
しかし、その後を見る限りだが・・・利用できなかった、と結論できる。
そこを聞いてみると老いた黒騎士は笑みを浮かべた。
「彼女を利用しようとしても無駄さ」
彼女は自分を含めた騎士達が護ったのだ。
たかが老獪な政治家という腹狸には・・・・・・指の爪一寸だろうと触れさせない。
「彼女は我々の女神だ。政治の玩具にさせない」
戦争は神々に捧げる神聖にして絶対の物。
あろうことか神を利用するなど言語道断である。
「彼女も嫌がっていた」
「何故、ですか?」
それは黒騎士だけでなく、彼女と接点がある後ろの3人の老人にも聞いた。
『答えは簡単。戦争事態を嫌っていたから』
4人は口を揃えて断言して、続きを黒騎士が話す。
「彼女は戦争で全てを滅茶苦茶にされた。戦争とは“政治の延長戦”でしかない、と“カール・フィーリプ・ゴットリープ・フォン・クラウゼヴィッツ”は言った」
この人物はプロイセン王国の軍人にして、軍事学者でもあり、彼の有名な「戦争論」を世に出した人物だ。
その人物は政治の延長でしかない、と戦争を断じた。
「確かに、その通りだが・・・・・無関係な民から言わせれば、戦争など傍迷惑な“人害”でしかないのだよ」
ミセス・マルグルリットも無関係な民だったが、政治の延長戦で全てを奪われた。
「その彼女が、政治に使われるなど・・・・・彼女自身、嫌がるさ」
無論、それは個人の意思で尊重されるべき事だが、政治家は国の利益を最優先する。
つまり時には非情な事も厭わない。
「恐らく二人は力付くでも、と動いただろう。しかし、先ほども言った通り私達が阻止した」
何故なら・・・・・・・・・・
「騎士は婦人に忠誠を誓う」
その婦人が嫌がるなら排除するのも騎士の務めだ。
「その点についてはイワンも同じだったよ」
女も報酬に入る、とソ連軍人の一人は述べた。
事実、敗戦後のドイツでは妊娠、中絶、性病が広がり数万のドイツ女性が死んだ。
しかしながら、ミセス・マルグリットだけは違う。
戦場を駆けながら誰にも身体を許していない。
つまり・・・・・・敵でさえ彼の女には手出しをしなかった、と言える。
「まぁ、中には獣以下の者も居るが、恐らく殺されただろうね」
女神を無理やり抱こうとした罰で・・・・・・
「貴方の場合はどうだったんですか?」
ドレス姿の女神に会い、ワルツを一曲した。
「彼女から一曲求められて邪まな気持ちは抱いたさ」
しかし、彼女は一曲終えると消えたらしい。
「後を追い掛けたが見つからなかった。そして私は休暇を経て、再び戦場へ戻った、という訳さ」
さぁ、今度は再び戦場の話だ、と黒騎士は言う。
余り話したくない内容だからかもしれない。
そうでなければ、あんな強引に変えたりしない筈だ。
俺はカセットを入れ替えてスイッチを押した。
話したくない話は聞かないのが、俺が掲げるジャーナリストの掟だ。
そして黒騎士は続きを話し始めた。
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私達は先遣部隊と合流したが、休む暇は無い。
「私は会議に顔を出して来る」
『ヤー』
私が将校たちの所へ行くと、待っていたとばかりに会議は始まる。
「我々の第一目標は“スモレンスク”だ。ハント大尉、君は第3装甲連隊の先兵として北からミンスクへ行け」
「そこで橋を確保して、友軍の進撃を助けるのですね?」
私が聞けば、大佐が頷いた。
「そうだ。頑張れよ?君の父君---ヴィルヘルム中将も楽しみにしている」
愛息子が活躍して、無事に帰国してくれる事を。
「ハッ。必ずや橋を占拠してスモレンスクへ友軍を導いてみせます!!」
「うむ。流石はトーテンコップの由来を持つウィルヘルム家の嫡男だ。では、会議は終わりだ。全員、行動開始」
『ヤー!!』
私達は手短に会議を終えて、直ぐに各自の場所へ戻る。
「諸君、我々は第一目標のスモレンスクの手前---ミンクスにある橋を北から占領する。それが終わったら、オットーとハマーンを補充して飯だぞ」
『ヤー!!』
私はハッチを閉めて乗り込んだ。
「パンツァー・フォー!!」
掛け声を合図にマイマッハダイムラーエンジンが唸りを上げる。
VOOOOM!!
キャタピラーの音が私には蹄の音に聞こえた。
まるで黒馬に跨り、剣を抜いた黒騎士---遥か先祖のような気分になる。
敵こそ居ないが、単身で敵陣に乗り込む・・・・そんな気がしてならない。
とは言え、その一歩も・・・・・・我が大ドイツ帝国の崩壊を表す鎮魂歌の始まりでしかなかったのだ。