序章:髑髏の黒騎士
どうも、ドラキュラです。
アフリカの星は、でウォルターを主人公にしましたが、今回はハント大尉を主人公にした物語です。
「ハントお爺ちゃん、それ何?」
ベルトランテが私の指環を指した。
突然の問いに驚いたが、直ぐに答える。
孫の質問には答えなくてはな。
「我が家の紋章さ」
「髑髏が?」
ベルランテは疑問を率直に口にした。
私がしている指環は髑髏が彫られている。
髑髏が紋章など変かもしれないが、これには理由があるのだ。
「正確に言えば“髑髏の黒騎士”だよ」
黒騎士とは・・・・主人を持たない騎士を意味している。
通常の騎士は盾に己が家の紋章を描く。
しかし、黒騎士は主と明確な主従契約を結んでいない。
言わば傭兵と言えなくもない存在だったから、盾を黒一色に塗ったのだ。
自分が認める主人に会うまでは・・・・・・・・・・
と、幼い頃は聞かされた物だが、現実的には違う。
鎧などの手入れもしない有り様で、金も掛る。
そこで錆止め防止の為に黒く塗った、と言うのが真相だ。
ロマンスの欠片も無いが、戦場にロマンスを求める事が間違いなのだ。
戦場は理不尽だ。
そして、最前線で戦う兵士たちは生き残る為に戦う。
祖国の為に戦う者も居たが、次第に戦う意義を忘れて行き・・・・生き残る事に全力を傾ける。
私が経験した“東部戦線”が顕著に物語っているだろう。
あそこは人間の業深さが嫌と言うほど・・・・出ていた場所なのだ。
しかし、そこで私は“戦女神”と出会い生涯を捧げた。
彼女こそ私が生命を懸けても忠誠を誓う主人だった。
その主人も戦友達も居ない・・・・・・
それでも女神の命令だ。
生ある限り、この子たちを護らなくては・・・・・・・・・・・
「ハント御爺ちゃん、御爺ちゃんの家系ってどんな家系なの?」
「私の家系かい?」
私の問い掛けにベルランテは頷いた。
「うん。だって、ゴダール御爺ちゃんが言ってたけど、ハント御爺ちゃんの名前ってこうでしょ?」
ハント・フォン・ウィルヘルム。
フォンとはドイツ語で貴族または子孫を意味する。
私の家系は遥か昔---17世紀に遡る。
あの時代に髑髏---“トーテン・コップ”は持ち出された。
私の遥か先祖は流浪の騎士だったが、当時の王で在らせられた“フリードリッヒ2世”を護り切ったと言われている。
肉が削げ落ち、髑髏となっても・・・・・・・・・・
故に王は感謝を込めてRegiment Nr.5---プロイセン王国軽騎兵連隊の微章を・・・・・我が家に与えた、と聞いている。
本当かどうかは知らないが、私も代々当主が髑髏の黒騎士が描かれた絵画の前で誓った。
例え、骨となろうと祖国の為に戦う、と・・・・・・・・・
しかし、私は骨ともなれず生きてしまった。
そして多くの戦友たちを失ったばかりか、2人の女性を不幸にした。
1人は婚約者の伯爵令嬢、もう1人は私が行き付けだった酒場の看板娘だ。
戦女神に忠誠を誓っていた私は、2人の想いを受け止めず袖にしてしまった・・・・・・・・
今にして思えば若さ故の過ちであり、時代がそうであったからかもしれない。
戦争が無ければ、2人は幸せに老後を過ごしていた事だろう。
無論、私も・・・・・・戦女神も・・・・・・・・・・・・
「ハント御爺ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや・・・・何でもないよ。ああ、もうこんな時間か。さぁ、眠る時間だ」
時間は既に11時となっており、現代の子供なら起きている時間だが、ベルランテには早く寝かせている。
寝る子は育つ、と言う。
何より悪戯に夜更かしはさせられん。
「はぁい」
ベルランテは私に連れられる形で自身の寝室へ向かう。
彼は10歳を越えているが、少し頼りない一面がある。
しかし、あの西部劇の主人公みたいな愚か者---ベルトランを憧れとしている。
だから・・・・大丈夫だろう。
あんな男でも、男の手本であり羨望には間違いない。
そのくせ女を泣かす事に関しても一流だから腹立たしい。
だが・・・・私も人の事は言えない。
いや、果たして私以外の3人も言えるか?
3人そろって若い頃は女泣かせで通っていた。
私もそうだった。
・・・・・他人の事は言えんな。
ベルランテを寝かせて、再び自分の部屋に戻る。
私の部屋は既に無き実家の遺品ばかりだ。
髑髏の黒騎士が描かれた絵画も一つである。
しかし、それを見ず壁に飾った写真を見た。
ウェディングドレスを着た幼女と黒い軍服を着た私が写っている。
場所は寂びれた教会だ。
幼女・・・・いや、幼女ではないな。
見た目は幼女だが、写真を撮った時は既に20歳になっていた。
私が部下達と酒を飲んだ酒場---ゲッツ酒店の看板娘だった。
直ぐ横には別の写真がある。
私の愛馬---Ⅳ号戦車F-2型--―1943年6月からはG型、と命名された。
我がドイツ軍を最後まで支え続けて来た軍馬を背景にしている。
・・・・私の婚約者だった伯爵家の娘である。
私の実家は公爵であった。
彼女の実家とは付き合いが長く、私と幼い頃は遊んだ間柄だが・・・・・生憎と私は再会しても覚えていなかった。
それでも私の写真を見ては、幼い時から想いを抱き続けていた、と再会した時に言われた。
しかし、私は見向きもせず結果的に彼女を死なせてしまった。
酒屋の看板娘も同じだ。
敗戦が決定して、私も死ぬだろうと予想して・・・・・ソ連兵に蹂躙される位なら・・・・・・・・・
だが、結果を言えば私は生き永らえて、2人の生命を戦場以外で奪った事になる。
この事実は私の胸に突き刺さり、未だに後悔の念が耐えない。
だが、過去に戻れても・・・・・・・私はマルグリットだけを見て、彼女だけに恋をして、彼女だけに身も心も捧げるだろう・・・・・・
彼の女性ほど苛烈にして繊細な女性は居ない。
そして男を虜にした女性も居ないだろう・・・・・・・・
あるパーティー会場で彼女のドレス姿を見たが、どの女性よりも栄えており、どの女性よりも男を釘付けにしていた。
それだけ彼女は魅力的だった。
ある人物が死んだら妻が迎えに来る、と言ったが私の場合は違う。
酷い話だが、私を慕いながらも、報われずに死んだ2人ではない。
マルグリットと戦友達が迎えに来る。
彼女達は天国だが、私はヴァルハラに行く筈だ。
2人が居るであろう天国には行かない。
戦友達が言った通り・・・・・・・・・
ここで思う。
私は死んでも女を泣かす、か。
「やはり・・・・他人の事は言えんな」
自嘲しながら私は写真を見続ける。
まるで、これから誰かに話す、という気持ちになりながら・・・・・・・・・・