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その4

 私の人生が作り物……?

私が見ていた景色が全て偽り?

そして私自身が作られたもう一つの人格?


 おいおい、勘弁してくれよ……。

じゃあこの感情も全部作り物だってのか。


 私が見ているすべての物は、

私が感じるすべてのことは、

私が思っているすべては


 全部×××の作り物だっていうのか?


 『いきなりの事実で受け止めろってのはきつい話かもしれないね。けど、受け止めて。

これは全部本当の話なの。

受け止めたら、もう一度自分の周りのことを思い返してみて。


 両親は本当に両親?

部屋が荒らされたんじゃなくて、それは整頓されただけじゃなかった?

体と顔の傷はなんでついたの?』


 言われた通りに思い返してみた。

両親。

言われてみれば母親に何か言われた記憶はある。

けど、父親に会った記憶がまるでない。

それこそ設定としてしか存在しないような、そんな記憶しかない。


 部屋が荒らされていたという記憶はあった。

だけど、部屋をきれいに掃除したという記憶が全くないのだ。

今回だってそうだ、荒らされたと言っても普通に私は寝て風呂に入って朝起きている。

部屋を直す気なんてさらさらないじゃないか。


 傷なんて言われれば理由が不明だ。

何故って、そりゃ家から出た記憶がないのに怪我をしたも何もあるか。

これも作られた設定でしかないということだ。


 私は嫌でも自分が作られた設定だけの存在と言うことに気付き始めた。

自分で納得いってしまうと世界も段々と見た目を変えていった。


 黒髪のロングだと思っていた髪はショートの茶髪になり。

釣り目だと思っていた目は、たれ気味になっていて。

部屋は荒れているどころか綺麗になっていて。


 これが本当の世界の姿か。

偽りから抜け出した本当の世界か。


 『うちがね、何より怖いのは綴ちゃんが消えてしまわないかってこと。

その設定の世界で生きてきた綴ちゃんが真実を知ってしまえばその世界の意味はないんだから、消えてしまうんじゃないかなって思う。


 そうなる前に早く伝えとくね。

うちは生きることが辛かった。生きることなんて死ぬほど辛いって思ってた。

生き地獄なんてよく言ったもんだよね。

本当に辛かったなあ……。


 でもね、死ぬことはそんなことよりも何倍も辛い。

うちがじゃないよ。

うちの周りの人たちが辛いし、なによりうちが殺した両親が辛いと思う。


 親殺しの私は死んじゃいけない。

この罪を抱えたまま、一生無様に生き続けなくちゃいけないの。


 だから、うちは綴ちゃんを生み出した。

うちの心の支えとして、きれいな世界を見るフィルターとして。

そんなことのために綴ちゃんを作ったの。


 ごめんね、うちのエゴで綴ちゃんをこんな風にして。

本当にごめん。

許されることじゃないと思うけど、ごめんね。


 うちは、ただ【私】に幸せになってほしかっただけなの』


 画面の向こうの×××は泣いていた。

私も気づくと涙が零れていた。

親殺し。

薄々思い出していたけど、それは辛い。

設定上とは言え好きだった親を殺していた事実は辛かった。


 けど、それ以上に×××のことを考えるのが辛かった。

この子は、ずっと一人でそんな罪を抱えて生きていたのか。

この子は、ずっと私に希望を持たせていてくれたのか。


 なんて弱い子なんだろうか。

なんて、脆い子なんだろう。

けど、守ってあげたい。


 出来ることなら私がこの子を全ての悪意から守ってあげたい。


 『これで話は終わりです……。

多分、設定としての、うちの中の綴ちゃんはもう消えてしまうと思います。

うちが全てを終わらせたいと思ったから。


 ごめんね。

ずっと嘘を吐き続けてごめんね。


 あと、綴ちゃんが思ってるあの子はうちじゃないの。

うちもあの子を半分に分けた綴ちゃんの逆側だから。

だからうちの名前はわかってもあの子の名前はわからないでしょ?

知ってることは設定してなかったからね』


 「え、君は……×××じゃないのか? ×××(ばつばつばつ)……? もしかして私はずっと発音出来てなかったのか?」


 画面の向こうの彼女は風香と言っていた。

けど、私が思っている相手は違う?

じゃあ、私が思っているのは誰なんだ。


 『あなたが思ってるその人はね、本当のうちたちだよ。

あの赤い夜にいなくなった本物。

【うち】と【私】になっちゃった子』


 なんてことだ……。

私が唯一の親友だと思っていたのは、大好きだったのは、かつての私だったということか。

滑稽すぎるだろう、私。


 ……そういえば私消えるんだったか。

設定が、世界が綴じられて。

後悔はない。

無念もない。

そう設定されていないからだろうか。


 『色々言っててさ、もう言葉もまとまらなくなってきたけど、この言葉だけはやっぱり言わなきゃだよね』


 涙でぐちゃぐちゃになってた顔。

もしかしてさっきの私の顔は汗だけでなくて涙も混ざっていたのか?

自分の存在が虚ろになっていくことを感じながら私はそんなことを考える。


 「綴ちゃん、今まで……本当にありがとっ」


 涙をぬぐっての精いっぱいの笑顔だった。

混じりっ気一つない純粋な笑顔。

見ているだけで心が癒される。


 それを最後に動画は終了した。

視界がぐにゃりと歪む。

椅子から落ちて頭を思い切り床に打った。


 全身から再び冷たい汗が湧き出る。

ああ、自分が消えることに恐怖してるんだなと察し始めた。


 仰向けになって見慣れた……いや、初めて見る本当の世界の天井を見た。

ショートカットだと首元が涼しくていい。

明るめの髪の色も悪くないな。


 「欲張りを言えば……」


 喉がだんだんと重くなる。

声が出なくなる。

世界が綴じはじめる。


 「もう少し……生きていたかったなあ……」


 そして、君を守りたかった。

私は最後の願いを言う前にこの世界は綴じた。




 頭を叩くような鈍痛でうちは目を覚ました。

起動されていたパソコンの画面には椅子に座ったうちの姿が写っている。

ああ、綴ちゃん見たんだね、そう呟く。


 布団に寝転び天井を見上げる。

綴ちゃんの世界を綴じたことに後悔はない。

ただ、心残りはあった。

一回でいいから綴ちゃんと会話がしたかった、そんな無茶なお願い。


 今からうちは一人で生きていかなきゃいけない。

辛い世界だけ見て、幸せな世界も見て。

1人きりで生きていかなきゃいけない。


 「綴……ちゃん……」


 不意に涙が零れた。

それは汗に混じってシーツへと沁みていく。


 「会いたいよ……綴……ちゃん……」


 明日からは強く生きるから。

だから、今だけは泣かせて。

弱いうちにはそれくらい必要なの。

綴ちゃんみたいにうちは強くないから。


 「うわ……わあああ……」


 涙が止まらない。

塞き止めるものがなくていつまでも流れ続けてる。

止まらない、止まらない。


 「嫌だよ……嫌だよぉ……綴ちゃん帰ってきてよ……」


 自分で選んだくせにこんな泣き言を言う。

うちはなんて馬鹿なんだろう。

なんて、弱いんだろう。


 「ごめんね……ごめんね……うち馬鹿だ……」


 いなきゃいけない相手にいなくなってから気づくなんて馬鹿すぎる。

こんな馬鹿が生き残ってなんで、綴ちゃんが消えるの。

世界は理不尽だ。

理不尽すぎて、殺したくなる。


 「好き……」


 そして気づいたうちの本当の気持ち。

自分が生きて来れた理由。


 「綴ちゃん……好き……大好き……大好きだよ……」


 誰よりも、この世界よりも、一番。

なによりも一番大好きだよ、綴ちゃん。




 『えーと……そんなにストレートに言われると恥ずかしいんだけど』


 どこからともなく声がした。

辺りを見渡すがどこにも人の姿は見えない。

叔母さんの声にしては若すぎる。


 「ふぇ……えっと……どちらさま……?」


 『おいおい、それはないだろう。今さっきまで呼んでたじゃないか』


 「もし……かして……!」


 『赤目綴、ここに帰って来たよ』


 姿は見えないけど。

匂いもないけど。

声しか聞こえないけど、うちのここにいる。

綴ちゃんはここにいる。


 「綴……ちゃん……! 消えなかったんだ……よかった……よかった……!」


 『私がそんな簡単に消えるようなやつだと思ったか? しぶといんだよ、私は』


 その声が聞こえるだけで体中が熱くなる。

内側からじわじわと焼かれてみるみたいに。


 「好きだよ綴ちゃん……もう……いなくならないで……!」


 『私も好きだよ、風香。絶対に、お前を守る』


 顔は見えないけど、綴ちゃんが笑った気がした。

涙は止まらないけど、私は笑顔で笑う。

世界が明るい。

これが綴ちゃんが見てきた世界なんだ。


 こんな素晴らしい世界がこの世には存在したんだ。


 「綴ちゃんにも教えてあげなきゃいけないね。うちたちの本当の名前」


 『いーや、もうわかったよ、思い出した。私たちの名前は』


 『「水原みずはら 怜乃ときの」』


 名前を思い出した嬉しさで綴ちゃんは笑った。

つられてうちも笑う。

ケラケラと一緒に笑う。


 こうしてうちのちょっと不思議な謎は解けて世界が変わった。


 『そういえば、携帯にもう一つ変なアイコンあったんだけどあれも風香のしたもの?』

 

 「え、なにそれ知らないよ」


 非解離性同一性障害の【うち】と【綴ちゃん】の水原怜乃としての世界は続く。


 携帯を開いてうちはアイコンを確認する。

カーソルを合わせて決定ボタンを押すと画面中に広がった黒いスクリーン。

そこには「ゲームへの参加ありがとうございます」と言う文字と赤字での分が長々と書かれていた。


 「面倒なことになっちゃったかも……?」


 『ははは、いいじゃないか。この世界にも楽しみが出来た。そうだ、風香、夢はあるか?』


 「あるよ! うちはね、うちみたいな境遇の人を救えるような人になりたい。それくらい強い人になりたい!」


 『いい夢だな、私は応援するよ。じゃあ私は……風香を邪魔する全てを殺す掃除人、とかどうかな?』


 「えー物騒だよー」


 『ははは、嘘だよ嘘。でも、私は風香を守りたい』


 その言葉にうちは頬を真っ赤にした。

体の熱さが加速する。

手で顔を仰いで誤魔化しながらうちは言う。


 「じゃあ……お願いします……」


 『ああ、これから一緒に頑張ろう』


 水原怜姫の世界はまだ始まったばかりで、この世界にはなにもない。

これから二人で作っていこう、この真っ白な世界を。

白紙な世界を二人で描いて行こう。



 これは始まりのお話。

ちょっと不思議な、精神を共有した女の子の始まりのお話。

【うち】と【私】の小さな世界の始まりのお話。



 世界はまだ……続いていく。

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