その2
私が知りたいのは犯人じゃない。
犯人の動機だ。
なぜこんなことをするのかが誰がしているのかよりも気になる。
ストーカー、と言うと自意識過剰な気もしてくるがそうとしか言えない状況だ。
何故あいつはこんなにも私を気にする。
この赤目 綴の何が気になるというのだ。
それを考えるだけで私は気がくるってしまいそうになる。
「なんなんだ、一体!」
私は枕を壁へと投げつけた。
これで怒りが収まる訳でもないが投げた。
やっぱり気は晴れない。
もやもやと曇ったままだ。
「父か母かに相談するべきなんだろうが……あの二人は心配性だからな……」
私がストーカー染みた被害を受けているなんて聞いたら何をするかわかったものじゃない。
もしかしたら外出禁止令なんてものが出るかもしれない。
そんなの絶対に嫌だ、縛られるのは何よりも嫌いなんだ私は。
と、思っていると不意にドアがノックされた。
突然の訪問者に体が硬くなる。
渇いたのどを絞りだし声を出した。
「は……い」
「早くお風呂入らないとぬるくなっちゃうわよ」
なんだそんなことか……と私は体の緊張を解いた。
適当な調子の声で「わかった」と返すと扉の前から気配は消える。
母がこの部屋を訪ねてきたのはまくらが当たった壁の音が聞こえてかと思ったが違ったようだ。
よかったような悪かったような良くわからない感情が頭をグルグルと回る。
帰ってからすぐ寝ていたから体中が少し汗臭い。
言われた通りに風呂に向かうか。
私は寝間着をベットの端から拾い部屋を出た。
この家は私と父と母の三人暮らしだ。
二階建ての特出した点もない普通の家。
私はこの何気ない日常が好きだった。
湯船に浸かって今日一日の疲れを癒す。
お湯に浸かるのはいい。
頭もすっきりして悩みも全て解決してくれる、そんな気がする。
まあ実際は忘れるだけで何の解決にもならないのだがね。
もうこの際『あいつ』のことは考えないことにするか。
考えても仕方ない気がしてきた。
繰り返すようだが私は幽霊の類は信じていない。
だが、今回ばっかりはそういうものだと思ってみるのもいんじゃないか。
そんな風に思ってしまう。
考えることが面倒だ。
誰ともわからないやつのせいで私が悩んでいるのが耐えられない。
私は自由に生きたい。
悩まず、羽を伸ばし、自由に。
「痛っ……」
体中の擦り傷と顔の傷にお湯が染みた。
――――いや、染みた気がした。
実際には傷なんてとっくに塞がっている。
だが、今でも私を傷つける、そんな気がするのだ。
額の傷はまだいい、まだ髪で隠れるから。
しかし鼻の上の傷はちょっときつい。
これでも華の女子高生だ。
顔にある傷と言うのは少なからずコンプレックスになる。
鼻にばんそうこうでもしようかと思ったが、それはそれでまた私のイメージとは違う。
これも考えない方がいいのかな。
治らないものはいくら考えても仕方ない。
「人生っていうのは本当に嫌になるな……。全てを終わらせる……か」
そんなことが出来ればどれだけ楽か。
難しすぎるんだ、何もかもが。
人生って言うのは本当に嫌だ。
誤ったなら、謝ればいいのか?
傷をつけられたなら、もっと傷つければいいのか?
心を殺されたなら、体を殺せばいいのか?
そういう問題ではないのはわかっている。
だがそう考えてしまう。
それが一番簡単な答えだから。
湯船を出て鏡の前に立つ。
鏡に私の傷だらけの体が映し出された。
醜い、卑しい体だ。
いくら洗っても、いくら洗っても落ちない。
この痛みだけはいつまでも消えない。
「ふぅ……。どうすればいいんだ、私は……」
教えてくれ、×××。
私の唯一の親友だった君なら、この答えを教えてくれるんだろう?
私が辛いときにいつも話を聞いていてくれた君なら。
なあ答えてくれよ……×××。
目を覚ますとうちはソファで寝ていた。
どうやらご飯を食べ終わって横になっていたら寝てしまっていたみたい。
お陰で寝汗ダラダラ、気分最悪。
「風呂入らなきゃ……」
脇目に見た時計の針は11時を回っていた。
叔母さんはもう寝ているだろう。
ゆっくり、ゆっくりと廊下を歩く。
暗い廊下だけどどこに何があるかくらいは覚えてる。
「痛っ!?」
と思っていたが何かを踏みつけ、転んでしまった。
頭を打った際に大きな音が鳴る。
反射的に階段の上を見た。
……どうやら叔母さんは起きてきていないようだ。
よかった、とうちは胸を撫で下ろす。
こんなところに物を置いたのは誰かな、と踏んだものを手に取る。
そこにあったのはテニスラケットだった。
書いてある名前は……「九重風香」、うん、うちだねごめんなさい。
打った頭を撫でながらうちはお風呂場へ向かう。
ゆるりゆるりぱっぱっぱと。
風呂場に入って服を脱いだ下にあったのは、傷と痣だらけの体だった。
両親からの暴力で全身に残ったそれはうちの人生の全てを物語っている。
辛く、凄惨な半生を。
うちは小さい頃から両親に虐待されてきた。
酒に溺れた父親から毎日殴られ、ギャンブルに沈んだ母親から色々な方法で傷つけられて。
例えばそれは煙草の火を腕に押し付けられたり。
例えばそれはベルトで叩かれたり。
例えばそれはナイフで切りつけられたり。
そのせいで小さい頃は全てが畏怖の対象だった。
火が怖くて、金属が怖くて、刃物が怖くて。
そして何よりも両親が怖かった。
それが今では怖くなくなったのも叔母さんのお蔭。
ゆっくり、少しずつうちのトラウマを消してくれた。
だから今怖いのは赤いものくらい。
赤いものは今でも怖い。
あの夜を思い出すから。
体を軽く流して、うちは湯船に浸かる。
お湯で体を癒しながら考えるのはこれからのこと。
私のことをしっかり考える。
あの夜、全てをリセットした代償にうちは今でも悩んでいる。
目隠ししたことは本当に正しかったのか後悔し続けている。
うちがしたことは最善ではなかった。
ましてや、正解でなんて絶対になかったと思う。
それでもああするしかなかったんだ。
全てを終わらせるしなかった。
鼻の傷が少し疼く。
額の傷も同じように。
体の傷は疼かなかった。
うちが全てを請け負って。
私は幸せな振りをする。
そんなどこかが狂った歯車を今でも異常がないように回し続ける日々。
それは本当に幸せなのかな?
顔を浴槽に顔を沈め、ぶくぶくと泡を浮かせる。
教えてよ、綴ちゃん。
誰よりも一番のうちの理解者。
綴ちゃん、うちに答えを教えて。
うちはあなたに答えを教えてあげるから。