フェル(3)
性行為を連想させるような描写が多々あります。R15指定させて頂いています。
初めて気づいた気持ち。
いなくなると解ってから気づいた気持ちだった。
いつも傍にいてくれた。だから気づかなかった。
こみ上げてくる想いが涙を溢れさせてしまう。
この人を愛している。
この人の子供を産みたい。
この人のそばで添い遂げたい。
いろいろな想いがフェルの心に溢れていた。
「フェル・・・・・」
フェルの両手がマサトの身体を離れる。
そうしてその両手はマサトの頬を優しく包んでいた。
吐息が近いくらい近い。
フェルは静かに目を閉じた。
あの乱暴でいつも自分を振り回していたフェルが、涙で頬を濡らしてマサトを待っている。
片手でフェルの涙を拭う。
この部屋に来たときからずっと泣き続けてたんだろう。
フェルの髪が涙で湿っていた。
「・・・愛してる・・・」
目を閉じたままフェルが呟く。
「ずっと・・・ずっと・・・」
「ずっとあなたを・・・愛してる・・・・」
その言葉に想いをこめるようにフェルは呟いていた。
静かに目をつぶる。
フェルが何を望んでいるか、分かっていた。
吐息が熱い。
両手で身体を支えたまま
唇を重ねる。
絡まりあう舌。
フェルの涙が溢れている。
そのまま抱き締める。
抱き締めて涙を拭う。
拭っても涙は尽きなかった。
彼女の想いが溢れてるのだろう。
マサトに出来ることは、彼女の想いを叶えることだけだった。
「明日は出発の日だな」
出発の前日。ジェス=アールティアスはマサトに声をかけた。
「ですね・・・」
「準備は出来ているか?」
「大丈夫です」
「うむ。むこうではメルビン殿がお前の面倒を見てくれる。何も心配することはないぞ」
「はい・・・」
「どうした?気が進まないのか?」
「はい・・あ、いえ。。」
「ふむ・・・済まなかったな・・マサト」
「いえ、王命ですから」
「いや、それもあるが・・フェルのことだ」
フェルの名前が出て、マサトはフェルを思い浮かべる。
あの日、2人はお互いの想いのまま結ばれてしまった。別れの日がさらに辛いものになることが分かっていながら、今まで押し殺しあっていた想いを遂げてしまっていたのだ。
「・・・ずっと思っていたのだ」
「何をですか・・?」
「フェルとお前が夫婦になってこのアールティアス家を継いでくれることを」
「・・・・・」
「我が娘ながら愚か者よ。ずっと結ばれる機会がありながらずっと先延ばしにしてきたのだから」
「そんなこと・・・」
「マサト・・・お前には辛い思いをさせてしまうが・・・あの愚か者の願いを今宵も叶えてやってくれ」
「・・・・知っていたのですか・・・・」
「何年お前たちの親でいると思っているのだ。嘘はつけぬよ、2人ともな」
「・・・・」
「わしに言えることはもうない。我が娘の願いが叶うことが親としての願いであるよ」
「フェルを王城に連れて行けるのですか?」
「それは難しい。メルビン殿はお主を婿にと考えておる。フェルは邪魔だろう」
「ではフェルの願いとは・・・・?」
「子よ・・・。あの娘はお前の子を望んでおる。片親になってしまうが、お前の子を産んで育てたいのだろう。わしはその願いとアールティアス家の跡継ぎを叶えたい。本当に済まないが・・・」
「父さん・・・」
「済まぬ。だが父親として、アールティアス当主として、お前には辛いだろうが・・叶えてやってくれ」
「。。。。分かりました・・・・」
とうとう明日になってしまった。
フェルの心の中には満たされた想いと打ちひしがれた絶望感が両居していた。
あの夜から自分の想いが次々と溢れていく。
気づくのが遅すぎた、自分の想い。その後悔を打ち消すように翌日の夜もマサトの部屋に忍んで行った。
彼の腕の中でこの幸せが永遠であればいいのに、と思った自分。
女としての悦びと幸せを感じながら、それももうすぐ終わってしまう現実に絶望していた。
最後の望みは彼の子を宿すこと。
マサトはメルビン家に婿入りするだろう。彼の傍で添い遂げるという望みはもう完全に打ち砕かれてしまった。
だからせめて・・・
「彼の子を産みたい」
この願いだけは諦めたくはなかった。
夜になった。
「マサト・・・」
行為が終わって、フェルがマサトの名前を呟く。
「フェル・・・」
「オレさ・・・」
「うん・・・・」
「マサトの子が欲しいんだ・・・」
「うん・・・・」
「もう多分、マサト以上に想える人なんてできない」
「フェル・・・」
「あは・・・遅いよな・・・ずっと傍にいたのにな・・・」
「・・・フェル・・・」
「覚えてるか・・・?八年前のこと」
「八年前・・?」
「うん・・・オレが川で溺れて、マサトに助けられたときのこと」
「ああ・・・」
「あのとき、オレを助けて、代わりに溺れちゃったんだよな・・」
「そうだな・・あのとき、父さんが間に合わなかったら、俺はこの世にいなかったろうな」
「ふふ・・・そうだね」
「こらこら、元はと言えば珍しい石が落ちてるって川に飛び込んだフェルのせいじゃないか」
「あは・・そうだったっけ~?」
「こらこら~~」
突然、フェルが神妙な顔つきになる。
「・・・・・あのときが、さ・・・・」
「あのときが?」
「オレの最初のキスだったんだ・・・」
「最初・・・?」
「気を失ったマサトにキスしたんだ・・・ありがとうって想いをこめて・・・」
「そか・・・それは惜しいことしたな・・気を失ってたなんてな」
「もしさ・・・・」
フェルの目から想いが溢れていた。
「もし、あのとき、オレに勇気があったら・・・」
「・・・フェル・・・・」
「本当はもっと前に結ばれて、夫婦だったのかな・・・」
「そんなの・・・」
「あったんだ・・そんな話がさ。父様がマサトに何かあったら、お前が手足となって支えてやれって・・傍にいてマサトの子を産むんだって」
「フェル・・・・」
「勇気がなかったんだ・・・こんなに強い想いだなんて気づいてなかった」
「・・・・・」
「ん・・・・」
舌をからませてフェルを抱き締める。
「もういいんだ・・・後悔なんかしなくて」
「うん・・・」
「愛してる・・・」
「わたしも・・・」
「あはは。『オレも』じゃないのか?」
「ばか・・・・」
「あはは」
2人はお互いの瞳を見つめあって笑っていた。もう数時間後には別れがくるというのに。
「抱いて・・・」
「うん・・・」
出発の朝。マサトは眠い目をこすりながら出発の用意を整えていた。
王城までは馬車で2週間と半日。決して近い距離ではない。
辺境の地から王都までは遠く離れていた。
目覚めたとき、フェルはもう起きていた。
それから出発時刻になるまでまだ1度も会っていない。
「父さん、フェルは?」
「ああ、公爵に呼ばれて宮廷に行った」
「そか・・・今日は戻ってこないのかな」
「そうだな」
「そか・・・」
最後に一目会いたかったがノール公に呼ばれたのなら仕方がない。
出発の身支度を整え、マサトはいつでも出発できるように荷物を居間に置いた。
呼び鈴が鳴る。
「宮廷から馬車が来たな」
「うん」
「マサト・・・しっかり務めてこい」
「分かってる父さん」
「10年間、本当にありがとう。お前の武運を祈っている」
「教育係りだから、武運じゃないよ父さん」
「茶化すな」
ジェスとマサトは笑いながら手を握る。
固い握手をして、2回目の呼び鈴に応えた。
扉をあけて外に出る。馬車はそう大きくない。1頭立の幌馬車だった。
「あ、そうだ。マサト」
ジェスが振り返ったマサトに声をかける。
「御者は1人しかつけられなかったが、腕が立つ者をつけた。護衛兼御者だな。おい、御者!」
「はいっ!!」
御者が呼ばれて、馬車から飛び降りる。
「え・・・・?」
マサトは御者を見て心臓が飛び上がった。
「フェル=アールティアス、必ず無事に王都にマサト殿をお送り申し上げまする!」
「フェル!!!」
「マサト・・・もうしばらくだけ、そばに居させてね・・・」
「フェル・・・」
2人は固く抱き締めあっていた。もうしばらくだけ、傍にいられるのだ。
「フェル、王城には早馬で3週間かかると言ってある。あまり無理せずにマサトを安全に送るんだぞ」
ジェスは娘と息子の馬車に寝具を積み込んでいた。
「可愛がってもらうのも忘れずにな」
そう言って、扉を閉める。
2人は抱き合ったまま、真っ赤になっていた。
3週間の後、やはり別れは来るだろう。
それでも今は大切な人の傍に居られる喜びを噛みしめていた。
「行こう」
「うん・・・」
2人は手を取り合って、御者台に乗り込む。
2人の最後の旅が始まろうとしていた。
「手綱は半分ずつ!」
「ええええ。俺送ってもらう立場なんだけど」
「つべこべ言わない!オレだって護衛と手綱両方はきついんだから」
「仕方ないな~~手綱中は寝ないでくれよ?」
「当てにはすんなよ。夜もあるんだから」
「夜?夜も移動するのか?」
「そんなわけねーだろ!」
「なんで・・夜・・・あっ」
「ばか・・・・」
フェルが耳元で囁く。
「愛してる・・・ずっと愛してる・・・」
6月のそよ風が2人を包んでいる。
心地よい風を受けながら、愛し合う2人は別れの旅を進んでいった。