フェル(1)
初めての恋愛小説(?)に挑戦しました。
描写は変じゃないと思うのですが、一応R指定をさせて頂きます。
「なぁ・・・」
「ん・・?」
「どうしても行くのか・・?」
「ん・・・王様の命令だしな・・」
「そか・・・そうだよな・・・」
フェルが部屋の入り口でマサトの背中を見つめている。
「片付け・・終わってるのか?」
「ああ・・持っていく物はここにあるもので向こうですぐ使う物と着替えくらいで、あとは支給されるらしいから、そんなに無いしな」
「そか・・・」
2人はフェルとマサト。ノール公に仕えている歩兵頭と教育係だった。・・だった、というのは数日前にマサトに王命が下ったからだ。
「ラムセス2世が命ず。ノール伯爵公に仕えし、マサト=アールティアス。6月1日をもってその任を解き、新たに皇太子ラムセス3世の教育係として王城に参れ」
ノール公に届いた短い勅旨。図書館で文献を調べていたマサトは急な勅令に呼び出され、いきなりの王命が何かの間違いじゃないか、とそのときは思っていた。
「・・でもさ、別にマサトじゃなくても良かったんじゃ?」
フェル=アールティアス。ノール公に代々仕えるアールティアス家の長女。女だてらにノール公の軍隊にあって陽動歩兵隊の2番隊長をしている。
「オレ思うんだ・・・ラムセス王の宮廷主参謀殿がマサトを推挙したって専らの噂だから・・・主参謀メルビン殿の一人娘の婿探しで・・・」
「そんなの・・わかんないな・・」
「前にさ、皇太子殿下とメルビン殿ここに来たときに父様が言ってた。メルビン殿の一人娘が出戻りで戻って来て、皇太子殿下の教育係をしてるって。でも、教えられることが限られているから、もう1人、出来れば娘と結婚して一緒に教育係をしくれる若者を探してるって・・」
「・・・どうだろう・・・」
マサトはゆっくり振り返ってフェルを見た。10年一緒に暮らしたこの家とももうすぐ別れなければならない。それは、十年来兄妹のように一緒に過ごして来たフェルとも同様だった。
フェルはいわゆる女の子らしくない女の子だった。活発でいつもマサトを引っ張って行ってはマサトを困らせていた。年頃の女になっても一人称は「オレ」で、父親のジェス=アールティアスにお前が男だったら・・と言われ続けている。今も黒髪を短く切り上げ、動きやすい硬革の鎧に身を包んでいる。代々ノール公に仕えるアールティアス家が男子に恵まれなかったから、自負の念もあるのだろう。
マサトはそんなアールティアス家に18のとき養子になった。ジェスの旧友の息子。辺境の地で暮らしていたマサトの村が蛮族に襲われて全滅したときに身寄りのなかったマサトを引き取ったのがジェス=アールティアスだった。
「入り口に突っ立ってないで入っていいぞ」
マサトはフェルに声をかける。フェルは扉を塞ぐように扉の柱に背をもたれながら、遠い目をしていた。
「うん・・・」
扉を閉めて、部屋に入る。部屋にはベッドと椅子、マサトがいつも使っている机以外はほとんど何もなかった。
「昨日の酒宴、すごかったな・・マサト大変だったんじゃない?」
「ああ・・・ホント大変だったよ」
「だよな~ゴルムとマサトの飲み比べにはオレもびっくりしたぜ」
「ゴルムは底無しすぎるだろ・・大体、なんで俺がお前のところの副隊長殿と賭けをして飲まされなくちゃいけないのか訳わからなかったぞ」
「そんなの、オレにもわかんないよ」
言いながら、フェルは顔が赤くなる。昨日の送迎会での出来事を少し思い出してしまっていた。
「あああ、あれ、えと、忘れていいぞ!」
「ん・・・?何を忘れていいって??」
「何でもない・・・いいんだ忘れてて」
マサトが王城に行くことが決まって、その日からは大忙しだった。荷物の整理と図書館での文献調べ。皇太子の教育係という大命を全うするために、その日から勉強の毎日だったからだ。
「俺に務まるのか・・・皇太子殿下の教育係なんて・・・」
マサトは幾度となく王命を辞退できないものかと思案を巡らせたが、ノール公がお前なら出来る、立派に務めを果たしてこいと言って辞退できないまま・・もう出発の日まで数日というところでノール公とジェスがマサトのために酒宴を開いてくれたのが昨日だった。
「宮廷の噂さ・・知ってる?マサト」
ベッドで仰向けになりながらフェルが口を開く。
「宮廷の噂・・?」
「知らないか・・マサトは宮廷に来ないもんな」
「そうだな・・どんな噂なんだ?」
「さっきの話さ・・・メルビン殿の一人娘が嫁ぎ先から出戻って、結婚相手を探してるっていう・・」
「・・知らない」
「父様も言ってたんだ。年の頃も同じくらいで、利発な若者で将来メルビン家を任せられるようなそんな青年がいないものかって、メルビン殿が父様に相談してたらしい」
「へ~・・」
「それで・・幾度となくメルビン殿がマサトのことを父様に聞いてたんだって。父様はオレにそんなことあまり話してくれなかったんだけど、宮廷女官たちが『マサトさまがメルビン家に婿入りしてメルビン家を継ぐようなことになれば、ジェスさまも鼻が高いですよね』って・・」
「噂だろ・・王命は教育係ってだけだし」
「メルビン殿の推挙だし、きっとそうなると思う」
フェルは組んだ手で瞳を隠すように仰向けになっていた。椅子に座っているマサトはそんなフェルがいつもと様子が違っているのに気づいた。
「どうした?」
「いや・・・なんでもない」
フェルがいつもより感傷的になっているのは別れが近いせいだろう・・王城に行けば、次はいつ会えるか分からない。十年、この家で暮らしていたが王城に行ったことはマサトもフェルにもなかった。だから、次に会えるのは十年後、二十年後・・もしかしたらもう会えないかも知れない。マサトもそんな感傷に浸っていた。
「マサト・・・」
「どうした?」
「昨日のさ・・・酒宴」
「ああ・・・楽しかったな」
「あれさ・・どうしてゴルムと飲み比べなんかしたのさ?」
「どうしてって・・・」
昨日の酒宴。ノール公とジェス、宮廷女官たちと第1、第2歩兵隊たちでマサトのための小さな酒宴が催されたのだが、宴もたけなわになった頃、その騒ぎが始まったのだった。
「副隊長~~~~ゴルム副隊長~~~」
「ばかやろう。無礼講だからって大声出すな!」
「でも副隊長~~~馬鹿騒ぎしたいっス~~~~」
「あほ!」
程よく酔いも回っていたのだろう。主君の前で歩兵隊の一部が大騒ぎしだしている。
「がっはっはっは。よいよい。今日は無礼講じゃからの」
ノール公も良い気分で酔っているのか、普段の威厳を微塵も感じさせない酔っ払いお爺ちゃんと化している。
ノール公のすぐ横でジェスとマサトが苦笑しつつ、宴の様子を窺っていたがそのうちあちこちで馬鹿騒ぎが始まっていた。
「おいおい、マサト飲んでるのか?主賓が飲まないんじゃ話しにならんぜ」
「ああ、ゴルム副隊長。もちろんさ」
ゴルムがマサトに酒を注ぎにきたらしい。盛大にエールを注いで、マサトに話しかけた。
「お前も偉くなるんだな~王城に行くとか凄いじゃねーか」
「そんな偉いもんじゃないよ」
「いやいやいや・・ジェスさまも鼻が高いだろう。立派にお役目を果たしてきてくれ」
「ああ、もちろん」
ゴルムとマサトが雑談を交わしていた頃、フェルはなんとなく蚊帳の外になっていた。
歩兵隊の隊長らしく隊員たちの近くでエールを飲んでいる。
この荒くれ隊員たちが主君に粗相しないか少し冷や冷やしてるのもあるが、なんとなくマサトや父親から距離を取っている。話しかけるタイミングもないまま、置いてけぼりを食らってる感じだった。
そのときだった。
「さぁさぁ!飲み比べだ~!」
「勝者はな、な、なんと!」
「我が麗しの第2歩兵隊隊長フェル=アールティアス嬢の口付け!!!」
「われこそは!と思う者はみんな参加だぁ~~~~~!!!」
第2歩兵隊隊員たちだった。
おおっ!と歓声が上がる。フェルは目を白黒させて
「こらこらこら!!!誰が決めたんだ、そんなこと!!!」
「隊長~~さすが隊長!!!さぁさぁ参加者はいないか~~~?」
「まてまて~~~~~!!!!」
フェルが慌てて隊員たちを制止しようとする。
「ほぉ面白そうじゃの」
「ノール公さま!!!嘘ですっ、そんなのしません!!」
「良いではないか。今宵は無礼講の酒宴。フェルのしおらしいところを皆も見てみたいよの」
さすがノール公さま、などと無責任な声が飛ぶ。フェルは主君の一言で何と言っていいのか困惑していた。
「まずは、第1歩兵隊のアセム隊長~~~他はいないか~~~」
「おお~~~第2歩兵隊のラシークス!!!!」
「宮廷参謀レルンスト様も!!!」
次々と参加希望者が手を挙げていく。6人、7人と参加希望者が増えていった。
「わしが頂くぞ!!!」
ゴルムが手を挙げた。大酒飲みで有名な男だ。大きな節くれだった手が上がると
「ゴルム副隊長が出るんじゃなぁ・・・」
「決まったようなもんだよな」
と諦めの声が出る。幾人かは怖気づいたらしい。先ほどよりも挙手が少なくなっていた。
マサトはそんな乱痴気騒ぎを横目に、ジェスと雑談をしていた。フェルのキスを賭けて飲み比べが始まるらしい。普段は乱暴で女らしくないフェルだが見目は悪くない。密かに歩兵隊の中にはフェルを狙っている者もいる、と聞いていたからこの展開に少しびっくりしていた。
フェルの方をちらりと見る。
フェルもマサトを見つめていた。
視線が合う。
フェルはいつもと違う視線でマサトを見つめていた。
次の瞬間、マサトは手を挙げていた。