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これだから、今の若い聖女たちは……

作者: ミズアサギ
掲載日:2026/06/17

 

 とある王国の辺境地。古びた塔の最上階では、三人の円熟した女性がゆったりとお茶を楽しんでいた。


「それにしても、今どきの若い聖女はいいわよねぇ。『永遠の聖女』ですって。私なんて『茶色の聖女』よ」


 長い髪をベールで覆った、ふくよかな女性がため息交じりに愚痴をこぼした。


「仕方ないじゃない。今の国王陛下が若かった頃、何をとち狂ったのか婚約破棄してあなたと結婚するって騒いだんだもの。そりゃ、婚約者だった王妃も名付けの時に嫌がらせするわよ。私は『黒の聖女』、結構気に入っているけれど」


 黒の聖女と名乗った、肩で髪を切り揃えたスリムな女性がカラカラと笑う。


「いいじゃない。私なんて『ふかみどり』だからね。でも、いくら聖女が憎いったって髪の色で名付けするなんてねぇ」

「「ふかみどりー!」」


 茶色と黒と呼ばれる聖女が手を叩いて大笑いする。深緑の髪をひとつに結い上げた恰幅のいい女性が、チャーミングに二人を睨みながらティーカップにお茶のおかわりを注いだ。



 彼女たちは聖女だった。

 いや、聖女は死ぬまで聖女とされているので、今も聖女である。しかし、数年前に代替わりしたため、今はこの辺境の地でのんびりと過ごしている。


「でもね、やっぱり腑に落ちないわ。茶色、黒、ふかみどりって何なの? あの頃の私たち、今の聖女たちと同じ十七歳だったわよね」

「あの子たちは、永遠の聖女、癒しの聖女、不屈の聖女……だったかしら。同じ王妃が付けたとは思えない名前ね」

「仕方がないわよ。あの子たち、王妃のお気に入りらしいから」

「お気に入りって?」

「あの子たち、聖女としてはまだまだじゃないの?」

「確かにね。不屈の聖女は、私が教えても結界ひとつ張れないわ。いつまでも腕っぷしだけで魔物を倒すもの」

「そこは、ふかみどりと同じっていうか……。あなたはおまけで結界が張れるだけでしょ」


 茶色に言われ、ふかみどりは反論する。


「おまけって。まあ、おまけでも結界張れるってすごいじゃない? あんたのところの癒しの聖女、あれはどうなのよ」


 茶色は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。


「悪い子じゃないわ。むしろ良い子よ。良い子なんだけど、癒しったって老人の話を最後まで聞いてあげているだけだからね。もう、聖女の力があるかなんて関係ないわ」


「癒しの聖女って、そういう意味なの?」

「確かに、それは癒されるわね。若い子は年寄りの話なんて聞かないもの」

「私、言ったの。『癒しってそういうことではなくってね』って、優しくね。本当に優しく。そうしたら、泣くのよ」


 茶色が言うと、黒もふかみどりも「あぁ」と目を閉じた。


「最近の子、すぐ泣くから」

「もしくは、拗ねちゃう」

「そうよ! で、周りにいる若い騎士たちが、言い方が酷い、老害だって騒いじゃって。癒しの聖女を連れて、どっか行っちゃった。泣きたいのは私の方よ」


 黒もふかみどりも、同じような体験はしていた。三人は深いため息を吐いた。


「騎士団長も目を逸らすだけ。昔はあんなに口説いてきたくせにね」

「そうねぇ。ある時期を境に私たち、男性から声をかけられなくなったわね」

「最後にチヤホヤされたのって、四半世紀ほど前?」


 三人は、指を折って数え出す。


「そうじゃなかった、話が逸れたわ。王妃が若い聖女を可愛がる理由よ」


 何かを思い出したふかみどりが、指を意味深にくいくいっと曲げる。茶色と黒は興味津々でふかみどりに顔を近づけた。


「黒のところの永遠の聖女。あの子、週に一度は王妃のもとに通っているらしいの」

「えー、あの子、口答えばかりで治癒の練習なんてひとつもしないじゃないの。大体、あの子ってば……」

「ちょっと、黒。今はふかみどりの話を聞きましょう」


 茶色が黒を嗜めると、黒もまだ動きそうな口を閉じた。ふかみどりが話を再開する。


「詳しく覚えていないのだけど、王妃に怪しい呪文を唱えているらしいのよ」

「怪しい?」

「そんな呪文、教えたかしら? それはどんな呪文なの?」

「『イートガリフート』って言っていたかしら?」

「は? そんな呪文教えてないし、そもそも知らないわよ」

「で、その呪文は一体何のために王妃に唱えるの?」

「噂よ……」


  ふかみどりは、黒と茶色の顔を交互にみつめてから言った。


「顔のたるみが消えるらしいの」


 三人はしばらく黙り込んだ。


「そ、それは……羨ましいわね」

「確かにね」

「それだけじゃないの。『レイザーピコ』とか『ホーキョ』っていうのも聞こえてくるらしいの」

「「それは……?」」

「シミが消えて、なぜか胸が豊かになるらしいわ」

「何それ」

「もう、邪教じゃないの」

「そりゃあ、王妃が可愛がるのも無理ないわね」


 三人は、乾いた喉をお茶で潤した。


「簡単な治癒魔法も使えないくせに、すごいもの持ってるのね」

「黒はできないの? 私、全体的に少しサイズダウンしたいんだけど」

「私はホーキョ」

「そんなもの使えないわよ。使えたら、真っ先にここのシミを取っているわ」

「いいから、一回唱えてみなさいよ」

「そうそう、一回だけ」

「そう? 一回だけよ……イートガリフート!」

「「……」」

「……」


 三人は黙ってテーブルの上の焼き菓子に手を伸ばした。


「硬いわね」

「硬いわ。あなた、よくこんなの噛めるわね」

「もちろん歯は欠けるわ。でも、いいの。すぐに治癒魔法掛けるから」

「便利ねー」


「そういえば、王妃って私たちより少し年上よね? 若作り、頑張っているわね」

「そこまで国王のこと好きだと思うと、少し可愛いわね」

「あら。でも国王っていったら、この間の視察にすごくグラマラスな若い女性連れていたじゃない?」

「そうね。新しい愛人かしらねって話してたの、思い出したわ! お可哀想ね、王妃」


 焼き菓子をティーカップに浸していたふかみどりが、二人に顔を近づけて小声で言った。


「その若い女性が、王妃なのよ」

「ウッソ!」

「かなりの別人よ! 何なら若い頃の王妃より綺麗だったわ」

「それは、永遠の聖女を側に置いておくわよ」


「同じ治癒担当として何だか悔しいわ。私の若い時なんて、魔物の襲撃があったじゃない? 三日三晩寝ずに治癒魔法を掛け続けていたわ。終わっても瘴気にやられただ何だって、休みなんてほぼ無かったし」

「そうね。私は黒と違って、癒しだけで治癒魔法は使えないから、主に心のケアのための慰問ね。どれだけ疲れても、孤児院は這ってでも訪れたものよ。子どもたちの未来を思ってね」

「二人がいてくれたから、私は最前線で結界を張り続けられたのよ。結界張ってる時って、魔物殴れないじゃない? 隣にいた騎士がボコボコにやられていくの。可哀想だけど『私以外の聖女が何とかしてくれるから頑張って生きるのよ!』しか言えなかったわ」


 三人は昔の悲惨な日々を思い出す。茶色はそっと涙を拭った。


「それに比べて、今の聖女たちって昼前に出勤して、明るいうちに帰宅するらしいわよ」

「労働環境が良くなってるのね」

「魔物も滅多に来ないしね」

「なのに、どうして私たちのところに教わりに来ないのかしら。まだまだ教えられることがあるのに」


「黒のところの永遠の聖女。私は気に入らないわ。あの子より私の方が綺麗だったし、何より気が強そうじゃない」

「茶色のところの癒しの聖女だって、老人の話聞くだけなんでしょう? それも身分の高い人ばっかり」

「うちの不屈の聖女は、せっかく張れた結界を蹴り壊してしまうぐらいガサツなのよねぇ」


 三人は、短い期間ではあったが、まだ少女だった今の聖女たちを教育していた日々を思い出す。今も昔も、聖女たちは能力を自覚する前に突然親元から引き離されて、名前まで奪われる。自分たちはその時どうしただろうか。あまりにも遠い記憶なので、今ではほとんど思い出すこともなかった。


「まあ、あの子たちからすれば、私たちが親元から離した元凶だと思っても無理ないわね」

「そうねぇ。ずっと泣いてたわね、あの子たち」

「私たちも、もっと優しくしてあげれば良かったかしら」

「でも、私たち聖女はみんな通ってきた道じゃない?」

「それが正しいかはわからないけど。私は母さんと離れる時、すごく悲しくて泣いていたのを覚えているわ」

「……」



 三人は黙り込んだ。聖女なら当たり前と言われた理不尽を、いつの間にか受け入れて押し付けている……その事実に、三人はようやく気づいたのだ。そもそも、誰が聖女を選んでいるのかさえ疑問を持つ時間がないほど忙しかった。


「私たち、結婚もできないし子供も産まなかった。あの子たちを、新人聖女としてではなく、子どもとして見てあげられたら良かったのかしらね」

「まあ、今さら無理だけどね」

「じゃあ、今から、あの三人を子どもだと思って褒めてみない? ひとつぐらいあるでしょう、褒めどころが」


 ふかみどりの提案に、茶色と黒はうーんと頭を悩ませた。


「じゃあ、私から。癒しの聖女ね、本当に根気強いのよ。病気の末期になると痛さのあまり暴力的になる人も少なくないの。私なら、楽にしますねってすぐに眠らせちゃうわ。でも、あの子は絶対に握った手を離さないの。そして眠るまで何時間でも側にいるのよ」


 茶色の聖女が優しく微笑みながら言う。


「ま、本当に癒し魔法が使えないだけかもしれないけれどね」

「うんうん。癒しの聖女は普通に良い子だしね。気難しい外交相手の機嫌も直したこともあったわね」

「私に息子がいたとしたら、お嫁さんに欲しいもの」


「では、次は私ね。ふかみどりが言っていた治癒魔法は意外だったけれど、確かに彼女も役には立っていたのよ。今の王太子の腰痛を治したのよね。その後すぐ、王太子妃がご懐妊されて。王太子妃、ずっと子が出来なくて肩身の狭い思いされてたから」

「すごいわね。お世継ぎ問題の解決は大きいわ」

「あとね、顔に火傷の傷が残った公爵令嬢を治して社交界復帰させたりね」

「結構やるじゃないの」

 黒の聖女の顔は、どことなく自慢げだ。


「最後は私ね。何と言っても不屈の聖女は、力が強い! 腕相撲で私に勝っちゃうんだから」

「あはは。何それ!」

「あなたに勝てる女性もいたのね」

「しかもね、迷ってきた魔物が暴れた時があったの。私が仕留めようとしたのに、あの子『拳を交わした相手なら分かり合える』って説得しちゃって」

「魔物を?!」

「説得?!」

「魔物の長だったからね。話せばわかってくれたらしいの。あれ以降、魔物が来ないのよ」

「それ、新しい結界の張り方じゃない?」

「すごい子ねぇ……」


 愚痴を言っていたはずの三人は、いつの間にか我が子自慢をする母親のようになっていた。

 うちの子はね……うちの子なんて……うちの子だって……




 その時、塔の階段を駆け上がるけたたましい足音と共に、二人の騎士が転がり込んできた。


「た、大変です。魔物が現れました!」

「聖女様たちが立ち向かっておられますが劣勢で……」


 三人は顔色ひとつ変えず、ゆったりとお茶を飲み続けている。騎士の一人がハッとなり、慌てて言い直した。


「失礼しました。見習い聖女様が大変です。ぜひ、聖女様方のお力を!」


 そこで三人は初めてティーカップを置いた。


「まぁ、大変!」

「魔物って久しぶりね。不屈の聖女以外は、初めての魔物かしらね」

「ちょっと見てみるわね」


 ふかみどりの聖女が首を伸ばして窓に視線を向ける。しばらく目を閉じるほどに細めていたが、やがてその目を見開いた。


「あら、大変。三人とも苦戦してるわ」

「あなた、まだ千里眼が使えるのね」

「まだまだ遠くのものなら隣国も見えるわ。手元なんかは見えないけれど」

「千里眼も老眼になるのね」


 からかう黒に、ふかみどりは言った。


「あら。あなたのところの永遠の聖女、前髪が焦げてチリチリよ。可哀想に、大泣きしているわ」

「何ですって!」

「茶色のところの癒しの聖女は、まだ耐えているけど足が子鹿のように震えているわ。可哀想」

「うちの子に何しやがるのかしら!」


 騎士たちが三人に杖を渡そうとしたが、それより早く三人はしっかりとした足取りで塔の螺旋階段へと向かった。


「足腰が悪いと聞いたが……」

「ああ、背負って降りるつもりではいたが……」


 呆然とする騎士たちが見たのは、老婆なんかではない。その凛とした後ろ姿から、騎士たちはしばらく目が離せないでいた。



「久しぶりの魔物ね。ちょうどいいわ。あの子たちに実戦を教えてあげましょう」


 黒の聖女が用意されていた黒いローブを被りながら言った。茶色の聖女は口の中で詠唱を始めた。


「あら。茶色の掛ける癒しの術も久しぶりね。膝の痛みが七割減よ」


 ふかみどりの聖女が指をポキポキ鳴らしながら言う。

 のんびりした口調とは反対に、彼女たちは久しぶりに怒りと焦燥感に駆られていた。


 永遠の聖女が焦げた前髪を気にしながら泣いている。癒しの聖女が震えながらも避難誘導をしている。不屈の聖女が歯を食いしばって魔物にしがみついている。きっと……。


「おせっかいな年寄りを、甘くみるんじゃないわよ。もう少し待ってなさい」


 黒の聖女が呟いた。


「すべて終わったら、あの子たち、きっと頭を下げて教えを請いに来るわよ」


 茶色の聖女が、詠唱の合間に二人に笑いながら言った。


「もし来なかったら?」


 黒とふかみどりの声が揃う。茶色は詠唱を終えてから言った。


「その時は、イートガリフートを教えて下さいって、こちらが頭を下げるわよ!」


 三人は大笑いしながら、しっかりと手すりを握って階段を駆け降りていった。














お読みいただき、ありがとうございました。

歩んで来た道、いずれ行く道……のお話でした。

某製薬会社薬品みたいな呪文になりました。

近々、シン・聖女たち側のお話も書く予定です。



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足腰が悪いのになんで塔で茶会してんねん。そういうとこだと思うの。
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