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【短編】さらわれたままの姫

 自分が特別ではないと知ったのは、大槻ケンヂに出会ってからで、TMネットワークじゃなくて、筋肉少女帯を聴くようになってからだ。聞くじゃなくて、聴く。


 同級生に勧めるのが恥ずかしいと、ラジオに投稿したら、そんなこというなよ、と地元のラジオパーソナリティーに撫でられるように言われたのが印象的だ。


 高校三年生の1月末にもなると、共通テストも終わって、いよいよ本番で、私立組も色めき立つ。いや、ざわめき立つか。


 西井幸恵は僕がずっと片思いしてきた同級生でクラスメイトだ。たまたま五歳年下の妹が彼女の妹と同じクラスで、お兄ちゃんのこと面白いって、福恵ちゃんのお姉ちゃんが言ってたって、と伝えてくれたのがきっかけだ。


 西井さんに意を決して、家のプッシュフォンから電話をかけたのが高校一年生の梅雨。夏になる前に、なんとか仲良くなれないかとおもっていたからだ。


 高校は進学コース2クラスと、あとは普通科が6クラス。進学コースは文系と理系に分かれる。理系は男子ばかりで、女子は3人ほど。


 ちなみに1クラス40人編成という、昭和48年生まれならではの、セックス事情がそこにある。厳密には親のセックスだ。


 僕と西井さんのいた文系は男子が15人ほどで、女子が25人と確率で言うと、どの男も誰かクラスメイトと付き合えるという確率だ。


 だがそうはうまくいかない。


 西井さんには毎週水曜日、夜9時きっかりに電話を掛けるようにしていた。1時間ほど話をして、終わる。他愛のない話だが、僕にとっては十分すぎるヒミツだった。


 というのも、クラスメイトの小野田くんは、西井さんのことが好きだったからだ。ということまで僕が知っているのは、小野田くんのイケてるグループに僕が混ぜてもらったからだ。弁当を一緒に食べるグループがあるかどうかは、高校一年生という新しい人間関係構築には、重要な問題であり、イケてるグループに加わった僕はクラス内でのポジション、つまり女子からどう見られるかがそのあとの高校生活の充実度を分かつと思っていた。


 でも違った。高校三年生の一月末、西井さんは突如として学校に来なくなったのだ。

 高校一年生から今に至るこの二年間、僕は西井さんに「間接的に」フラれていた。その理由は、小野田君だった。小野田と呼び捨てにしてやろう。小野田が西井さんとひらかたパークにデートに行ったと理系の男子から聞かされたのだ。


 間接的にフラれたというのは、そういうことで、直接告白してフラれたわけじゃない。でも、お付き合いしている男子がいるのならそれはフラれたと同じだ。


 大人になった今からみると、不倫なんてもんや略奪婚なんてのもあるし、そんなものフラれたウチにはいらないよと言ってやりたくもある。


 言い忘れたが、文系と理系の進学クラスは三年間クラス替えがない。つまり、高校一年生にしてフラれたと思っている僕は、そのあとずっとその場からいなくなることもできないのだ。せめてもの、自分のダメージを減らす方法としては、西井さんにフラれた(間接的でも)または、西井さんのことが好きだったということも、誰一人として知られてはいけないということだった。


 そこで、話しが現代に戻る。

 二十年ぶりの同窓会に顔出したのだ。38歳だ。僕は京都宇治・地元のお茶屋で通販事業部部長となった。肩書はでかいが、同族経営・

家族で専務から常務、会長も社長も全部独占しているファミリー経営会社に勤めている。


 西井さんにフラれて(間接的に)からは、少しだけ所属していたバレー部を自然退部し、帰宅部でガリ勉となった。きっちり一浪して、地元の私立大学に行くも、結局たどり着いたのは、地元のお茶屋だ。どこもかしこも抹茶だらけでインバウンド頼みの、心もとない収益構造だ。


 同窓会は盛り上がったようで、二次会に行く人は~! と幹事が声かけに余念がない。小野田が幹事だった。そういうやつだ、結局西井さんとは大学一年生ぐらいまでは付き合ったようだが、環境の変化が愛情の変化になったのか、そもそもそんな青臭いガキたちに愛情みたいなものはなかったのか、自然消滅したらしい。


 同窓会には西井さんは来てなかった。小野田が残念そうにしていたが、出欠は事前につかんでいたから、それもフリだ。ずっと残念がっているようなヤツじゃない。欠席した人たちからは、往復ハガキでひと言コメントが添えられていることが多かった。一次会の半ばでそれらは読み上げられたが、先生が遅れてきたことでそれは中座してしまった。欠席者のハガキをもう一人の幹事が手にしていたので、僕はちょっと見せてと頼んだ。そこにはハガキを表裏見返す。名前は裏側に書かれているからだ。十五枚ほどの束を確認しながら、五枚目で西井さんからの欠席ハガキにたどり着いた。

「ずっと、さらわれたままなので、出席できません」


 小野田が一次会の会費を集め、レジで支払いを済ませた後、トイレに駆け込んでいた。次はカラオケだろう、店まで少し距離があるから小便でもしておきたかったのか。手を洗う僕を通り越して、宍倉来てたのかと言った。


 精一杯の嫌味なのか、存在感がないとでも言いたかったのか、幹事だから出席していることは知っているとは思うが。

「幸恵にさぁ、会いたかったんだろ?」


 小野田がたっぷり飲んだビールを小便に変換させながら、言う。

「どういうことだよ」

「俺知ってんのよ。宍倉と幸恵がつながってたこと」


 なんとも嫉妬心と猜疑心を掛け合わせて、常に移動する点を探すかのような、みっともない会話が二十年ぶりに発されたわけだった。

「僕と彼女はなんにもないよ」

「そんなわけあるかよ。俺たちが別れたのは宍倉が原因なんだから」


 洗い終わった手を、もう一度洗う。

「二次会来いよ」

「明日早いんだ」と言い、意味なく濡れうるおった手を擦り合わせて乾かした。


 高校三年生の一月末、西井さんが学校に来なくなったのは、ご両親の離婚によるものだったと妹から聞いた。同窓会の帰りに、久々に妹から電話があったのだ。僕が妹に同窓会のことを告げると、西井さんの話になったのだ。妹は同級生だった福恵さんと今でも親友らしい。意を決するほどではないが、妹に聞いた。

「西井さん、欠席だったんだけど、理由がずっとさらわれたままなので、出席できませんだったんだけど、どういう意味かわかる?」


「あー、それねぇ。私が言っていいのかな、もういいか時効だもんね」


 妹は電話越しにもったいぶる。電話の後ろから、子どもたちが騒いでいる声がする。姪っ子たちだ。

「お兄ちゃんのこと待ってたんだと思うよ」

 身体から力がすうっと抜けていく感覚、会社で貧血をおこして倒れた物流部のパート社員の女性、あの感じに似ているかもしれない。

 酔ってはいない。ふくらはぎに力を入れる。

「どういうことだよ」

「好きだったってことだと思うけど」

「過去形?」

「うん過去形」

「さらわれたまま、って現在形じゃないの?」

「でも、結婚してたよ、幸恵さん」

 そりゃ38歳で、あの頃あんなにかわいけりゃ、結婚もしてるだろうに。驚きはないが、でも驚く。そういうものだろ。それにしてもやたらと過去形。



 少し間を置いて妹が

「心がさらわれたままってことなんじゃないの。お兄ちゃんに」

「なんだよ、それ」

「でもね、会いになんて行っちゃだめだよ。会えないからさ」

 妹の声が遠い、姪っ子たちに風呂に入るようにと、三度言ったでしょと叱っている。


「どういうことだよ」

「幸恵さん、亡くなったのよ。おととし」


 妹が淡々と話すものだから、悲しさが伝わらない。こういう時、悲しそうに話して欲しい。

「理由は?」

「そんなの知って意味がある?」

「ないけど」

 僕は続けた。

「じゃぁ、あのハガキは?」

「福恵ちゃんでしょ。ハガキ自体実家にとどいてるんだから。福恵ちゃん、実家暮らしだもん」


 小野田が送った同窓会のハガキは、実家に送られたのか。うっかりしていた。僕も、母から同窓会のハガキを荷物と一緒に同送してもらったんだった。高校の卒業アルバムは、個人情報なんてまるで無視で、住所や電話番号が平気で印刷されていた。


 僕は妹にらしくない礼を言って、電話を切った。歩いて駅まで向かっていたが、くるっと踵を返して、小走りでかけていった。


 二次会のカラオケボックスは、高校の時の文化祭で打ち上げで使った、「ウタウタウ」だ。

 そうだそうだ、歌を唄おう。めいっぱい歌ってやろう。西井さんが好きだった歌、筋肉少女帯のメドレーだ。あの歌は外せない。


“サボテンとバントライン”―筋少は西井さんが僕に勧めてくれたバンドだった。

「めぬき通りのバクダン騒ぎ―」、歌いながら僕はさらわれた姫を迎えに、カラオケボックスへと向かった。


おわり。


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