8.元お父さまは、とんでもない方でした。 ローレンス編
確かにエンデベルク子爵には、キーラ虐待について詳しい話をするなと言った。
父も、母も、そして私からもだ。
しかしキーラは覚えていないが、何も知らないわけではない。
貴族として成長すれば、いつかは必ず事情を知る時がやって来る。
それに保護されて以降の記憶はあるのだから、私たちとの関係に違和を覚える日もやって来るだろう。
それでも私たちは、時を待った。
他の誰かから知らされるよりも、両親から話した方がいいという判断で、キーラが自分で知りたいと言う日を待ったのだ。
意外に早くその日はやって来て、両親は仔細を省き、育児放棄され保護されたキーラを我が家が引き取ったという事実だけを伝えた。
キーラにそのくらいの知識しかないとして。
エンデベルク子爵家側は違う。
彼らは担当官から何度も取り調べを受けていて、当主夫妻は当然ながら、少なくとも長女と次女までは、キーラが虐待された詳細も把握しているはずだった。
それなのにどいつもこいつも涼しい顔をして。
何故そんな普通の顔で、キーラを直視出来ている?
迎えに来ただと?
まさか原因が自分たちにはないとでも思っているのだろうか。
◇◆◇
キーラの弟が生まれたあとのエンデベルク子爵家は、何を置いても弟を優先してきた。
この国では女性でも当主になれるが、それはやむを得ない場合に限り、基本的には男性当主が推奨された。
だから実子となる男児の誕生を長く待ち望んでいたことも理解出来るし、この後継者となるであろう嫡男を、大事に大事に育てようとする気持ちも否定する気はない。
しかしそれなら、弟に専属の世話人を増やせば、それで済んだ話だ。
ところが当時エンデベルク子爵家当主は、何故かこれを指示しなかった。
結果、三歳のキーラに付いていた養育係が弟の世話をするようになり、キーラは残る使用人たちが手すきに世話をすることに決まっていた。
最悪の結果を招く一因は、その世話をする使用人として選ばれた侍女たちが、元々は三人いる姉たちのために雇った若い女ばかりで、幼児の扱いに不慣れだったことだろう。
何故エンデベルク子爵家当主は、キーラのために新たな侍女を雇わなかったのか。
調査資料によると、娘四人の世話には十分な人数を前から雇っていたという主張を繰り返したようだ。
しかし侍女たちからすれば、急に今までとは別の仕事を増やされたことになる。
それで給金は変わらないのだから、不満を覚えることは当然だった。
しかも彼女たちは、世話をしてきた姉たちとは大分親しくなっていたようで、自ずと知らぬキーラより姉たちに対する仕事を優先するようになる。
一般的な三歳の子どもを想像してみて欲しい。
自分で好きに歩き回り、お喋りも上手になる頃。
嫌なことは嫌だと示すことも出来る。
キーラも当時は、よくいる活発な三歳児だったようだ。
そんなキーラを持て余した侍女たちは、自分たちの正規の仕事を邪魔されないようにと、まずはキーラを狭い部屋に閉じ込めた。
事故があったら大変だからと、家具ひとつない部屋に置き去りにしたのだ。
それから言葉を奪った。
忙しいから話し掛けるなと言い、話せば腕を叩いて黙らせることもあったという。
同じように叩いて、泣くことも封じた。
そしておむつを履かせた。
弟が誕生した時点で、すでにおむつが取れていたというのにだ。
それでもまだ最初の頃は、キーラは世話をされていた。
一日のうち、誰かは様子を見に来ておむつを替えたし、食事も水も届けられていたという。
決定的に変わったのは、弟が誕生し、半年も過ぎた頃。
当主たち一家の誰もキーラの様子を見に来ないと分かると、侍女たちは相談し、キーラの髪を剃ってしまった。
風呂に入れるのが面倒だから。長く洗わない髪が絡まって大変だから。それだけの理由だ。
この頃から徐々に食事の回数も激減していく。
水だって大きな器になみなみと注いでは何日も交換せず。自分で好きに飲ませていたようだ。
幼いキーラがその古い水を飲み空腹を誤魔化していたのではないかというのは、キーラを診た医者の予測だ。
自分で水を飲んでくれたから、キーラは保護されたあの日まで生きてくれていたとも言える。
侍女たちが情報共有を怠り、他の誰かがしているだろうという思い込みで、育児放棄は起きた。
という結論は出ているが、痩せ細っていくキーラを見ても、彼女たちの誰も何も思わなかったことは異常だと言えるだろう。
この時点でキーラが仕える家の大切なお嬢様だという意識が、彼女たちの中から消えていたことは間違いない。
侍女たちのキーラに対する記憶も、保護される日が近付くほどに曖昧で。
キーラがいつまで歩けていたかは定かではなく。
キーラが保護された日に履いていたおむつが、何日交換されなかったか確定も出来なかった。
当然悪臭は漂い、虫も湧く部屋の中。
キーラは仰向けに倒れた状態で見つかった。
私は見ていないが、骨と皮しかないような身体なのに、床ずれの酷かった背中と共に、お尻の皮膚は荒れ、酷い有様だったと聞く。
あと一日でも遅かったら……危なかったと医者は言った。
悪気はなかった。
虐げているとは思っていなかった。
誰かが世話をしていると思っていた。
皆が気にしないから私も気にしなかった。
処罰されるまで、侍女たちは同じように主張した。
自分の担当する仕事は正しくしていた、と加えて。
『貴族の子を悪気なく虐げられる者で良かった。私も悪気なく自分の仕事として君たちの首を撥ねられる』
担当官の一人が彼女たちに一様に掛けた言葉に、少しは私の溜飲が下がるも、いつまでも許せることはなく。
なんとかして冥界に行き私が手を下す方法はないだろうかと、子どもだった私は本気で考えて、その方法を調べていたときがある。
今ではそれが不可能だと分かっているが、今でも出来るならそうしたいと強く願う気持ちは変わらない。
◇◆◇
しかしいつでも可能となる相手は、ここに揃った。
子どもがどれほど酷い状況にあったかを知りながら、平然とした顔で座っていられる。
己のせいだったことも分からない、この人間とも思えない者たちを──。
今はあの言葉を告げた担当官に心から同意する。
悪気なく会いに来て、悪気なく座っていられる者たちで良かった。
私も悪気なく──。
父上や母上に横取りされないようにしないとな。
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