4.久しぶりの熱 ローレンス編
キーラが保護された日は、冬になる少し前、朝晩の寒暖差がそれまでより一段と大きくなった日だった。
当然私はその日のキーラを見たわけではないが、調査資料に何度も目を通すうち、まるでその場にいたかのようにその日が私の記憶に根付いている。
仔細記してくれた担当官には、成長したのち私からもお礼を伝えた。
彼らが記したその調査資料は、二百頁を超す厚みで、大変読み応えのあるものとなっている。
エンデベルク子爵家当主は、事情確認の呼び出しを再三無視するという暴挙に出たが、それで調査が中断されることはなかった。
ちょうど王家が、エンデベルク子爵家の監査に入るところだったからだ。
生まれてから三度、貴族の子どもの成長を祝う王家は、何も善良な精神からそうしているわけではない。
その目的は二つ。
未来の国を支える貴族の子どもたちに、王家を良く印象付けること。
これは表の目的と言えるだろう。
しかし実際これはおまけ程度の理由で、本命はもう一つの目的にあった。
王家は子どもを祝うことを理由に、子の成長中三度も、貴族家を監査出来るというわけ。
子の成長を祝うと言っても、誕生日当日に祝い状と贈り物を持った担当官がやって来るわけではない
人材に限りはあるのだからそれは当然で、各家の子を祝う順序は領地の位置や規模から綿密に計算されて、前年に決定される。しかしこれは、子を持つ貴族たちに通知がない。
つまり抜き打ちに近い監査が入ることになる。
一年が春から始まるこの国で、キーラの生家であるエンデベルク子爵家の監査日程が後半に設定されてしまったことは、どうしようもなかったとはいえ、担当官たちも大きく悔んでいることだった。
あと少しでも早く救い出したかった──そう思ってしまうほど、保護されたときのキーラの状態は悪かったということだ。
予定外にキーラを保護した担当官らは、そのまま現地に留まり、エンデベルク子爵家の監査を始め、合わせてキーラの養育状況についても調べ上げた。
呼び出しには応じなくも、王家から派遣された者相手に嘘を述べられるはずもなく。
当主、その家族、およびエンデベルク家に仕える使用人たちの調査は終了し、それぞれ処罰も受けている。
最もそうしたいと願う者たちをこの手で罰せなかったことが、私の心残りだ。
しかしまだ諸悪の根源が生きているからな。
これは必ずや私が手を下そう。
そして先日、向こうから接触して来た。
数多想像してきたどの方法からはじめようか。
考えることは楽しくて、珍しく私がやる気を出していたところに。
キーラが発熱。
キーラは身体が元気になった今も、保護された時期に重ねて、よく熱を出す。
本人は季節の変わり目に弱いと思っているが、私たちはこれを違うように捉えた。
保護された日のことも、それ以前のエンデベルク子爵家での暮らしも、キーラが何一つ覚えていないことは本当だ。
それでもキーラの心の深いところには、当時の記憶が残っているのではないか。
それが移り行く季節に呼び起されて、心と一緒に身体も弱ってしまうのではなかろうか。
私たちは考え、許せないという気持ちを毎年のように強くした。
眠るキーラの額を撫でて、私は言った。
「可愛いキーラ。未来を見てくれてありがとう」
もう熱も少しだ。
明日には元気な姿が見られそうで安心する。
「すべて私に任せておいて。これからはキーラが何の憂いなく過ごせるよう整えるからね」
神よ。この熱が今年で終わることを強く願う。
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