13.元弟さまも、とんでもない方でした。 キーラ編
仲良くしましょうという、姉の一人と思わしき娘の言葉。
ひとたびこれにローレンスが応答してしまったら。
さらにこの場が長く騒がしくなりそうなことは、キーラにも予測が付いた。
だから義父ウェーバー侯爵もここで強い口調で言ったのだろう。
「我がウェーバー侯爵家の嫡男の結婚に関し、何の関わりもないエンデベルク子爵家が我が家に意見したとして受け取るが。それでよろしいか?」
これに娘たちは黙ったが、代わりにエンデベルク子爵家当主と思われる男が焦ったように口を開いた。
「関わりはありましょう。私たちの娘の話です」
「あなたはもう娘の親ではない」
「不当にも親の権利を奪われてしまいましたが。私たちが親である事実は変わりません。その子の結婚について、私に口を出す権利はあるはずです」
「不当にも……?」
ぐっと眉間に皺を寄せたウェーバー侯爵は、険しい顔を維持し、言葉を続けた。
「そのような認識を持つ者を、大事な娘と息子に近付けるわけにはいかない。二人とも早く部屋を出なさい」
ローレンスと共に頷き、今度こそキーラは部屋を出て行こうとしたのだが。
「待って」
また新しい声である。少年の声だった。
キーラは迷いつつも、こうなれば全員の言葉を聴いておくかという考えに至って、歩みを止めた。
手を引くローレンスの不満は伝わっていたが、あと少しだけだからとキーラが視線でお願いすれば、渋々とローレンスが引く手を止める。
「僕とは仲良くしてくれるよね、キーラ姉さん?」
三歳下の少年ということが頭を過り、キーラはすぐに返事が出来なかった。
するとローレンスが言った。
「貴家とは本日限りの付き合いですよ。さぁ、父上も出るよう言ったのだから。行こう、キーラ」
「僕はお兄さんではなく、キーラ姉さんに聞いているんだ。ねぇ、キーラ姉さんったら。さっきは良しなにと言っていたのに。あれは嘘だったの?」
「君は貴族の挨拶も知らないのかな?ここで暇をしている時間はなさそうだ。早く帰ってお勉強するといい」
「失礼だな。僕だって貴族間の挨拶のことなら知っていますよ、お兄さん。でも僕たちは家族ですよ?」
「まさか……知らないの?」
思わず呟いたキーラは、エンデベルク子爵夫妻と思われる男女を眺めたが。
彼らのどちらとも目が合うことはなく、男女は似たように誇らしそうに胸を反って、左右から少年の横顔を見詰めているのだった。
「知らないのは、キーラ姉さんの方でしょう?」
少年がむっとした顔をしてそう言った。
何か知らないことで見下されたと感じさせてしまっただろうか。
キーラは少年を憂いていたのに。
「あなたのせいで、僕たちは沢山苦労してきたんだ。ずっと王家の役人が家の中をうろうろしてさ。気が休まるときもなかったんだよ?そのせいで父上も僕も領地の運営すら自由に出来ないし。他家との付き合いもなくなってさ。母上だってお茶会の誘いも来ないんだからね?姉上たちなんか、まだ結婚相手も見付けられないでいるんだよ?」
少年の発言に驚いたキーラは、ローレンスの横顔を見た。
ローレンスの顔付きがよろしくない。
キーラがローレンスの手を握り締めると、はっとしたように気付き、微笑みは返してくれた。
それでもキーラは何も安心出来ない。
三歳下の少年だ。この子は特にお手柔らかにと、キーラは願った。
「僕たちがこんなに大変なのに。あなたは何にも知らないで、ずーっと侯爵家なんかで優雅に暮らしてきたんだろう?一人だけいい想いをして。そのうえ僕たちの誰にも知らせず結婚なんてさ。僕たちに悪いと思わない?」
謝罪を受けることになるかもしれない。
それはキーラも予測した。
しかしまさか、責められることになるとは。
それがまだ幼い少年の世迷言で済ませられるうちは、キーラも家族にどうか穏便にとお願いする気持ちを残していたけれど──。
「この子の言う通りだ。私たちがどれだけお前のせいで苦労してきたか。それなのに今まで何の連絡も寄越さずに。あげく結婚とは」
「そうよ。あなたのせいで、私たちは今までのすべてを失ったのよ。それを何にも気にせずに、勝手に結婚まで決めるなんて」
「同じ血を分けた妹だもの。少しは悪いと思う優しい心を持っていることを願うわ」
「悪いと思ったらすることは……あなたも大人なら分かるでしょう?」
「私なんて二つしか違わないのよ?あなたがいなくなったとき、私だって幼くて、それからずっと辛かったわ。あなただけ幸せになるなんて許さない」
口々に言ったエンデベルク子爵家全員の言葉が、視線が、キーラを責めた。
「皆さまは、私に何をお望みなのでしょう?」
キーラはあえて聞いたのだ。
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