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短編集  作者: みかん


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2/2

以前書かせていただいたものの移行になります

「もう帰ろうか。」

映画を見終わったゆうが私に声を掛けた。

「えっ。」

「えっ。」

 二人は見つめ合う形になる。電車を降りゆうとの待ち合わせ場所に着いてから約二時間が経った。映画一本分。予告映像がゆうの隣のテレビスクリーンで流れている映画館の入口に立っていた。

「ほんとに、帰るの?」

私は眉を顰めながら聞く。このまま帰っては我慢してつけているつけまつげを皮膚から引き千切り、振りかぶって床に投げつけてしまいそうだ。

「… 今日この近くで夏祭りあるらしんだけど…

いっしょにー、なんて嫌かな。」

 受験勉強を放り投げ、母と揉めながら着た浴衣姿でアニメ映画を観させて置きながらなんてことを言うこだ、と思いつつ、

「連れてってくれるの?」

と首をかしげると、

「うん。行こう。」

と私の横で下を向いている彼は十八歳には思えないほど分かりやすい表情をしていた。私より生きている時間が二ヶ月長いだけで十八歳はオトナではないらしい。

 ショッピングモールの中の映画館から祭り会場に向かう。普段履かない下駄がモールの床と大きな音を出す。そして周りの人に見られやしないかと不安になる。下駄の歯と床の甲高い音は不快音ともとらなくない。ゆうは病気のおばあちゃんを気遣うが如く隣で私の手を支えていた。恋人っぽくないと私は思いながらも気遣ってくれているのは嬉しい。ただその心から純粋な優しさ故に背中に手を当てなくていいよ、とは言えない。売り子の客を呼び込む声に人の話し声、天井から降ってくる迷子アナウンスの音に酔ってしまう。多くはないが浴衣姿をあちらこちらで見かけた。ちらほらと私と同じ音をさせている人を見つけ、胸を撫で下ろした。どこか浮き足だった甘く揺れるような空気がショッピングモールに漂っている。映画館が五階にあり、一階に降りるまでエスカレーターは行列を成していた。一階の店内飲食コーナーを通り過ぎて出口に向かう。人の多さに気分が悪くなってきた。ちらりと様子を伺うと私がこけないように、浴衣が崩れないように警備してくれているようだった。私の眉は八の字型になり、口角の両端が上がった。

 ショッピングモールの玄関を抜けて祭り会場に向かう。午後八時が花火が上がる予定になっている。会場が近づくと太鼓の低い音が気持ちの底を引き上げているように高揚してきた。ゆうと並んで会場まで学校

の友達がどうのテストがどうのって話しながらゆっく

り歩いた。自分より頭一個分身長の高い隣の肩に向かっていつもより少し見上げて話す。今日は下駄の分目線が低くなり、いつもと顔が違って見えた。

 会場に着くと近くの屋台から醤油の焼ける香ばしい

匂いがした。オフィスビルが左右に立ち並ぶ大きな道路が会場だ。両辺を高くそびえるビルが固めていてここだけが祭りの空間になっていた。五十メートルほど先に舞台が設置され、ビルの前に並ぶ屋台のオレンジ色のライトが異空間を作り出す。発電機の音と人の話し声、太鼓の音に、ぴしゃっと水風船の割れる音。祭独特の音に不快感はなくむしろ心地よかった。かき氷を食べて赤い金魚が二匹ビニール袋を腕に下げながらビルの隙間で休憩することにした。はっと気がつくと花火会場に移動して花火のカウントダウンがはじまっていた。

 「さぁ皆さん、メインイベントの花火まで残り三分となりました。いやぁ夏を感じ・・・。」

 舞台の上で浴衣姿のお姉さんが話している。手に紙を持ちながら時間を刻んでゆく。

「1分前です。一緒にカウントダウンしましょう。」

時が迫ると共にお姉さんの声が高く早くなる。突然、ゆうが私の手首を持って走り出した。んっ、私の首と下駄が引きずられるような感覚になる。せっかく二人で花火が見れる所まで来たのに。元々ビルとビルの間で海の見渡せる位置に二人は立っていた。少しむっとしながら人混みの中を泳いで行く。会場のスピーカーと会場が八時までのカウントダウンを刻む。十、と遠くで子供が跳ねているのが目に入ったとき、やっとゆうが手を離した。下駄で走ったので鼻緒に足が食い込み指と指の間が赤くなっている。

「ん。」

といってゆうが首を海の方に向ける。そこは屋台の光

が届かないビルから少し離れた港だった。漁船が所狭しと並んでいてビルの近くに漁港があるなんて知らなかった。暗闇にゆっくり上下する漁船は幽霊船さながらだ。魚と潮の匂いが強く薫ってるからか人はほとんどいなかった。酔っ払った男性が海に背を向けて寝ているのくらいだ。ヒューという音に酔っ払いから空に目を向ける。どぉん、心臓に響く音と鮮やかな赤い花が夜空に咲く。

「ここの方が見えるだろ」

漁船の群れの右側は海が広がっているだけで、暗闇に浮かぶ花火は美しかった。二人で海に落ちないように設置された柵に腰掛け月のない暗闇に咲く、金色の輪を見つめる。ふと視線を感じ隣をみるとゆうは花火を見ていた。

 

 ヒュー ドォン パラパラパラ。

手すりを掴む手が温かいものに包まれる。びっくりして見るとゆうの闇夜で黒くなった手が伸びていた。ゆうの顔を見上げると彼は花火を見ていた。少し前から覗き込むと目が泳いでいる。唇を噛んでいる姿に私は動揺した。そういえばサッカーのPKの時も噛んでいた。クラスでみんなの前に出て発表する時も。緊張してる、そう思った途端カーっと頭の先まで血が上り頬が赤くなる気配がした。それまで意識してなかった花火の歓声が耳に入ってくる。誰かに見られてないか訳もなく周りを見渡す。酔っ払いのおじさんがいなくなっていることを目の端で捉えた。近くには誰もいなくなったってことかと頭で理解したはずだがそれを上回る恥ずかしさと嬉しさで何も考えられなかった。私の不審な動きに気付きこちらを向いた。斜め上から真顔でこちらを見下す視線とぶつかる。耳が熱い感覚と頭の中が暴走機関車さながらの私は見つめ返すことで精一杯だった。

「んふふふ、あははっ。」

ゆうは破顔した。日焼けした顔は花火の明かりが上がっても様子が良く掴めないが、花火が咲いていないのにゆうの辺りが明るくなった。白い歯が闇にほんのりと浮かび上がる。

「ごめんごめん、

 んふふ、目がめっちゃ早く動いててリスじゃん。」

思考停止した私には理解不能だ。ただ私の様子がおかしかったことだけは伝わった。何とか返さなきゃと

不貞腐れたふりをして

「意味わかんない。どういうこ…」

「意味分かんなくていいよ。俺がそう思っただけ。」

私の言葉を遮りペチンと私のおでこを叩いて呟く。

そのまま目を塞がれた。

ゆうの気配が近づき遠のく。手が外されるが種類の違う暗さにゆうを捉えられない。瞬きをたくさんしてるとゆうのいたずら小僧らしい憎たらしい笑顔に上機嫌であることが伺える。

「いたい。」

 私がおでこを抑えると反応に満足したようにまたペチンと叩き笑って手すりを乗り越えて逃げていった。

元気いっぱいを体で表現したようにきらきら走っていく。なんだか胸が苦しくなる。離れた手を見つめもう少し―思いつつ下駄で駆けだした。

 散々走り回って浴衣の裾がずれた。下駄がすり減ってるだろうと地面に押し付けてみるが普段馴染みのない私にはどう変形したかは掴めない。そんなことも身に覚えないほど私は楽しんでいた。ゆうは着かず離れず微妙な速さで逃げる。私は追いかける。ふと、何で追いかけてるっだっけと頭を過ぎる。そして、何でゆうは映画を見てすぐ帰ろうっていったんだろうとこれまた通り過ぎる。が、やっと歩けるようになった赤ちゃんを見守る親戚さながらこっちを向いておいでと手を広げる姿に呆れ眉尻が下がる。が、口角は否応なしに上がっていた。普段こんなに分かり易くはしゃがないゆうも今日はお祭りテンションなのかもしれない。特大花火の音に驚いた二人はその場にしゃがみ込み花火鑑賞する。最後に向けて乱れ打ちが始まっていた。 「会場右側の海面をご覧ください。ナイアガラの滝が…」

アナウンスが街に響く。私からみて右側から左側に向けて海上を一直線に火が灯る。

 海上に張られた紐の末まで火が着く前に最初の方、私からみた右側に変化があった。海に向かって花火が着き出した。良く見えなかったがロープが海に対して垂直に括りつけてあるらしい。Tの字の上から下に下ろす線みたい。筆で線を下ろして行くみたいに上から順に明るくなる。闇に白いを細く長い夜空に浮かぶそうめんがどんどん増えてゆく。そしてその花火からパラパラと光の粒子が流れ落ち始めた。風になびき右上から左下にかけて一等星の雨が降る。

「うわぁ。すごい。」

 ぽつりとこぼれるように声を出していた。そこには光の粒を次から次へと流す滝があった。目の端から端まで黄色と白の粒が海に向かって流れ落ちるもので溢れた。海面に滝が反射し光の滝壺の様相を呈している。光の粒は水に代わって地球の循環を行っている。とてつもなく幻想的で美しい夜空だった。ゆうが隣に来て手摺に手をかけて上半身を大きく前に倒している。海に落ちそうで危ないよと言おうと思った。が、私がまさにその格好をしていた。重心が上半身にあり、一歩間違えれば鉄棒の前周りの要領で海へ入るだろう。全く気づかなかった。それから二人で黄金の滝を眺めた。

 花火大会の余韻宜しく人の波にのって駅に向かう。ゆうの家は会場から駅までの道のりと真反対にある。何も言わずに送ってくれるのが嬉しい。駅までの道すがらどちらとも無く話す。

「楽しかったね。誘ってくれてありがとう。」

「うん、ナイアガラの滝綺麗だったね。」

 私は並べていた左肩を後ろに引き、花火の興奮を伝える。

「うん、感動的だった。初めて見た。ゆうも初めてなの」

「俺は何回かあるよ。」

軽く胸を張るのを無視する。

「今思い出しても興奮する。目の前にあって自分の目の前に降ってくるの。光の滝って、もう、言葉が出ない。」

花火の滝は家の近所の六月堂では見られない。

「この街で一番大きな祭りだから小さい頃とか来たことあると思ってた。」

「電車乗ってくるの勇気がいるから。」

少し考えるゆう。

「あれ、通学、電車じゃないっけ」

首を縦に振る私。

「勇気と言うか元気がいる」

 ほう、と溢したあとゆうは黙って前を見ていた。線路とそれを覆うフェンスが見えてきた。この線路沿いを五分も歩いたらホームに着く。

「電車は苦手かな。人が多いとか密集してる感じとか

が得意ではないかも」

 沈黙を破って声を掛け、何も答えないゆうを見る。

「お祭り嫌だった?」

そんな事を尋ねながら下から上目遣いで見上げてきた。細くくっきりした眉間に皺ができている。急に手を繋いだり揶揄ったりするかと思えば、こんな風に気弱になって。よく分からない。かわいいなんて思いながらも顔には出ないように口角に力を入れる。下も向いておこう。

「お祭り楽しかった。行って良かった、

ゆうと行けて良かったと思ってるよ。」

「そ。」

 緩み切った頬をと鼻歌から私の応答が彼に伝わっていることを確かめる。会話もなく歩く駅まで歩く。ホームまであと二分。

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