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水占い

作者: 各務 史

小説家になろうの企画、夏のホラー2025 テーマ「水」への参加作品です

 「麻里、やっぱり休みか…。」

美加はそっとため息をついた。彼氏が心変わりしたんじゃないかと麻里が怯えていたのは知っていた。

なかなか会ってくれなくなった彼氏の愚痴は結構前から聞かされていたし、

とうとう昨日のランチタイムには

「もう、ダメかもしれない。今日デートに誘われたんだけど、別れ話されそうな気がする。」

なんて言葉も飛び出していた。

 そして、今日だ。休んでいるところを見ると、予想通り別れ話だったのだろう。

帰りに何か甘いものでも持って行こうかな。それとも、アルコールの方がいいかな。

美加は考えあぐねた。


 フルーツをたっぷり使ったタルトケーキと軽めのスパークリングワインを買い込んで

麻里の部屋の呼び鈴を押す。

「麻里~、美加だけど~。景気づけにケーキとアルコール買ってきたよ~。

麻里~、入れて~。」

インターフォン越しに呼びかける。けれど、返事がない。

「泣き疲れて寝てるとか…?」

起こすのも可哀想かとも思うけれど、せっかくの差入れだしなぁと

試しにノブをひねってみると、予想外にドアが開く。

「やだ、ショックだからって、不用心すぎだってば。」

美加はそっとドアを押す。すぅっと内側に開いて

カーテンを引いて薄暗い部屋に夕方の光が入り込んだ。

「麻里?入るよ?」

靴をそろえて上がり込む。目がまだ薄暗がりに慣れなくて、よく見えない。

「麻里?寝ちゃってるの?」

相変わらす、何の返事もない。

「ごめん、暗いから電気点けるよ?」

パチリと言うスイッチの音と共に部屋が明るくなった。が。

「え、何?麻里、何処?」

部屋はもぬけの殻だった。


 慌てて美加はスマホを取り出し、麻里の名前をタップする。

「おかけになった電話番号は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」

機械的なアナウンスが流れて、美加はスマホを手にしたまま愕然とする。

「へ、変なこと考えてないよね!?」

嫌な汗が背中を伝う。


 ピンポーン、呼び鈴が鳴り、美加は飛び上がった。

「麻里、オレだけど。」

ドア越しに男性の声がする。麻里の彼氏の圭介だろう。

美加がドアを開ける。

「圭介さんですよね?麻里の彼氏の?」

「そうです…けど、えと、どなたですか?」

「藤村美加と言います。麻里の友だちです。」

「あ、ああ、麻里の。あの、で、麻里は?」

圭介は部屋を覗き込むようなそぶりを見せた。

「いません。」

思わず突っぱねるような口調になった。美加の言葉を疑ったのか圭介は怪訝そうな顔で

さらに部屋を覗き込んだ。

「じゃあ、何処です?」

圭介の言葉にもとげとげしさが混じりだす。

「昨夜、約束をしたのに来なくて。ずっと待っていたのに来なくて。

話をしようと来たら、いない?冗談でしょう。本当は麻里は何処です?」

美加の目が不安に揺れる。

圭介の言葉が本当なら、麻里は昨夜からいなくなったことになる。

いくら別れ話を怖がったとしても、麻里は約束をすっぽかすような子ではないから。

「分かりません。本当にいないんです。私も今来たばかりで。」

美加のただならぬ様子に圭介も焦り始めた。

「電話は?」

「通じません。電波が届かないか、電源が入っていないって。」

二人の間に不安な沈黙が落ちた。


 留守宅を無断で家捜しするのは気が引けたが、そんなことを言っていられないほどの

嫌な想像が焦燥感となって物色に踏み切らせた。

部屋をひっくり返すようにしながら、美加が口火を切った。

「あの。麻里と別れようとしてました?会う約束は別れ話のため?」

圭介の指がピクリと止まる。

「それ、あなたに言う必要あります?」

自分が失踪の理由なんじゃないかという後ろめたさが圭介の態度を硬化させる。

「あなたの心がもう自分にないんじゃないかって随分相談されて。

次に会ったら、別れ話されるって怯えていたんです。

今日来なかったから、あぁ、そうだったんだなって思って

励まそうと思って、私は来たんです。」

圭介は暫く黙り込んだあと再び口を開いた。

「そういうところ、ですよ。あなたにはいい友だちだったかもしれない。

何でも話せて、一緒にいて楽しい存在だったのかもしれない。

けど、オレには違ってた。彼女、とにかく束縛がきつくて。

現にほら、あなたみたいに親身になってくれる友だちの存在もオレは知りませんでした。

彼女、オレが別の女性と喋ったりするだけで不安がって。

最初の内はかわいいで済んでたんですけどね。段々重くて。」

口では苦々しげに言いながらも、心配して見に来てくれるあたり

本来は優しい人なんだろうと想像がつく。彼を失いたくない麻里の気持ちも分かって

美加の口からなんとも言えないため息がこぼれた。


 部屋を探す内、いくつかの観光地のパンフレットが目についた。

「北陸…行こうとしていました。ちゃんとしたボランティアは無理だけど

遊びに行って、美味しいもの食べたりするのは出来るじゃない?って。」

ちゃっかり笑う麻里の笑顔が目に浮かんだ。

「オレ、パンフレットに印がついてるところ、探しに行ってきます。」

圭介の目も不安で揺れている。多分、信頼して大丈夫だと美加は判断した。

「お願いします。」

美加の脳裏に日本海を臨む美しい断崖がちらついた。

それを追い出すように勢いよく圭介に頭を下げた。


 圭介を送り出した後も、麻里の手がかりを探す美加の足下にひらりと紙切れが落ちた。

小さな紙切れは名刺だった。

「水占い セイレーン摩子…?」

占い師という肩書きに加えて、胡散臭そうな名前だと思う。

でも、藁にも縋るような思いで占い師の扉を叩くことはありえないことではない。

それこそ、藁にも縋る思いで名刺に記されている場所へ向かうことにした。


 カララン…。拍子抜けするほど平凡なドアベルの音を聞きながら扉を抜けると

ビックリするほど普通の廊下があってその向こうにはこれまた何の変哲もない部屋。

ぱっと見、生活臭のするような普通のリビングだった。

占いの館っぽい場所を想像していた美加は逆に面食らった。

「いらっしゃい。」

穏やかに微笑んで迎えてくれたのはこれと言って特徴のない普通の女性で

ふっくらとして優しそうな感じは母親を思い起こさせる。

美加の手に握られた名刺をチラリと見ると

「悩み事ですね。でも、恋愛関係じゃなさそう。お困りごとは何ですか?」

そうおっとりとした調子で聞かれた。ふんわりした雰囲気は張り詰めた美加の気持ちを

少しほぐしてくれるように思えたが、そのことがかえって美加の声をつまらせた。

「友だちが…、大切な友だちが行方不明になってしまって。

電話も通じないし、恋愛関係で悩んでいたし、心配で。とにかくとにかく心配で。

彼女の部屋に行って、ここの名刺を見つけて

もしかしたら、恋愛相談しにここに来たんじゃないかと思って伺いました。

行き先に心当たりはありませんか?」

一気にまくし立てた美加の勢いにちょっと引きながらもウンウンと女性は聞いてくれていた。

「お友だちのお名前は?」

「あ、あ、そうですよね。私ったら慌てちゃって。すみません。

友だちは岡崎麻里と言います。ここに来ませんでしたか?」

小首を傾げた後、女性は答えた。

「ええ、いらっしゃいましたよ。」

「えっ? 本当に?」

美加の顔がぱっと明るくなった。


 「では、もしかして、今麻里が何処でこうしているのかとかご存知だったりしますか?」

勢い込んで美加が聞くと

「それは…」

占い師の女性は言葉を濁した。

「相談内容に関わってくることなので、お話することは出来ません。

たとえ仲のいいお友だちであっても、守秘義務がありますので。

ごめんなさいね。」

心底申し訳なさそうに言われたことで、美加はこれ以上聞き出せないことを悟った。

「そうですよね。」

諦めかけて、美加はひらめいた。

「あの。では、私が占いをお願いしたらどうでしょう?麻里の行き先を占ってもらうというのは?」

「ああ、なるほど!それなら出来ますね。では、準備しますね。」

占い師の女性もほっとした顔をして、いそいそと立ち上がった。


 真っ白なテーブルクロスには同じく白い糸で刺繍が施してあった。

鳥?花?その上に水を張った金色の鉢が置かれたため、全体像は掴めない。

鉢の中の水面には花びらとおぼしきものが数枚浮いていて

水からはほのかに甘い匂いがしていた。

「では、この紙にあなたのフルネームを書いてその水に浮かべていただける?」

半透明のどこか頼りない紙に言われるがまま記名して鉢に入れた。

「次は占いたいことを書いて同じようにしていただけるかしら。」

美加はうなずいて、書き込もうとして力が張りすぎたのか

ビリッと紙を破いてしまった。

「すみません!私…、こんな筈じゃ…。」

縁起が悪い気がして狼狽える美加を励ますように肩をポンポンと叩いて

「大丈夫ですよ。代わりのものをお持ちしますね。」

そう言って、女性は隣室へと消えていった。

美加はドギマギしながら、何とはなしに鉢の水を覗き込んだ。

美加の名前が水底に揺れていた。美加はその様子をじっと見つめた。


 「にげて」

そんな文字が水の中に読めた気がして、美加は目をこすった。

(水の中に文字が浮かぶだなんて、そんなバカなことあるわけないじゃない。)

そうは思うものの、こすった後に、もう一度目をこらす。

「みか にげて」

水の中にそんな文字がたゆたって見える。

「バカな。どう言うこと!?」

美加が取り乱していると

「あらあら。まだ意識が溶けきらないで残っているなんて。

それとも、あなたが本当に大事なお友だちだからかしら?」

さっきまでの優しい雰囲気を保ったまま、若干の揶揄と苛立ちを混じらせて

女占い師が背後から美加を抱きしめた。

「でも、ちょ~っと気付くのが遅かったですね。」

そう言うと、女は耳元でふふっと笑う。自分を縛める腕をほどこうともがくも

ちっとも緩まないどころか、段々にきつくなって息もしづらくなってきた。

(く、くるし…)美加の意識は遠のいていった。


 次に美加が目を開けたときには全く身動きが取れなくなっていた。

目だけ動かして、周りの様子を探る。すると、美加の身体よりも大きな顔が美加を覗き込んだ。

「あら。意識が戻ってしまったの?戻らない方が幸せなのに。」

やはり、おっとりふんわりとあの女が喋る。

「そこはね。紙の中よ。あなたが名前を書いた紙の檻の中。

あなたはね、水占いの水になるのよ。想いを抱いた人をその水に溶かすとね。

占いの精度が上がるのよ。あなたも、その糧になってね。」

女が優しげに微笑んだ。悪意のない笑顔で、そのことが余計に不気味だった。

 動けない。真空パックされたみたいに。足先、指先からじわじわ水が浸食してきた。

指先から肘、肘から二の腕、足先からすね、すねからもも。

絶望と共に甘い香りの水がどんどん染みてくる。

声も出せない中、とうとう全身が水に包まれた。


 うん。と、女は頷くと、鉢の水に手を入れてクルリと一混ぜした。

そこにさっきまで浮いていた紙はちぎれてバラバラになり

そして、まるで何事もなかったように水の中に溶けた。

女は上機嫌で独りごちる。

「さて、次の獲物はいつ来るかしら?」


お盆はとっくに過ぎてしまってからの投稿ですが、今年の残暑も厳しい折

ちょっとでも、涼しくなっていただけたでしょうか?

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― 新着の感想 ―
占い師と出会ってからの描写が水彩絵の具で書かれたような透明感のある印象を抱き、涼しくなりました。 そんな印象とは裏腹に、悪びれることもなく人を占い道具にしてしまう女の言動にさらにひんやりとしました。
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