村での生活
あれから一ヶ月。長老の計らいで、私はこの小さな村で生活させてもらっている。最初は警戒の目を向けられていた村人たちも、私が畑仕事を手伝ったり、壊れた道具を修理したりするうちに、少しずつ打ち解けてくれたようだ。言葉も、神様のおかげで、最初から問題なく理解できた。本当に助かった。
村の名前は「エルム村」というらしい。穏やかな気候と豊かな自然に囲まれた、静かで平和な場所だ。みんな質素だけれど温かい人々で、困っているといつも誰かが手を差し伸べてくれる。
私のエルフとしての外見も、最初は物珍しがられたけれど、今ではすっかり見慣れたようだ。「カリーナ」という新しい名前も、ぎこちないながらも呼ばれることに慣れてきた。でも、ふとした瞬間に、自分が西野響だった頃の記憶が蘇り、胸が締め付けられるような寂しさを覚えることもある。
(あの時、試乗会はどうなったかな…。新型車両の走行音、やっぱり素晴らしかったんだろうか…。)
夜になると、空には見たこともないような大きな月が輝き、無数の星が瞬く。そんな幻想的な光景を見ていると、自分が本当に遠い世界に来てしまったんだという実感が湧いてくる。
もちろん、この一ヶ月、ただのんびり過ごしていたわけではない。私の頭の中には、常に「鉄道」の二文字があった。この世界に鉄道を走らせるためには、まずこの世界の技術レベルや資源、地理的な条件などを知る必要がある。
そこで、村の長老であるバルドさんに、色々な話を聞いてみた。この世界のこと、そして、この国
——「アストリア王国」というらしい——のこと、そして、この世界に「鉄」というものが存在するのかどうか。
バルドさんは、私の突飛な質問にも嫌な顔一つせず、丁寧に答えてくれた。「鉄」は、この世界にも存在するらしい。山脈の一部で採掘できるが、その技術はまだ初歩的で、大量に生産することは難しそうだった。馬車や牛車、それに箒(…箒!?)が主な移動手段で、大規模な輸送手段はまだ存在しないらしい。
話を聞けば聞くほど、この世界に鉄道を敷設することの困難さを痛感する。線路を引くための土地、鉄を加工する技術、そして何よりも、鉄道という概念を理解してもらう必要がある。
それでも、私の心は諦めなかった。鉄道は、人々の生活を豊かにし、文化や経済を発展させる力を持っている。前世で鉄道会社やゼネコンで働いてきた自分の知識と情熱を活かせば、きっとこの世界でも何かできるはずだ。
(まずは、できることから始めよう。この村の周りの地形を調べたり、鉄が採れるという山脈についてもっと詳しく聞いてみたり…。)
そんなことを考えていると、今日は、バルドさんの方から声をかけてきた。
「カリーナ、少し時間いいかい?」
いつもの穏やかな笑顔で、バルドさんが私を呼んでいる。でも、今日はなんだか少し違って見える。一抹の不安を抱きながらも、私はバルドさんのもとへ走っていった。