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第8話

「それはきっと管理者(オペレーター)の仕業だね。その童子山さんは管理者(オペレーター)に命じられて行動してると思うよ」

「オペレーターってなんです? 聞いたことないんですが」

「それはつまり、この世界があってね。この世界っていうのは、前の世界に対しての今の世界で、そこのオペレーター。あ、そこっていうのはこっちの世界ってことで、こっちっていうのは前の世界じゃなくて今の」

「今度は話し下手だな!」


 俺は頭の中で、敬愛する千年ウォーク・ひらっちさんになったつもりでツッコミを入れる。市島先輩は目を潤ませ、「なんでそんな(ひど)いこと言うの?」といった顔でこちらを見ている。


「オペレーターって何者なんですか?」

「世界を管理する者たち」

「たち? ってことは複数いるって意味ですか?」

「そう。それぞれに目的が違うらしくて、何を考えてるのかもよくわからないんだ。童子山さんに接触した管理者(オペレーター)は、たぶん何かの弱みを握って、童子山さんに命令をしてるんだと思う」


 なんとなく世界を移り住んだだけだと考えていたのに、得体の知れない存在を知り、身が引き締まる。

 この世界の物語は大方、転移者がわちゃわちゃするだけのラブコメだろうと高を(くく)っていたが、存外にややこしい話のようだ。


「その子のことが心配ね。危険な命令をされかねないし」


 いつも笑顔を絶やさない八木先輩が、珍しく眉を寄せている。


「新田くん。わたしたちも手分けして、その子のことを探してみるから、その子の特徴を教えてよ」


 市島先輩に言われて、あらためて鬼女子の特徴を考えてみるが……特徴……うーん。まあ、一見すると普通の女子だよな。目つきが鋭いと思っていたが、あれは俺を(にら)みつけていただけなら、ますます特徴を伝えるのが難しい。

 童子山という名前を聞いた瞬間、俺は脳裏に酒呑童子(しゅてんどうじ)の姿が浮かんだのだった。京の都を恐怖に陥れた大江山の主、伝説の鬼の頭領だ。


「新田くん。女の子を鬼に(たと)えるのはよくないと思うよ」


 中学時代、地蔵に(たと)えられた先輩の指摘はもっともだ。説得力が違う。

 童子山のあの態度が俺に対してだけのものならば、それを理由に鬼女子などと呼ぶのは確かに間違っているのかもしれない。


「そもそも、童子山さんが(にら)むのだって、新田くんに原因があるのかもしれないよ。気がつかないうちに怒らせてしまっている可能性だって。話してみたらいいんじゃないかな」


 八木先輩が言う。

 なんだかんだ言っても、やはり先輩だ。こうやって後輩の話を聞いて、アドバイスをしてくれる。

 日吉先輩はというと、市島先輩のツインテールを頭の上で結んで、腕を通そうとしている。


「やめろやめろ! わたしは買い物バッグじゃない!」


 実にマイペースだ。

 やがて市島先輩と日吉先輩が本気の喧嘩(けんか)を始めたので、俺は生徒会室を後にした。


     ☆★☆★☆


 もう少し学校に残って童子山を探すにせよ、このまま下校するにせよ、教室には一度寄っておきたかった。スマホ用のイヤホンを机の中に置き忘れていたことを思い出したからだ。


 俺にとってのイヤホンは、侍の魂である刀のようなもの。いわば日常のすべて。俺の右腕ともいえる必需品なのだ。


 ——教室の扉に手を掛けたその瞬間、中から激しい物音と悲鳴が飛び込んできた。


 こういう時、何か起きれば放っておけない系主人公ならば「何があった!……うっ……なんてことだ」と迷わず突入するのだろうが、不幸にも俺は単なる小心者なので、か細い声で「失礼しまーす」と言いつつ、ゆっくりと扉をスライドさせるのが精一杯だった。


 扉を開くと、目の前の光景に思わず息を()んだ。


 教室の真ん中で、イルカのチーさんを抱きかかえた()()こと瀬加(せか)一図(ひとえ)が、(おび)えたような表情で立ちすくんでいた。


 そして、ひとに無表情で近づく童子山の姿。左手に持ったはさみをチーさんに突き立てようとしていた。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、な、何、何をするつもりなの!?」


 ひとが、童子山に甲走った声で抵抗する。童子山は一瞬動きを止め、ひとをじっと見つめた。その無表情な顔が、かえってひとの緊張を(あお)っているように見える。

 教室には数名の生徒しか残っておらず、ぎこちない空気の中で事態を見守っていた。

 言うまでもなく俺も、凶器を振りかざすやつの前にしゃしゃり出るような、蛮勇を振るう気などさらさらなかった。


 ……なかったのに。俺はイルカ女子とハサミ鬼の間に割って入るという、主人公さながらの行動を取っていた。まだ主人公だと確定したわけでもないのに。

 童子山は驚き(ひる)んだように見えたが、下ろし掛けた左手を俺の眼前で振り上げた。


 ——ひいっ、と蚊の鳴くような悲鳴を上げた俺の両手は、咄嗟(とっさ)に自分の頭を覆っていた。いや、そりゃそうだろう。俺はチョコレートと暴力が大嫌いなのだから。俺のことを情けないなどと言うやつがいれば、カカオマスに埋もれて死んでしまえばいい。


 しかし、童子山が俺の脳天にはさみを突き立てることはなく、ひとと二人で(あわ)れんだ視線を向けてくるだけだった。ドルフィンガール、お前もか。


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