第7話
俺のツッコミが響き渡る。
思わず、腹の底から絞り出すような大声を上げてしまった。
「言い方が悪かったか? ニッタくん、私と付き合え」
鬼女子の表現は、何も変化しちゃいない。
ちなみに俺の名前の読みは新田だから、なおのこと悪い。
「俺の名前もよく知らない癖に、人の純情を弄ぶなんてとんでもないやつだな!」
「君も私の名前なんて知らないだろ。私は童子山」
鬼女子が名乗った名前は、当然初めて聞くものだったが——しかし童子山か。
こいつ、堂々としてやがる、と思った。山の巨人のように不動だ。どっしりと大地に根を張るような立ち居振る舞い。こちらから伝える言葉はもう伝え終えた、と。
あとはそちらの番だ、とでも。
だが付き合えと言われても、童子山は急所を射抜くような鋭い眼光を向けたままで、怒り猛っているようにしか見えない。
俺にどんな答えを求めているのか。
「なんで俺に告白するんだよ」
「そこに君がいたからだ」
そこって……居残っていたクラスにってことか。そりゃいるだろう。他のやつだっていたはずだ。
ていうか、俺は登山家の言うところの山かよ。「そこに山があるからだ」みたいな。
「なんなんだ? 罰ゲームとか?」
「罰ゲームではない。そうしろと言われてるから、仕方なしにやってるんだ」
と、童子山が少し苛立ちを込めて答えた。
「誰かに告白しろって?」
「誰でもいいから彼氏を作れって」
「お前それ、絶対にヤバいやつだろ……」
ましてや、それで俺をチョイスするなんざ、やっぱり罰ゲームじゃないか。自分で言ってて悲しくなる。
聞けば聞くほどめちゃくちゃな話だ。鬼女子が無条件で従うような何者か——
「誰に言われてんだよ。いじめに遭ってるのか?」
「……そうじゃない。誰かはわからない……けど」
一瞬、童子山の顔から鬼気が薄れた。
「誰かはわからない……見えない相手ってことか?」
「………………」
童子山は何も答えず、唇を噛みしめながら俯いている。
——どうやらビンゴだ。童子山はこの世界の転移者に違いない。
瀬加一図の存在を思い出した後、俺はあらためて転移者の特徴を市島姫姫先輩に尋ねた。
姿を見せない誰かから話し掛けられる——そういうケースが転移者にはあるそうだ。
その正体が何者なのかについては、市島先輩はその場では教えてくれなかった。
「付き合ってくれないのなら、他をあたる」
「あ、おい……」
童子山は体を翻し、校舎の方へ駆けていった。
残された俺はしばらく立ち尽くしていたが、童子山が転移者であるならば確かめて先輩に報告しなければならない。
気が進まないながらも、童子山の後を追うことにした。
——童子山の姿は容易く捕捉できた。
校舎の入り口で、次の標的に照準を合わせようとしているところだった。
「あの……私と……その……」
意外なことに童子山は縮こまって、通り掛かった男子生徒に話し掛けることさえできないでいる。
先ほどまでの鬼っぷりはどこへやら、顔を赤らめ、うろうろと佇んでいる。
視界に俺を捉えた途端、一瞬だけ俺を睨んで、校舎の中へと逃げ込んだ。
あいつ、俺には威圧的な態度なのに、なんだこの人見知りっぷりは。俺のことは見知った間柄に入れてもいいのか?
「新田くん、女の子を付け回しちゃだめよ」
声の方に目を向けると、先輩三人組が待ち構えていた。八木先輩の口元に、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「あれだな、新田くん、意外とがつがつしてるんだな」
市島先輩が、妙に納得したような口調で言う。
あれってどれだ。がつがつってなんだ。
「先輩、転移者らしい女子を見つけました」
「九千四十九」
と、市島先輩が意味深な数字を告げる。
「はあ?」
「九〇四九って言ってんの」
「わかんねえよ!」
くだらねえ。あまりのくだらなさに、つい先輩に対して敬語を忘れてしまった。
だが、日吉先輩は俺の無礼など意に介さず、肩に手を回しながら言った。
「まあまあ、続きは生徒会室で聞こうな」
☆★☆★☆
三人の先輩が生徒会において、それぞれどういう役職に就いているのかはまるで知らない。尋ねてみたことはあったが、いつも話を逸らされてしまう。
俺が確実に理解しているのは、必ず対話の中心に立つのが市島先輩だということだ。あとの二人は、そのサポート役に徹している。
「つまり、言ったわけね。その子が。その、誰でもいいからって。彼氏が。えっと」
「聞き下手かよ!」
ヤケクソのツッコミだ。素早い返しに八木先輩と日吉先輩は拍手を送ってくれたが、言われた市島先輩は泣きそうな顔でこちらを見ている。
面倒臭いな。ツインテール地蔵先輩。