第49話
——ここが夢の中だということには、すぐに気がついた。
バスの車窓から見える風景は完全に夜に変わっていて、暗闇の中を街の灯りが後方へ流れて行く。
夜行バスかよ……。たかが県内の宿泊施設へ向かうだけなのに。
もし夢でないとしたら、俺は一体何時間眠り続けていたんだ。そして今、何処に向かっているのか。
窓の外を確かめてみるが、手掛かりはない。
「物朗」
バスの中にいるはずのないあの子が、俺に話しかけてくる。横を向くと、隣のシートには村雲てみの姿があった。
「今何問目?」
「一問目だな。聞き逃してなければ」
いきなりクイズを吹っ掛けられても動じることなく返す辺り、俺も場慣れしたもんだ。
「一匁は何グラム?」
「3.75グラムだろ。タオルの重量を量る単位な」
「イギリス発祥のグラムロックのグラムとは何の略?」
「グラマラスだな」
「わたしはグラマラスでしょうか?」
「いや……そうなんじゃねえの? 知らんけど」
「ブブー。わたしはデブでした」
「自虐クイズかよ! なんなん、なんなんこれ!」
確かにてみは丸っこいと言えるが、女の子にデブなんて酷い言葉は使わねえよ。グラマラスかどうかも俺には分からない。
俺の雑学知識は役に立ったようだが——しかし、夢の中でも俺はツッコミ役なんだな。
「わたしな、またクラスの子に悪く言われてるの聞いてしもてん」
声のトーンが沈んだので、てみの表情を確認した。笑顔を浮かべているが、どこか翳っている。
「鬱陶しいデブやて。笑ってまうよな」
「笑えねえよ」
笑えてたまるか。一体誰だよ、てみにそんな酷いこと言うやつは。
「デブはしゃあない。事実やもん。でも、わたしそんなに鬱陶しいかなぁ……」
夢の中だから、視点が勝手に切り替わる。俺を映すカメラアングルになって、そこには怒りに満ちた俺の顔がある。
「……んなわきゃねえだろ」
俺は憎々しげに言い放つ。
中学のある時期、てみがクラスメートの一部から心無い言葉を浴びせられていたことがあった。
その時の記憶が、夢となって再現されているのだろう。
「気にすんな。てみが悪く言われたら、俺が倍褒めてやるよ」
てみが陰口を叩かれるのが我慢ならなかった。
気にするなと言ったところで、そんなのは無茶な話だ。だが、てみの良いところはいくらでも思いつく。
てみもひとやるると同様、代替えのきかない友達なのだ。
「はー。物朗は優しいなあ。わたし勘違いしてしまいそうや」
「……勘違いって何だよ……」
「この前もな。歩いてたら物朗が立ってるわ思って、そーっと近づいていきなり抱きついたんよ」
「はあ? 俺そんなことされた記憶ないけど……」
「よう見たら物朗やなくて、郵便差出箱1号(丸型)やったわ」
「丸い郵便ポストな! なんで正式名称なんだよ! 俺とポストはまるで似てねえだろ!」
「ようやんねん。勘違い。教室で『先生!』って言うところを間違えて」
「ああ。『お母さん!』とか言ってしまって恥かくやつな」
「『局長!』って」
「郵便局長かよ! 郵便局から離れろ!」
「『上岡探偵局長!』」
「すげえ昔の『探偵!ナイトスクープ』だった!」
俺の周囲の女子は、どうしてこんなにボケ倒すのか。
大丈夫か? 無理してないか? 俺が無理させてないか?
本当に楽しんでくれているか?
てみだって、やがて口数が少なくなって、無理に作ったような笑顔しか見せなくなっていく。
てみ——お前、陰でなんて言われてたんだ?
俺と付き合った後、なんて言われてたんだ?
直接てみに聞いてみたかった。だが、隣で屈託なく笑うてみは、紛れもなく俺たちが付き合うよりも前のてみだった。
俺が——忘れかけていたてみだ。
突然、意識が現実世界へと引き戻される。夢が終わったのだ。
バスが未舗装の砂利道を走っていて、その揺れが体に伝わってきた。木槌山に到着したらしい。
当たり前だが、隣にてみの姿はない。夢の中で聞いたてみの声を思い返し、胸が締め付けられる。
やがて木槌山青少年の村の駐車場にバスが停車し、前の座席から順に生徒たちが降りていく。足を地面につけると同時に、俺は幼馴染み二人の姿を探す。
すぐにひと、続いてるるが降りてきた。
俺はその姿を見て涙が溢れそうになり、声をかけられなかった。だが、あちらから話しかけてくる。
「もの、寝てたでしょ」
ひとに見抜かれる。バレてるのか。しかし、後ろの席にいたひとが、どうして俺の様子を把握しているのか。
「物朗くん、いきなり寝言を叫び始めて、車内大爆笑だったんだぞ」
「まじかよ!」
呆れ顔でるるが言う。うわあ、やってしまった。てみの夢を見ていたことまで、みんなに知られているのか?
「『郵便局から離れろ!』って。爆弾でも仕掛けられてたの? 他にも訳のわからないこと言ってたぞ」
どうやら、夢の詳細までは伝わっていないようだった。
いくらひととるる相手でも、夢の中でてみと会話していたなんて知られたくない。いまだに引きずっているみたいで格好がつかない。
——でも。いつか笑い話として、てみに話すことは叶わないのだろうか。「アホやなあ物朗は」と、笑い転げてくれる未来は訪れないのだろうか。
恋愛関係なんて最初から無かったことにしてもいいから、もう一度友達として話がしたい。




