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匣庭高校オルタナティ部  作者: 水本グミ
009 オルタナティ部II
43/50

第43話

「チーさん、出てきていいよ」


 ——本日のオルタナティ部部室。俺とひととるるの三人だけの部室。

 ひとが手首に着けた『くるっとイルカ』の頭を優しく()でると、イルカのチーさんは大きな口を開けて欠伸(あくび)をした。

 そして、ひとの手首の上でぴょこんと立ち上がり、周囲を見回す。


「なんだぁ? この部屋はよ」


 チーさんのファニーな声が脳内に直接響いてくる。小さなイルカのぬいぐるみが実際に口を動かして話すわけではなく、まるでテレパシーのように意識の中に言葉が流れ込んでくるのだ。


「オルタナティ部の部室。通称・()()()()()()()と呼ばれてる場所だよ」


 ひとがそう説明すると、チーさんは軽やかにひとの手首から床に飛び降り、部屋中を探索し始めた。

 イルカらしい機敏なジャンプ力で、棚の隙間やラックの上など、様々な場所を調べて回っている。


「これは一体なんだ?」

「部長のキャンプ道具だよ。家に置き場所がなくなったのか、部長の私物置き場と化してるんだ」


 コンパクトに畳まれた小さなテントや、小ぶりなサイズの調理器具を指差しながら、るるが(あき)れたように答えた。


「部長ってのは管理者の妹だろ? 変わったやつみてえだな」


 「かなりね」とるるがため息混じりに(つぶや)き、俺とひとも一緒に(うなず)いた。


「で、管理者の遊び場ってのはどういうことだ?」

「ああ、管理者・Zの隠れ家みたいなものだったらしいよ。だから前の世界からの遺物がたくさん置かれてる」


 俺なりにチーさんに説明してみる。世界が崩壊する以前から、管理者・Zがこの世界を訪れていて、この教室を個人的な秘密基地として使っていたらしい。

 だが管理者という存在の謎については、まだ何もわからない。


 そもそも一介の高校生、一介の転移者であるこの俺が、その全貌どころか片鱗(へんりん)でさえ(つか)む日が来るのだろうか。


「まあいいぜ。今日は約束通り自由に行動させてもらうからな」


 チーさんはイルカの体を思い切り伸ばすと、意気揚々と部室の扉に向かって進んで行った。


「お嬢とルルはそこで待ってろ。モノ、お前は着いてこい」


 そう言い放つとチーさんは器用に扉を開き、廊下へと出て行った。俺は「やれやれ」とばかりチーさんの後を追いかける。


 廊下を並んで進んでいると、三つ先にある教室の前で、先導していたチーさんが急に足を止めた。


「モノ、ここ入るぞ」

「何もない空き教室だぞ。この世界の手掛かりなんてきっと無い」

「元よりそんなことはわかってんだよ。いいからさっさと入れ!」


 チーさんは俺のズボンの裾に()みつき、そのまま教室の中へ引っ張っていった。


「モノ、オレにあれ渡せ。さっさと」

「ああ。あれね」


 俺は制服のポケットの奥から、チーさんに事前に頼まれて(ひそ)かに取っておいた赤い実を一つ取り出した。市島部長に巾着袋を返却する際に、こっそり一つだけ確保しておいたものだ。


 ちなみに、ひとやるるにバレると厄介なことになりそうなので、彼女たちには黙ってある。


 チーさんの前に赤い実を差し出すと、小さな胸びれを器用に使い、上手に挟み取った。


「それどうすんの?」

「今から食う」

「マジで!? 食えんの?」


 チーさんは口を大きく開くと、赤い実を勢いよく放り込んだ。そしてガリガリと咀嚼(そしゃく)音を立て始める。

 ぬいぐるみに歯などあるわけないのに、どういう仕組みで()んでいるのか理解できない。


「まずいな。これ」


 舌などあるわけないのに、味もわかるようだ。


「なんともねえな。お前が話してた、記憶が流れ込んでくる感覚、オレには何も起こらねえ」

「それは……俺と違ってチーさんはイルカだから……」

「バカ! オレがイルカなわけあるかよ。いやまあ……イルカっちゃイルカだけどよ……うーん」


 チーさんは両胸びれを器用に組み合わせて、腕組みのポーズを取った。どうやら胸びれの長さは状況に合わせて変化させることができるらしい。


「まあ、今日ぐらいはいいだろ。モノ」

「チーさん……七弥(ななや)さん」


 俺はチーさんに向かって、ひと——瀬加(せか)一図(ひとえ)の兄の名を口にした。

 三年前に職場の事故で命を落とした瀬加七弥さんが、なぜかひとが大切にしていたイルカのぬいぐるみに憑依(ひょうい)したのがチーさんの正体だ。当然俺たちは、そのことを理解している。

 彼の特徴のある話し方、ひとを「お嬢」と呼ぶ癖、語られる様々なエピソードがすべて生前の七弥さんと一致している。


 だが、みんなの暗黙のルールで、俺たちはその正体について触れない。チーさん自身も、生前の七弥さんとして扱われることを好まない。


「七弥さん、赤い実の効果がなかったのはどうして?」

「いや、これはオレの仮説だぜ。まずお前と違って、オレの記憶には転移の欠落がない。このブツはあくまで歯抜けになった記憶を補う効果があるんじゃねえか? だとしたらオレには効き目がないのよ」


 「それと」と言いかけて、七弥さんはしばらく口を閉ざした。しばらく考え込むように頭を下げていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「その記憶ってよ。前の世界のものだよな。じゃあ今の世界の記憶ってやつは、どこにあるんだ? 二つの世界の記憶が混ざり合う? 本当かね。オレはそこから疑ってるぜ。お前もお嬢もルルも、こっちの世界の独自の記憶なんて持ってねえよな。二つの世界での記憶がそっくりで、違いに気づかない……って話なんだろうけどよ。そうじゃない他のやつと、お前は話したことがあるか?」


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