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匣庭高校オルタナティ部  作者: 水本グミ
009 オルタナティ部II
41/50

第41話

「オロロン、オロローン! 悲報でござる。大悲報でござるよ」


 ——本日のオルタナティ部部室。別名、〔管理者の遊び場〕に比延(ひえ)さんの奇天烈(きてれつ)な泣き声が響いた。

 背もたれの付いた(だいだい)色のプラスチックチェアに深く腰掛けていた俺は、やれやれてなもんで、座り直して比延さんの話を聞く態勢に入る。


「何が悲報なんだよ、比延さん」

「ぐふう。新田(しんでん)氏、聞いてくだされぇ」


 癖の強い(しゃべ)り方は、さらに磨きがかかったらしい。なんだよ、新田氏って。


「お昼のお弁当に、あちきの天敵、獅子唐(ししとう)が入っていたでござる! オロローン!」

「しょうもねえ!」


 本当にしょうもねえ。


「比延さん、獅子唐嫌いなの?」


 文庫本を(めく)っていた手を止め、るるが会話に割り込んでくる。


「苦手でござる。申し訳ないけど好きにはなれないでござるよ。苦いのに辛いだなんて、受け入れがたいでござる」

「獅子唐はそんなに苦くも辛くもないよ。確かに『当たり』を引くと辛いけど」


 獅子唐の中でも特に辛いものを『当たり』と呼ぶことがある。見た目で判別できるという説もあるが、先端の形やシワの数とか、結局はどれも確実ではないんだよな。


「ぐはっ。『当たり』? あれは『はずれ』でござろう。幼少期にトラウマを負って以来、あちきにはNG食材なんでござる」

「別に、食べないで残せば済む話じゃねえか」

「新田氏は何もわかっていないのでござる。あちきの獅子唐嫌いは家族間では常識。それなのにママがお弁当に入れるなんて、異常事態なんでござるよ!」


 言われてみれば、比延さんの言い分には一理あるように思える。娘がオロロン泣くほど嫌がる食材を、知っててわざわざ使うだろうか。


「ママはやっぱり本当のママじゃないんだわ……。これって代替えの世界で、代替えの親と暮らしているってことよね……」

「怖いこと言うなよ……」


 闇モードに入って口調の変わった比延さんの言葉に、俺はぞっとした。

 大人の転移者は珍しい。つまり俺たちの親は、ほとんどが転移の記憶がない者か、もしくは……。

 もしくは、何なのだろうか。


 転移者ではない者って、何だ?


「るる、お前の両親に何か変わったところはないか?」

「うーん。毎晩ビデオ通話で話してるけど、特に変わったところはないよ。でも、転移後まだ一度も直接会ってないんだ。私も怖くなってきたよ……」


 他に聞ける人は、と辺りを見回す。窓際の壁に寄りかかって話し込んでいる市島(いちじま)部長と八木(やぎ)先輩に目が行ったが、やっぱり声をかけるのはやめた。

 部長ならば不安を解消してくれるような、あるいは気休めになるようなことを言ってくれるかもしれない。でももし、そうでなかったら——


 偽物の親。偽物の家族。


 だけど本物か偽物かなんて、誰が決めるんだ? そもそもこの世界においてイレギュラーな存在は、二つの世界の記憶を持った俺たち転移者なんじゃないか?


「物朗きゅ……くん。大丈夫か? 思い詰めた顔をしてるぞ」

「るる、お前今、()んだだろ」


 「嚙んでない」「嚙んだ」「だからどうした」と、るるは顔の前で手をばたばたさせて必死に言い訳を続けた。なぜか顔を真っ赤にして。

 そこまで恥ずかしがるようなミスか? 嚙んだだけだろ。


 なおもわーわー言って取り乱している幼馴染(なじ)みのるるを見ていると、なんだかどうでもよくなった。


「とにかく比延さんも、考えたってどうしようもないことだろ。お母さんもついうっかりして、他の家族の弁当と入れ間違えたのかもしれないし」

「……あちきは一人っ子よ」

「ぼーっとしてミスすることぐらいあるだろ。もしお母さんが比延さんの好き嫌いを忘れていたとしても、それだけのことだろ」

「オロロン……」


 比延さんのモードが元に戻った。

 ()()()()()()()。それは乱暴な言い方だったかもしれない。俺は比延さんに対して、ついついきつい言い方をしてしまう悪い癖がある。


「言い過ぎたかも。ごめん」

「ぐふぅ。いいんでござるよ、新田氏。確かに獅子唐だけで決めつけるのは、よくないことでござった。最近、七海(ななみ)礼斗(らいと)のことで頭を悩ませていて、ついつい弱気になってしまったでござる」

蒲江(こもえ)さんと柏尾(かしお)くんに何かあったのか?」


 うちのクラスの中心的存在、蒲江七海さんと柏尾礼斗くんは、誰もが認める絵に描いたような美男美女カップルだ。校内で「幼馴染みトリオ」といえば蒲江さんと柏尾くん、そして比延さんのことで、決して俺とひととるるのような、目立たない三人組のことではない。


「ここだけの話でござるが、あの二人、別れちゃったんでござる」

「そっちの方がよっぽど大悲報でござろうが!」


 驚愕(きょうがく)のあまり比延さんの口調がうつってしまった。

 え? クラスを代表するカップル(と言っても他に付き合っている生徒がいるのかは知らない)で、ムードメーカーでもある彼らが別れた?

 そもそも比延さんにとっても、元は推しカップルだったはず。二人が別れてしまったことに悲しんでいるのではないか。


「いや、うーん……。二人が選んだことは尊重してあげたいし……それに喧嘩(けんか)別れとも違うんでござる。それぞれに思うことはあるのかもしれないでござるが……。これからも二人のフォローはしていきたいな……と」


 転移後に突如与えられた幼馴染みのポジションを、比延さんは受け入れ、役割を果たそうと努力していた。彼女にとって、それだけ二人のことが大切な存在になっているのだろう。


「すごいね、比延さんは。誰よりもこの世界に馴染(なじ)もうとしているな」


 るるが言った。俺もそれに同調する。


「ぐほっ。あちきを褒めても勝ち試合にしか出ないでござるよ」

「抑え投手かよ! 絶対的守護神とか呼ばれてるような! 何も出ないじゃないのかよ!」


 ——と。少々くどいぐらいの、くどい具合のツッコミを入れつつ、平和な部活動は続くのだった。


 しかし、オルタナティ部って何のためにあるのだろう。何のために俺は——俺たちはこの()()()()()()()にいるのだろう。

 部活を帰る時間になるまで、るるや比延さん、市島部長や八木先輩と談笑しながら、頭の片隅でずっとそれを考えていた。


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