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匣庭高校オルタナティ部  作者: 水本グミ
007 保健室
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第34話

 管理者(オペレーター)・Zの名は、市島先輩から聞いた。

 世界を管理している者のひとり、我がオルタナティ部の部室の元の主、そして、部長である姫姫(きき)先輩の姉。

 まさか、こんなところで(つな)がるとは。


「物朗、お前はたくさんの物事を考える性格だが、肝心なところは鈍い。お前は今日の姉の格好を見て何も思わないのか?」


 今日の格好と言われても……左足に運動靴、右足にトイレのスリッパを履いていたんだよな。でも、もう家の中だから当然、靴は脱がれた後だ。

 あとは黒のTシャツにジーンズ。前面に葉巻を(くわ)えたヒヨコの絵のTシャツ。


「あ、それ俺のTシャツじゃねえか。何勝手に着てんだよ!」

「物朗、木を見て森を見ず、鹿を()う者は(うさぎ)を顧みずだよ。もっと観察眼を身につけた方がいい。だいたい姉がお前のことを『物朗』と呼び続けていることに疑問を感じなかったのか?」


 それは——感じていた。転移前の世界では、沙綾さんは俺のことをずっと『もの』と呼んでいた。ひとが俺のことをそう呼ぶのは、沙綾さんを真似(まね)たからだ。

 前の世界の沙綾さんと、今の世界の沙綾さん——二人が同一人物だという確証が持てなかった。

 確かめる勇気もなく、深く考えないようにしていた。


「もちろん、気になってたよ。でも沙綾さん、たまに真面目なトーンで『物朗』って呼ぶこともあったから、そういうノリが続いているのかと思ってた」

「お前が転移者なのかどうか、探りを入れていたんだ。まったく、私も()()も面倒臭い性格をしているな」

「姉弟だからな」


 と、わざと口を(とが)らせて言ってやった。

 沙綾さんはテーブルの上にメタリックピンクのデジタルカメラを置いて、ソファに腰掛けたまま俺の方に向き直った。


「姉は今、管理者(オペレーター)の調査をしている」

「調査?」

「もの、これを見てくれ」


 沙綾さんに見せられたデジカメのディスプレイには、見覚えのある男の姿が写っている。


「これは……(かい)

「そうだ。この間の夜、私とものが遭遇した管理者(オペレーター)だ」


 そして、るるの妹ぴゅあ——最近やっと名前を思い出せた——を誘拐し、今現在みのり園に近づけなくなっている元凶でもある。

 市島先輩の言うところの、迷惑系管理者(オペレーター)


(かい)滅多(めった)に表に姿を現さない。貴重な写真が撮れたよ。他にも、この写真の人物はものも知っているだろう」


 紺色のパンツスーツに身を包んだ女性の写真——知っている。匣庭(はこにわ)高校の校長、管理者の一人だと聞かされている人物だ。


喜多垣(きたがき)夜澄(よすみ)——管理者(オペレーター)・ヨスミと呼ばれている。年齢不詳、ほとんどのプロフィールが謎に包まれた人物だな。まあ、管理者なんてだいたいそんなもんだ」


 喜多垣校長の素性について、俺は何も把握していない。最年少で校長に就いたという(うわさ)だけが流れているが、それが何年前のことなのか、今何歳なのか何もわからない。


「沙綾さん、なんで管理者なんて調べてんだよ」

「私がある組織……と言うと大仰だな。ある人たちに依頼されているからだ。管理者との交渉を望んでいる人たちがいる」

「だからって……危険はないのかよ……なんで沙綾さんが……」


 俺の記憶する沙綾さんは、ただの一般人だ。特別なキャリアがあるわけでも、何か際立った能力があるわけでもない。

 少し変わった優しい性格の姉であって、危険な任務を引き受けるような人物ではない。


「私が転移者で、数少ない大人だからだ。大丈夫だよ、危険はない」


 そもそもどうして、大人の転移者は少ないのか。

 若者は自我がまた完全に確立していないため、二つの世界線の記憶を融合させやすい。

 一方、大人は既に強固なアイデンティティを持っているため、相反する記憶を受け入れることが困難だったのかもしれない。


 もっとも、こんなのは憶測にすぎない。

 世界の崩壊と転移の真実については、市島先輩からも細かくは知らされていない。

 管理者たちですら、すべてを理解しているわけではないのかもしれないし、知っていたとしても明かさない理由があるのかもしれない。


「もの、お前の学校の話が聞きたい。転移者や管理者との関わりの話を」


 俺は沙綾さんにオルタナティ部の話をした。市島先輩が部活を立ち上げた経緯や、管理者・Zの妹であること。赤い実の話、旧校舎の管理者の遊び場、そこに並べられた前の世界からの遺物たち。箸荷さんのこと、比延さんのこと。


「前の世界の遺物を部室に置いているって?」


 沙綾さんが身を乗り出し、好奇心に満ちた表情で聞き返した。


「うん。将棋の駒とか、モルックのスキットルとか……なんでか知らないけど、転移者以外は近づけないみたいだ」

「なるほど。姉も持っているぞ。前の世界からの遺物。私のクライアントが貸してくれている」

「どんなものを?」


 俺が尋ねると、沙綾さんはテーブルの上に置いてあった年代物のデジタルカメラを拾い上げ、宝物を扱うかのように優しく手のひらで包み込んだ。


「このカメラを持っていると、どういうわけか管理者に気づかれないんだ」


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