第28話
とにかく。比延さんのオルタナティ部への入部が決定した。
比延さんをオルタナティ部の仲間に迎えることになった背景には、彼女が転移者であること、転移後の人間関係に悩みを抱えていること、そして市島部長への奇妙な創作意欲などの動機もあったが、何より重要だったのは彼女が今、安心できる居場所を必要としているという事実だろう。
「あちきはいわば二人のストーカー。二人に話を合わせることはできる。でもあちきが居ていいのか、あちきじゃない方が良かったんじゃないかって思ってしまう」
比延さんと柏尾くん、蒲江さんの関係は、外部の人間が安易に介入できるような単純な問題ではない。結局のところ三人の間で解決すべき話だ。
「この部の顧問は曽我井先生だから、先生に相談してみるのもいいと思うよ。事情はすべて汲んでくれるだろうから」
ひとの言葉に頷く。曽我井玻璃先生は比延さんの担任教師でもあるし、転移の複雑な事情も把握している。相談相手としては最適だろう。
「あたしも、ものの記憶が戻るまで、保健室で曽我井先生に相談していたの。困った時の玻璃先生だよ」
「そうだったの? 私は知らなかったよ」
るるが驚いた顔でひとを見ている。俺も同様に、ひとがこっそり保健室に通っていたなんて、まったく知らなかった。
「ぐふう。委員長のオヌヌメなのであれば、一度保健室に足を運んでみるでござるよ」
学級委員長であるひとが言うと、説得力が増すようだ。
しかしひと、当たり前のように周りから「委員長」と呼ばれるようになってるな。いつも腕に抱えているイルカよりも、委員長という役職が代名詞になりつつある。
それはそれで寂しさを感じたり、感じなかったり。
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部活からの帰り——と言うと、まともな部活動を行っているようだが、適当に部室で駄弁っていただけだ。転移者のコミュニティ作りが目的の部だから、間違ってはいないのだろうけれど——俺とひと、るるの三人で下校した。
俺たちは何も、毎日三人で帰っているわけではない。ひとは委員長の仕事が遅くなることがあるし、るるが家事の都合で早く帰る日もある。
俺自身は特に急ぐ用事もスケジュールもない暇人だが、それでも単独で帰宅することだってある。それぞれの都合で、帰り道の組み合わせはバラバラだ。
それでも、オルタナティ部に入部してから、三人で揃って帰る機会が増えたように思う。
幼馴染みという枠組みを考慮しても、俺たちの関係性は特別だと言っていい。
互いの家には気軽に出入りするし、親にも顔パスで認められている。
休日の予定は基本的に三人で組むことが多く、何か特別なことがあれば真っ先に連絡し合う間柄だ。他の友人関係とは違う、特別な信頼関係で結ばれている。
だから一人で下校したって、寂しさを感じることはない。
今日はるるが一緒なので、借りていた漫画の単行本を返そうと考えた。一度自宅に立ち寄って本を取ってから、るるの家に向かうことにした。
自宅の部屋の机に乱雑に積まれたムラヤマ一星・著『私立フォッカチオ学園』全十一巻を、紙袋に詰める。
それにしても、面白かった……。
健気な可愛らしさが魅力の初期ヒロインのメメメ子はもちろん、四巻途中から仲間になったミミ倉や、七巻で初めて素直な一面を見せる塩対応のカロ美など、キャラクターの魅力に溢れていた。
最初は悪役として登場したキック姫が、巻を重ねるごとに愛すべきキャラクターへと変貌していくのも、この漫画の魅力の一つだ。当初の冷酷さが次第に愛らしさへと変わっていく過程が見事だった。
これは間違いなくラブコメ史に残る名作だ。才能豊かな作者が若くして世を去ってしまったことが、本当に悔やまれる。
この傑作は永遠に未完のまま残されることになった。もう二度とこの物語の続きが描かれることはない。登場人物たちが心待ちにしていた修学旅行も、永遠に実現しないままだ。読者としては切ない結末になった。
るるにこの思いを伝えなければ。俺は紙袋を手に、童子山家へと急いだ。
家に到着するなり玄関のインターホンを押し、現れたるるに紙袋を手渡した。
「お、面白かった……びっくりした。こんな漫画の存在をスルーしていたなんて、俺は今まで何を読んでいたんだろうと思う。こんなにも続きが読みたい、けれどかなわない漫画に出会ったのは初めてだ」
「そうか。気に入ってもらえてよかった。昨日十二巻が出たところだから、それも貸してあげるよ」
はい?
作者のムラヤマ一星先生は、もう亡くなって続きは読めないんじゃなかったのか?
「何を言ってるんだ、物朗くん。ムラヤマ一星先生が亡くなったのは、三巻の連載が終わった直後だぞ。今は弟のムラヤマ二星先生が替わりに続きを描いている」
慌てて紙袋の上に積んであった十一巻を取り出してみる。るるの言う通り、そこには作者名として「ムラヤマ一星」ではなく「ムラヤマ二星」と記されていた。こんな重要な事実を見落としていたとは。




