第22話
だいたい水着の写真だと?
水泳部のポスターと紛らわしくないか? それとも、そういう水着じゃないってことか?
「じゃあコスプレは? ひとるるナースが『あなたのココロのスキマお埋めします』って」
喪黒福造かよ。何考えてんだ、せめて弟の福次郎にしろ。
ひとるる推しはいいが、もはや二人とも市島先輩と目を合わせようともしない。完全に無視を決め込んでいる。完無視、いやガン無視である。
「どっちかが嫌なら、替わりに物朗くん入れてもいいよ。チアの衣装借りてさ、『転移したあなたを応援します』って」
転移したあなた……って、病院のがんのポスターみたいじゃないか……。
そして、ガン無視されようがまるで堪えない。先輩のこの図太さは尋常じゃない。
「真面目にやれ!」
突如、市島先輩の顔面が机に叩きつけられた。いつの間にか後ろに回り込んでいた曽我井先生の手が、先輩の頭をぐいっと押さえつけている。昔のコントのオチで、こんなの見たことある。
「様子を見にきたらこれだ。今日中に作って貼り出すって言ってるのに、写真を使ったポスターなんて無理に決まってるだろうが」
結局シンプルな手描きイラストを載せて、適当なキャッチコピーを考えることになった。
せめてキャッチコピーのフレーズだけは真剣に考えようと、曽我井先生に説教されている市島先輩を抜いた三人で検討する。
「『新しい世界へようこそ。同じ悩みを持つ仲間がここにいます』っていうのはどうかな?」
ひとの提案に、「おお」と俺とるるが声を上げた。これなら転移者に意味は伝わるし、それ以外の人が見てもおかしくない。
イラストはひとるるの共同作成となった。この二人、意外と絵が上手い。
俺は文字の縁取りを手伝った程度で、ほとんど何もしていないが、先輩たちはもっと何もしていないので心は痛まない。
手作り感満載のポスターが完成し、曽我井先生に手渡した時には、すでに窓の外から夕日が差し込んでいた。
☆★☆★☆
——帰り道。俺は、チーさんを呼び出した。チーさんは、ひとが左腕に乗っけているイルカのぬいぐるみに宿った守護霊のようなものなのだが、最近めっきりと出番が減っている。
こちらの世界に移動してから、チーさんは夜型になり日中あまり出て来なくなった。その原因についてチーさんは、
「この世界とお嬢とこのボディとオレの相性が、それぞれあんまよくねえんだよな」
と、話している。お嬢というのはひとのこと。
つまり原因については、チーさんもよくわかっていないということ。
チーさんの霊的なパワー——その正体を俺はよく知らない——が弱っているわけではないそうだ。チーさんがひとや俺たちとコミュニケーションを取る時には、ひとが常に身に着けていると言ってもいいイルカのぬいぐるみを依り代として使っているが、それが最近しっくり来なくなっているらしかった。
俺が二、三発チーさんの頰をひっぱたくと「何しやがる!」とばかりに起き出したものの、しかし、やはり眠気が強いらしく、チーさんの声(脳内に呼び掛けているものだが)にはまったく覇気がない。
先日の管理者・九との件。るるとの遭遇も、俺の姉、沙綾さんとの遭遇も、偶然にせよ俺が関わっている。
今後、ひとに危険が及ばない、とは限らない。
だから名目上、ひとの守護者であるチーさんには万全の状態でいることを望む。
俺はリュックからある品物を取り出し、ひとに差し出した。
「チーさんの体の代替えになるかはわからないけど、今よりコンパクトな方がいいんじゃないかと思って」
オンラインショップで見かけて購入した『くるっとイルカ』という名前の商品で、手首に巻き付けるタイプに設計されたぬいぐるみ——大きく丸い目は愛らしく、チーさんの無骨なイメージからはかけ離れたデザインな気もするが、ひとの可愛い雰囲気には合いそうだ。
「ふああああ。これ、ものがプレゼントしてくれるの?」
るるがひとの腕からチーさんを取り上げて抱きかかえると、ひとは新しい『くるっとイルカ』を左手首に巻きつけた。これまでの不思議系少女から、ほんの少しセンスのある不思議ちゃんにイメージチェンジしたように見える。
まあ、ひとが身につけて嬉しそうにくるくる回っているのを見て、よかったとは思う。
「で、どうだ? チーさん。新しい体に移動することはできるか?」
「できなくはないと思うけどよ。まあ、オレよりもお嬢の問題だな。お嬢が新しい体にどれだけ思いを込められるか、思い入れを持てるかだな」
ぬいぐるみが変わるだけとはいえ、チーさんの体を乗り換えるには、ひとの強い思い入れが必要なようだ。
チーさんの現在の依り代は、三年前に旭塚水族館の土産物売り場で買ったものだ。あの時の楽しかった記憶とともに、ひとはずっと大事にしてきた。
そんな思い出深い品と同じぐらいの愛着を、この代替えの新しいイルカに持てるようになるのだろうか。




