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匣庭高校オルタナティ部  作者: 水本グミ
005 捕殺師
21/50

第21話

「理論は頭に(たた)き込んだ。いよいよ実践の時が来たんだよう」


 休み時間にぶんちゃんが()えた。

 例の『ラブコメの主人公になるための35の方法』を愛読しているぶんちゃんが、いきなり席を立ち上がり、自分を奮い立たせるように(つぶや)いた。


 俺は——いや、正直俺はまだぶんちゃんと少し話すようになった程度の間柄で、彼がどのような男なのかわかっていなかった。

 近くにいたなごさん——彼はぶんちゃんと同じ仲良しグループだ——が、ぶんちゃんを制しようと声を上げた。


「ぶんちゃん、やめろ!」


 ぶんちゃんが何をやるつもりなのか黙って見ていると、ぶんちゃんは教室の後ろへと真っ()ぐに進み、女子のグループの前に立ち止まった。


 ギャルの軍団——そう呼ばれている三人組のグループだった。

 制服を着崩した派手な服装、明るい髪色。俺やぶんちゃんのような地味メンには縁のない、教室で目を引く華やかな女子たちだ。

 ちなみに俺はまだ、言葉を交わしたこともない。


 ぶんちゃんは直立不動のまま、ギャルの軍団の前で静止している。

 やがて一分が過ぎ、二分が過ぎた。

 これはもう敗北以外の何物でもない。ぶんちゃんは『ラブコメの主人公になるための35の方法』を信じて、ギャルの軍団に負けた。


「ううう……」


 ぶんちゃんの喉から絞り出されるような(うな)り声が、静まり返った教室に響いた。

 顔を真っ赤にし、目には涙が浮かんでいる。もう限界だ。


「あの……何か用?」


 ギャルの軍団の一人が気まずさに耐えかねて口を開いたその瞬間、後方から見物していた男子が状況を一変させる一言を放った。


「おい、罰ゲームさせられてるのか?」


 ある意味、『ラブコメの主人公になるための35の方法』の著者による罰ゲームとも言えるが。


「誰だよ、郷瀬(ごのせ)(ひど)いことしたやつは! 可哀想(かわいそう)だろ!」


 郷瀬文斗(ぶんと)——通称・ぶんちゃんは、クラスメイトの勘違いのおかげで、誰かにいじめられて告白ゲームをやらされている被害者、という物語が勝手に出来上がった。真実を知っていると確かに惨めで、可哀想(かわいそう)だ。

 そして状況が飲み込めず、ただ困惑しているだけのギャルの軍団も可哀想(かわいそう)だった。


 周囲の騒動など全く気にせず漫画に没頭していたるるが、わだっちとアッキーに囲まれ退散していくぶんちゃんの姿をちらりと見てから、俺に言った。


「まあでも、物朗(ものろう)くん。あの『ラブコメの主人公になるための35の方法』は名著だよ。私もあの本のおかげで、物朗くんと話せるようになったしな」

(うそ)つけ!」


 小学四年生からの付き合いでそれはない。

 るるの手元には常に本がある。小学生の頃から変わらない。いつもは小説などの文字が多い本だが、今日は()え系の女の子が描かれた表紙の漫画だったので気になった。


「少年誌に連載されていたラブコメ漫画なんだけど、連載途中に作者のムラヤマ一星先生が亡くなってしまったんだ」

「なんと」

「魅力的なキャラクターと、テンポのいい展開、小気味いいギャグでとても面白かったんだけど、話もまだまだこれからという時に早逝(そうせい)されてしまったんだよ」


 作者の無念は計り知れないが、物語の続きを楽しみにしていた読者の喪失感も相当なものだろう。親しみを込めて見守ってきたキャラクターたちが永遠に動かなくなると思うと、胸が締め付けられる。


「興味があるなら帰りに全巻貸してあげるよ」


 るるが面白いというなら、間違いなく良作だろう。彼女の作品選びには全幅の信頼を寄せている。下校後の楽しみが増えた。


     ☆★☆★☆


 放課後になり、俺たちは部室に顔を出した。

 部室ったって旧校舎にある元は()()()()()()()と呼ばれていた教室で、訳のわからない小物が山ほど飾ってある、まるで落ち着かない場所だ。

 オルタナティ部の部員になったはいいものの、この部室に慣れる日が来るのか。


「今日はオルタナティ部のポスターを作るよ。学校の掲示板に貼り出してもらうの」


 市島(いちじま)先輩が、両手をばんざいしながら宣言した。この人はどうして、いつも無駄に明るくて楽しそうなんだろう。

 八木(やぎ)先輩はバイト、日吉(ひよし)先輩も用事でおらず、このツインテール地蔵先輩の暴走を止められる者は今日は一人もいない。

 不安で仕方がない。


「ポスターって、新入部員募集のポスターですか?」

「それだけじゃなくて、転移者に気づいてもらえるようにしたいの」


 新たな転移者の保護とサポート——それがオルタナティ部の活動目的だ。

 多くの転移者に気づいてもらうためには、目を引くようなアピールをしなければならない。

 もちろん転移者でない——転移の自覚のない者にとっては、世界の転移なんて到底信じられるものではないだろう。漫画やラノベの読み過ぎだと、馬鹿にされるのがオチだ。


 どんなデザインが良いか頭を悩ませていると、市島先輩が(ひらめ)いたように目を輝かせ、勢いよく人差し指を突き上げた。


「こういうのはどう? 一図(ひとえ)ちゃんとるるちゃんに水着になってもらってさ。それでキャプションつけるの。『転移者よ、来たれ』って」


 うわあ。

 二人の表情があからさまに変わった。るるは眉間に深い(しわ)を寄せて露骨な嫌悪感を示しているし、ひとは「こんな人に育てられた子猫はかわいそうだろうな」と言わんばかりの(あわ)れみの目で先輩を見ている。

 俺、二人にこんな目で見られたら三日は落ち込む自信がある。


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