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匣庭高校オルタナティ部  作者: 水本グミ
004 オルタナティ部
20/50

第20話

「そういやこの前、お父さんとイオンに行ったんだけど、春実(はるみ)さんに会ったよ」


 笑い声が収まりかけたとき、ひとちゃんは思い出したように言葉を発した。


「千年ウォークの!? イベントのゲストか何かか?」

「ううん。普通に買い物してた」


 千年ウォークの大ファンの物朗きゅんが、がっくりと肩を落とした。

 生栖(いぎす)春実は千年ウォークという男女お笑いコンビのボケ担当で、ツッコミのひらっちさんとコンビを組んでいる。

 そして彼女は、私の従姉妹(いとこ)でもある。


 彼らは年末の漫才賞レースで準優勝し、メディアの注目を集めるようになると、瞬く間にブレイクして全国区の人気者になった。


 ところが、この世界ではその栄光が無かったことになっている。当然、千年ウォークが東京に進出することも、テレビやラジオに引っ張りだこになることもなく、関西を拠点に地道に活動を続ける無名芸人のままだ。


 春実ちゃんの実家は私の家からほど近い。劇場のある大阪へは電車で二時間はかかる。わざわざ帰省して地元のイオンに出没するなんて、よっぽど暇な証拠だろう。


 いつか春実ちゃんに言ってやりたい。あなたは世界が違ったら超売れっ子になって、写真集まで出版するんだよ、と。


     ☆★☆★☆


 物朗きゅんが何か思い出したことがある、と学校に戻っていった。市島先輩に伝えなければならないことがあるとか。その内容を尋ねたが、物朗きゅんは教えてくれなかった。


 相変わらずの単独行動。物朗きゅんの一人で抱え込む性格は、この世界でも変わらないようだ。


 私は家にひとちゃんを誘ったが、荷物の受け取りがあって留守番しなければいけないとのことで、お流れに。

 思い返せば今日は、チーさんがまるで現れなかった。物朗きゅんと二人で何度も声をかけて起こそうとしたが、一向に反応を示さなかった。ひとちゃんによると、最近は昼間眠って夜に活動するようになっているらしい。


 なんとなく友達といたかったが、今日は諦めて一人で家に帰った。


 リビングに入ると、テープルの上に買い物袋が置かれていた。中身を確認せずとも、(あずさ)叔母さんが夕飯を届けてくれたのだと分かる。


 ソファに目をやると、中学の制服を着たままの妹のぴゅあが、同じ年頃の女の子と一緒にテレビに見入っていた。


「お姉ちゃんお帰り」

「お邪魔してます」


 三熊(みくま)ちゃんはぴゅあが小学校の頃からの友達で、家に来るのはいつもの光景だ。ショートカットの髪型と活発な雰囲気からスポーツ少女に見えるが、意外にも運動は苦手らしい。


「あ、ビビカプ!」


 テレビを食い入るように見ていたぴゅあが、突然声を上げた。画面には携帯電話会社のCMに出演する、今売り出し中の若手芸人が映っていた。

 ビビッドカプセルは結成五年目の男女お笑いコンビで、最近よくテレビに出ている。この春から深夜の冠番組もスタートした。

 前の世界では、この携帯キャリアのCMには千年ウォークが起用されていた。こちらでは千年ウォークの後輩にあたるビビカプが抜擢(ばってき)されているようだった。


 売れていない今の千年ウォークがテレビに出られないのは当然のことだ。そして彼らが占めるはずだった場所を、この世界ではビビカプが埋めているのだ。


 代替え——オルタナティブ——

 それが世界の(ことわり)であるのなら、なんとも残酷なことだと思う。


 おそらく春実ちゃんも、ひらっちさんも、自分たちが違う世界で売れっ子芸人になっていた過去があるなんて、夢にも思っていないはずだ。

 もし、それを知っていたとしても、それはそれで酷な話かもしれない。手の届かない成功の可能性を知って、今の状況とどう向き合えばいいのか。


 二つの世界の埋められない溝のこと思うと、気が滅入(めい)ってくる。冷蔵庫からシャインマスカットソーダのペットボトルを取った私は、沈んだ気持ちのまま自分の部屋へ引っ込んだ。


 部屋に戻ってからも、私は()()()のことばかり考えた。私の代替え、ひとちゃんの代替え、物朗きゅんの代替え、あの子の代替え……。


 ()()()がこの世界に存在していたことは、中学の卒業名簿が証明している。前の世界にも、今の世界にも、あの子はいた。どこかにいる。


 あの子らしくふらっと私たちの前に現れて、


「いや、めっちゃ大変やったよ。寿命が縮まってもうたわ。えー? みんなそんな簡単に転移できたん? はー。ずるいなあ。わたしだけアホみたいやんか」


 とか言って、当たり前のように三人の仲間になって、いつもの四人組を復活させて、そしてまた気がついたら物朗きゅんの隣に立って。


「いや、別にそんなつもりはないんよ。わたし、そんなタイプちゃうやん。からかわんといてよ」


 なんて言いながら、物朗きゅんの肩に触れるほど近くに寄り添って。けらけらと笑いながらも、やがて自分のテリトリーを主張するようになって。


 あの子がもし、この世界にいないのなら。私が物朗勢の一番手に昇格することもあり得るんだろうか。


 あの子の代替えとして——


 ああ、心底くだらない。

 私はシャインマスカットソーダのキャップを開け、憂鬱な気持ちを洗い流すように一気に喉へと流し込んだ。


(了)


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