第19話
——市島先輩の話は、最後の最後で台無しになった。それまでの真面目なトーンの話が、頭の外へ霧散してしまった。
だいたい私は——たぶんひとちゃんも物朗きゅんも——入部するなんて一言も言っていない。
「あの……水を差すみたいであれなんですけど、それって入部は強制ですか? 私、他の部に仮入部するつもりだったんですけど」
言った。言ってやった。
この学校、部活は強制ではないものの、新入生は必ずどこかに仮入部しなければならず、もちろんそのまま正式に入部しなくても大丈夫なのだけれど、体験入部という形ではどこかを選ばないといけない仕組みになっている。
ひとちゃんと物朗きゅんは、どこか適当なところに入ると話していたが、私は前からこの高校の料理部に興味を持っていた。中学の時は家庭科部があったが、私の目的には合わなかったので入らなかった。
私の両親は世界の食文化を研究していて、その影響から私も料理好きになったのだけれど、匣庭高校の料理部はなかなか本格的で、県の特産品を使った料理が賞を獲ったり、部員のレシピとコラボした惣菜パンがコンビニで発売されたこともある。
正式に入部するかは別として、仮入部の形ででも実際の部活を見てみたいと思っていた。
市島先輩を見ると……泣きそうな顔をしていた。
「あの、あくまで、仮入部しようかなって部があったってだけで」
「ど、どこ? どこの部に入るつもりだったの?」
「料理部です」
「じゃ、じゃあ、ここの使っていないスペースに調理場作る! シンクとガスコンロ置くよ! だから! オルタナティ部に入った方がいいと思うなー」
——結局は、押し切られる形で私たち三人は、オルタナティ部員メンバーに名前を連ねることとなった。
☆★☆★☆
八木先輩のバイトの時間が押しているとのことで、すぐに解散となった。旧校舎の入り口で先輩たちに頭を下げると、市島先輩が勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
ああ、部長と呼ばれたかったんだろうな、この人は。そのためだけに、自分で部を作ったのかもしれない。
ひとちゃんは委員長になった。ひとちゃんもそう呼ばれたら、気分が良くなるんだろうか、それとも嫌がるんだろうか。なんとなく、ひとちゃんはどんな呼ばれ方をしても気にも留めないように思う。
私と物朗きゅんもそれぞれ、何かの長になって呼び合うのはどうだろう。たとえば物朗きゅんが隊長で、私が……係長……?
なんの隊だ。なんの係だって話だけれど、なんとなく隊長はひとちゃんの方が似合っている気がする。ひとちゃんは一見、おとなしくて真面目で女の子らしい子だけれど、いざって時の胆力はひとちゃんが一番強そうだ。
一方で、物朗きゅんもまた長に相応しい感じがする。今は物朗勢二番手の私だけれど、三番手に陥落したこともあったからなあ。彼は彼で、○長が似合うだけの雰囲気がある。
そういうところに惹かれたんだろうな。あの子は。
私とひとちゃんで話し合って、物朗きゅんが自分で思い出すまではあの子の話をしないと決めている。そう決めてから、ひとちゃんと二人の時であっても、あの子の話題が出ることはない。
それでももちろん、今どうしているのかは考える。ここにいればよかったのにと思うこともある。ひとちゃんも同じで、あの子の家に行ってみたそうだ。
だけど、そこは空き地になっていて何もなかった。
こうやってあの子のことを考えているってことは、私もひとちゃんもあの子のことを覚えているってことは、どこかで転移者として生活しているのだろうと根拠なく思う。
もし、あの子が戻ってきたら、あの子は何番手になるのだろう。私は何番手になるのだろうか。
「なあ物朗くん」
「なんだ?」
「もし物朗くんが覚えていないだけで、君の幼馴染みが本当は十一人いたらどうする?」
「え? 二人って聞かされてたのに、本当は十一人!? 水増ししすぎだろ! 萩尾望都先生だって、そんなプロットならボツにするだろ! だいたい今二人じゃん。残りの九人どこに行ったんだよ」
「新チームを作って、プロ野球独立リーグに参入した」
「控え選手いないだろ! ローテーションどうなるんだよ。権藤権藤雨権藤……どころの騒ぎじゃねえぞ」
「実は全員ピッチャーもできるんだ」
「全員が二刀流なの!? すげえな、俺の幼馴染みたち!」
「監督は私。非選手専任監督」
「お前も選手で参加しろよ! 人足りねえんだから」
「ただねえ、全員お嬢さま育ちで体力がないんだ。ハシシより重い物持ったことなくて」
「箸な! 箸。あっという間に永久追放だろ」
「あ、ピッチャー交代。タイマ!」
「タイムだろ! なんだよタイマって。お前のチーム名はジャンキースかよ」
「対戦相手はマリファナーズで」
「どんな野球リーグだよ! 『ダイナマイトどんどん』かよ」
「なかなか勝てないんだよ。この前の試合も123-0で負けちゃって」
「高校野球の青森予選、東奥義塾-深浦戦の点差上回ってるじゃねえか! 記録ものだよ」
物朗きゅんの的確すぎるツッコミに、ひとちゃんが笑い転げる。
ああ、これだよ、これ。転移やら何やらで、しばらく忘れていた感覚。物朗くんが、物朗きゅんになる瞬間——
私はこの物朗きゅんが見られるなら、いくらでもボケていたい。




