第16話
小学四年生の時、くだらない理由のいじめがあった。名前がら行で始まる子とは遊ばないというものだった。
私の名前はるるなので、ターゲットになった。それまで普通に話していた子も、私のことを避けた。
もっとも、このいじめは本来私に向けられたものではなく、藤谷ららちゃん、松橋凛音ちゃんを排除するために女子の間で始まったものだと知っていた。
そもそも私は首謀者の子と、ほぼ喋ったこともなかった。私のことなど眼中になかっただろう。もし私がれれや、ろろだったとしても、やはり同じ結果になっていたに違いない。
私は自分の名前をそんなに好んではいないが、フルネームは好きだ。童子山といういかつい名字が、るるという甘めの名前を中和させている。もし将来結婚することがあっても、改姓したくないと思う。
ら行とはいえ三番目、完全に巻き込まれた形の私だったが、正直いじめに関してあまり気にしていなかった。心底くだらないと思っていたからだ。
せっかくだからと私は机の上にジュニア小説を積み上げ、読書キャラに転じることにした。当時の私は眼鏡を掛け始めたばかりで、都合のいいキャラ変だった。
本を読むようになったら成績も上がるのではないかと密かに思ったが、それはなかった。
そんな感じで見事教室内で孤立した私だったが、例外的に一人、そんな状況の私に積極的に話しかけてくるようになった子がいた。
それが瀬加一図、ひとちゃんだ。
ひとちゃんは当時、男女混合のグループにいて、そこから抜け出しては私の席にまでやって来て、「変なシールを見つけた」とか「面白い猫の描き方を発明した」とか、どうでもいいこと話して去っていくようになった。
繰り返し行われる一方的なひとちゃんの語りに、私もだんだんと期待して待つようになっていく。少しずつ頷いたり、関西人らしくツッコミを入れたりしていくうちに仲良くなった。
やがてひとちゃんと一緒に新田物朗、物朗きゅん…………………………物朗くんが…………………………やってしまった……。
……そう、私は物朗くんのことを、誰にも聞かれない心の中で物朗きゅんと呼んでいる。絶対に何があろうと本人にだけは知られたくない。
もし私の心を読める超能力者がいたら、どうかこのことは口外しないで欲しい。
物朗きゅんに対して、特段恋情を寄せているとか、そういうことではない。心の中でそう呼ぶようになったきっかけも、もう覚えてもいない他愛もないことだ。
だからどうか後生だから誰にも言わないでください。お願いします。
とにかく私たち三人は、もう長い付き合い離れることなくここまで来ている。ひとちゃんも物朗きゅんも二人とも家が近所だし、学校外でも仲良くしている。
転移者という特殊な立場になってしまったが、三人一緒ならばなんでも乗り越えられる気がする。
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「強制参加ではないからな? 決してパワハラではないからな? パワーでハラスメントはしていないからな?」
私とひとちゃんでがらくたをダンボール箱に箱詰めし、それを物朗きゅんが運んでいる中、市島姫姫先輩が言った。
放課後、八木先輩と日吉先輩も加わった先輩たちに呼び出された私たち三人は、生徒会室引っ越しの渦中にいた。
扉の横に積み上げられたダンボール箱を見ながら、この前物朗きゅんの家で遊んだ引っ越しのゲームみたいに、荷物をぽんぽん投げられたらいいのに、なんて考える。
だいたい、このがらくたの物量はなんだ。おおよそ生徒会の備品とは思えない、用途さえわからない物品の数々が出てくるわ出てくるわ。
「先輩、この荷物どこに運ぶんですか?」
重そうなダンボール箱を抱えたまま、物朗きゅんが言った。
「部室に運ぶんだよ」
『あんたが主役』と書かれたたすきを着け、安っぽい三つ編みのカツラを被った市島先輩が返した。
どちらもがらくたの中にあったものだが、先輩のツインテールと三つ編みが重なって、髪型がごちゃごちゃして見ているだけで鬱陶しい。
「部室? 新しい生徒会室に移動するんじゃないんですか?」
「新しい生徒会室?」
市島先輩と八木先輩が、ぽかんと顔を見合わせる。束の間の静寂の後、八木先輩が口を開いた。
「もしかして、わたしたちが生徒会のメンバーだと本気で思ってたの?」
いつも生徒会室にいる市島先輩たちを、私はてっきり生徒会役員か何かだと思っていた。時々生徒会長みたいな偉そうな物言いをしていたし。特に市島先輩。
「この学校には生徒会がないから、勝手にここを使わせてもらってたんだけど、怒られちゃってさ。とりあえず移動場所を確保できたから、そちらに引っ越すんだよ」
市島先輩が言う。
生徒会がない? どういう意味だろう。
「生徒会がないって、どういう意味ですか?」
私が思ったのと同じことを、物朗きゅんが尋ねてくれた。物朗きゅんのこういうところが好きだ。
いや、好きって言ってもそういう意味ではなくて。そういう深い意味ではなくて。今言おうと思っていたことを、物朗きゅんは高い頻度で先に言ってくれる。そこに相性の良さを感じているという、ただそれだけのことだ。




