第11話
眼鏡をやめることをやめた。
伊達眼鏡に関して俺の中で思うことはあったが、このままのスタイルで押し通すことにした。深い理由があったわけではなく、強いて言うならやめるタイミングを逃した。
俺なりの高校デビューだと割り切ることにした。
俺の陰キャ眼鏡野郎としてのアイデンティティは、こうして守られることとなった。少なくとももうしばらくは、そう名乗り続けようと思う。
「俺はでんちゃんの考え過ぎる性格、嫌いじゃないけど、女子は面倒臭がると思うんだよう」
休み時間、斜め後ろの席のぶんちゃんが言う。
でんちゃんとは俺のニックネームで、ぶんちゃんと仲の良いアッキーが名付け親で、一部の男子生徒からそう呼ばれるようになった。ニッタと呼ばれることに辟易していた俺としては、でんちゃんの方が幾分ましだと思い受け入れている。
ぶんちゃんとは最近になって喋るようになった。人気VTuberが書いた『ラブコメの主人公になる35の方法』という本が、ぶんちゃんの愛読書だ。
ラブコメの主人公を目指しているだけあって、ぶんちゃんの話には女子に関する話題が多いが、ぶんちゃんがクラスの女子と会話しているところを、まだ一度も目にしていない。
だが、それをツッコむのは野暮だろう。
ぶんちゃんは普段、わだっちのグループにいる。クラス内では地味目なグループで、他にアッキーとなごさんがいる。ぶんちゃん経由で、俺も彼らと話す機会が増えた。
四人のうち、わだっちとなごさんが眼鏡を掛けていて、俺も眼鏡族の一員として振る舞っている。当然、伊達眼鏡を掛けていることは黙っている。
わだっちの眼鏡は美容師が掛けていそうなおしゃれなもので、なごさんのも若者代表の文化人のようでかっこいい。一方、俺のは転移した時に手元にあったというだけの眼鏡で、デザインも古く感じ、正直彼らと並ぶことが恥ずかしく思う。
いっそ今風のフレームに変えようかとも考えたが、ただでさえ彼らの前でフェイクな眼鏡を掛けていることに負い目を感じているのに、ガワだけ変えるのはおかしいと思い、やめた。
「でんちゃんは理屈っぽいところがあるんだよう。女子はそういうの嫌うから、もっとノリとフィーリングで接するすべきなんだよう」
ぶんちゃんはそう言うが、自分はマニュアル本に頼ってるんだからどうかと思う。本のページをこれ見よがしにを開きながら、ひとやるるに話し掛けようとして失敗しているぶんちゃんを見たことがある。
俺の幼馴染みを実験台に使うのはやめてもらいたい。
——昼休み。俺と、ひとこと瀬加一図と、るること童子山るるは、机を動かし向かい合い、長辺で三角形を作る。中学でも同じクラスになった時は必ずこうしていた。そして三人で食事を摂るのが日課だ。
今朝、両親が仕事で早く家を出たので、俺は今日、弁当を持って来なかったが、購買部に行ってパンを買うこともしなかった。
ひととるるが手分けして、俺の弁当も作ってくれることになっていた。
ひとの家はシングルファザー、るるの家は両親が海外赴任中で、二人とも普段から毎日自分で弁当を作って学校に持って来ている。うちも両親が忙しく、パンが昼食になることもあるのだが、あらかじめ親の予定がわかっている時は、二人が気を利かせて俺の分の弁当を用意してくれるのだ。
持つべきものは優しい幼馴染みたち——割と本気でそう思っている。
二人が手分けして、俺の机の上に弁当箱を並べてくれた。
一つはご飯の入った大きめの箱。あとは、ひととるるがそれぞれ作ってくれた、おかずの入った小さめの箱二つ。
ひとの箱にはチーズインハンバーグとケチャップ味のマカロニ、ポテトサラダ、それとプチトマト。るるの箱には豚肉のしょうが焼き、いんげんのごま和え、コールスローサラダ、あとオレンジが入っていた。
どれも美味いことは言うまでもないが、自分の弁当のついでにしても、俺の好きなものを詰め込んでくれたことには感謝しかない。
女子が面倒臭がる性格だろうと、ノリが悪かろうと、これ以上のことを望めばバチが当たるんじゃないか。ダサい伊達眼鏡のままでもいいじゃないか。
そういや——るるが眼鏡をかけていた時期があったことを思い出す。中学時代のるるは、髪型も今のようなボブカットではなく、長髪の三つ編みで眼鏡をかけていた。
「中三の三学期の時、高校生になったらイメチェンしたいと思って、物朗くんに相談したんだ」
そうだっけ。記憶にない。
「髪も少し短くしたらどうだろうと、物朗くんが言ったんだよ。それで入学式の前に髪を切った。ひとちゃんは褒めてくれたけど、物朗くんには学校で無視された」
いや、記憶喪失みたいなもんだったからな。俺。ひとのことだけ先に思い出したのに、自分のことだけ忘れられてるのは辛かっただろうな。睨みつけてた気持ちも今になるとわかる。
「眼鏡をやめたら、コンタクトレンズにまだ慣れていないせいか目つきが悪くなったって妹に言われて。ちょっと気にしてるんだ。でも鬼はないよ、物朗くん」
俺がるるのことをわからず鬼女子呼ばわりしていたことを、るるはその後も何度も言ってくる。その度に俺は全面的に謝罪するようにしている。
「あたしのこともイルカ女子とか言ってたでしょ。ものはデリカシーがないところがあるから、もっと気遣いを持って接しないと女子に嫌われるよ」
ひとが、ぶんちゃんみたいなことを言い出したので、昨日見た動画の話に話題を変えた。




