第1話
おしなべて目立つことのない、地味な陰キャ眼鏡野郎——
特段特筆に値しない、ごく平均的で普通のパーソナリティを持ち合わせた男——
それが俺、新田物朗の自己評価だ。よくニッタと読み間違えられる、新田家の第二子、長男でもある。
共働きの両親と、年の離れた姉が一人。家族仲はまあ普通。
趣味は深夜ラジオの聴取、メールの投稿。特に『千年ウォークの闇のお茶会』という番組によくメールを送っていたが、この世界では放送されていない。
面白い事が好きだが、面白い人間だとは思わない。
……と、俺の自己紹介など、誰も興味はないだろう。
だからとりあえず、俺の身に起きた出来事をかいつまんで説明する。
中学卒業の日の帰り道、俺は一人で、いや独りで闊歩していた。
いや独歩していた。
とにかく、俺は独りっきりで歩いていた。
クラスメートと照れ臭そうに笑い合うこともなく、気の合う仲間と肩を叩き合うこともなく、自分の制服の第二ボタンの争奪戦を見守ることもなく、ノーイベントのまま俺の中学生活は完全終了した。
陰キャ人生十五年、実に気楽なものである。我がことながら、いっそ、すがすがしささえ覚える。
思い返すまでもなくこれが俺の中学校での日常で、卒業式だからといって何も特別なことは起こらない。
俺はこのような人生が、ずっと続くものだと思っていたし、今日も家に帰れば親が何かご馳走を用意してくれているかもしれないが、それを食べ、部屋でラジオを聴き、以上で今日という一日が終わる。
そのように思っていた。
だが、俺の運命は一遍に一変した——
いつもより風が強かった。奇妙な音が鳴り響いていることにも、気づいていた。金属音のような、何か機械的な甲高い音——違和感の中、学校からの帰り道を歩いていた。
けれども俺には、異変を確かめ合うような友もおらず、なんたって独歩を続けていたわけだから、多少の薄気味悪さを感じつつも、なんらかの事情があるのだろうと歩みを止めることはなかった。
世界の事情など、俺にわかるわけがない。
そのように思っていた。
まさか世界が終わるわけでもあるまいに、と——
しかしそれは間違いだった。大間違いだった。
それから僅か一分も経たないうち、世界は終わった。
俺が思い出せるのは——目に映るものすべてがゆっくりと歪み始めたこと。近くにあった家の壁が不自然に曲がりながら、時間をかけて崩れていく様子。建物、道路、空までが柔らかく歪曲し、色彩が徐々に淡くなっていったこと。
空は深く暗い色のグラデーションに支配され、周囲の音は次第に遠ざかった。
そして。
世界は唐突に爆ぜた——
——それが俺の覚えているすべてで、そして、忘れていたすべてでもある。
☆★☆★☆
高校生になった俺は、中学時代と変わらぬ地味な学校生活をスタートさせた。
ほんの数日前まで俺は、自分が異世界への転移者だということに気づいていなかった。世界の終焉のことなどすっかり忘れ、当たり前のようにこの世界の高校生としての日々を過ごしていた。
だが、じんわりと脳内に滲み出すように、あの瞬間の記憶が蘇ってきた。
あの世界は確かに終わりを迎えた。ならば、この世界は一体何なのだろうか。
俺は今、匣庭高校への通学路を歩いている。
見覚えのない家、知らない店の看板——だがそれは、元々俺が馴染みのなかった道を歩いているのだから、当然だといえる。
あの世界が終わった時点で、俺はまだ中学生だった——正確には、中学生を終えたところだったのだ。
俺は元々、この高校に通う予定だったのだろうか。志望校だったのだろうか。どうも、その辺りの記憶がはっきりしない。
とにかく、気がつけば俺は高校生になり、入学式やクラス分けを経て、学校に通い続けた。当たり前のように、流されるように、特に何も疑問に思うこともなく。
しかし、思い出してしまったものは仕方がない。俺は慎重に、この世界での転移者としての生活を全うしようと決意した。
真っ当な高校生として、目立たぬように生きよう。
だって転移したからといって、この世界はぱっと見ほとんど何も前と変わっていないのだから。
ならば俺だって、自分を変えることのないよう地味にやり過ごすしかない。