3.天狗の守り鈴
ピピピピピピピピッ……
俺は目覚ましの音で目を覚ました。冬のまだ暗い朝。仕事は、もう休みに入ったんだったな。なんだかとても、懐かしい夢をみていた気がする。そして何故か、山菜が食べたくなった。冷凍庫をあさると、またまた何故か冷凍の山菜が出てきた。「産地爆走!!取り寄せ品!!〜福山係長おすすめの一品〜」
……こんなコラボもやってたのかよ。
自分は一切観ていないドラマの主人公のコラボ食材が出てきた。これも、このドラマにハマっていた優理が頼んでいたものだろう。優理には未来予知ができたのだろうか。それ程までに、いなくなったあとも俺は優理に支えられていた。同様に発見した冷凍うどんをレンチンして山菜うどんを作る。
朝からしっかりと腹を満たした俺はスマホの通知をチェックした。優理について何か手がかりはないかと、数日前に投稿していたのだ。もちろん、期待などしていなかった。事故のニュースは知っていても、優理を知っていそうな人物からの情報はなかった。真偽不明のコメントだけが溢れた。今日は投稿から4日目だ。
……!!
1件、気になるコメントが入っていた。
「危ないよ。こんなに急激に引き寄せられるなんて。」そう、声をかけられました。多分、あなたの会った「ゆうり」さんと同一人物ではないかと思います。
思わず目を見開く。コメントの送り主にその後の優理のことを聞いてみた。思いのほか、早く返事がきた。
「ゆうりさんと会ったのは私が思い詰めていた時期です。こちらが呆れるくらい毎日話を聞きに来てくれました。そしたら死ぬのがバカらしく思えて。そんな私に『もう大丈夫だね』と言って。残念ながら、その後のことはわかりません。」
送り主には丁寧にお礼のコメントを返した。
優理と会ったことがあるという話が聞けただけ収穫だ。それにしても、「引き寄せられている」とは。俺が最初に会ったときも言っていたセリフだ。
一瞬、クリスマスツリーの横で棺を抱える死神の姿を思い出した。ざわざわと鳥肌が立つ。
引き寄せられている、とは、「死」が近づいているぞ、ってことなのか?
考えすぎだと頭を振る。そして、今日は大晦日だったことを思い出す。大晦日は早く店が閉まるし、元日となれば休業の店も多い。実家に帰らないと決めた以上、食料品をそろえねば。俺はいそいそと買い物に出かけた。
大晦日といっても、特段変わったことはしなかった。夕飯に蕎麦を食べて、お酒を飲みながら特番を見た。
優理が消えてからもう1週間になるのか。コタツにあたってテレビを観るうち、うとうと眠ってしまったようだった。
誰かの、「七日経ってしまう。時間がないよ。」と言う声を聞いた気がして目を覚ます。
……どこだ?ここ?
気がつけば灰色の空間に立っていた。目の前にはぽっかり空いた真っ黒な穴。穴の周りには何人か人が立っていて、俺と同じようにボーっと立っていたり、手に持った楽器を鳴らしたりと様々だ。
どういう夢なんだろうな……
ぼんやりと見渡すと見覚えのある少女がいることに気がつく。
あれは、事故のときの女の子だ!
急に汗が吹き出す。何だここ。何を叫んでいるんだ?少女はずっと何かを叫んでいた。
「お兄ぃーちゃん!お兄ちゃん!起きて!!起きて!!」
そう叫びながら手に持ったハンドベルを鳴らしている。別の場所でも戸惑ったように、30代くらいの女性がトライアングルを鳴らしていた。
待て待て待て。まさか、この穴の底に優理が居るっていうのか!?思わず穴に向かって叫ぶ。
「優理!優理!!」
反響すらしない。声は穴に吸い込まれていった。少女が気がついて駆け寄ってきた。
「オジサン!ダメダメ!何も無いの?鳴らすの!声は届かないの!」
俺はオジサンじゃない!!と言おうとしたところで、右手の重みに気がつく。いつの間にか右手には鈴が沢山ついた楽器のような物が握られていた。
これは……
!!天狗の守り鈴……!!
おばあちゃんの家から自宅に戻ったとき、リュックの中から消えていて、てっきり無くしたものだと思っていた。が、これはずっと俺の元にあったらしい。
「早く!!」
少女に急かされ、鈴を鳴らす。シャランシャランと清らかな鈴の音が辺り一面に響き渡った。
頼む!月助!!優理を助けてくれ!!
ごおっと風の音が鳴る。つむじ風が巻き起こり、それは穴の中へ渦巻いて行った。穴の中から黒い霧のような物が巻き上がる。
もうもうと黒い霧が巻き上がる中、一筋。光るものが流れ星のように飛び出して行った。黒い霧を払いながら、力強くどこかへ飛んで行った。
やった!!多分あれは優理だ!
直感がそう告げた。少女と顔を見合わせ喜ぶ。
いつの間に近くに来たのだろう。小学生くらいの男の子が、どうして?と話しかけてきた。
「その鈴は大事なものだったんでしょ?自分のために使わなくて良かったの?」
何故か泣きそうな少年に、俺は言った。
「この鈴は自分の為に使ったら、俺はきっと1人前になれなかった。きっと今日使うためにあったんだ。」
俺は笑って言ったが、少年は納得していなさそうだった。何か言おうとした少年の顔が、怖いものを見るものに変わる。不思議に思うと、少女も同じように怯えていた。何事かと振り返る。
ジャマ ヲ シタノハ オマエ カ
掠れた声が聞こえた。黒い霧が目前に迫っていたのだった。俺はそれに飲まれた。掴めないくせに喉を締めてくる。下では少年が何か叫びながら、光る羽のような物を振りかざしていた。
「それは使うな!!それこそお前の為のものだ!!俺にかまうな!!」
俺は必死でそう叫んだ。これも直感だった。今アレを使ったらいけない気がした。
かまうな!とカッコつけたものの、どうしていいかはわからない。首に巻きついた霧は身体を空中に吊り上げ、ギリギリ締め付けてくる。鈴は落としてしまった。霧を払おうともがく中、今度はおばあちゃんの声が聞こえた。
「健美、お山のお守りの印を忘れたのかい」
走馬灯?昔、そんなことも言われた気がする。印といっても何でもよくて、集中することと呼吸を整えること、祈ることが大事だと教わっていた。子どもの頃したように忍者のポーズをとる。もはや呼吸はままならないが、必死で祈りの言葉を思い浮かべた。
ぽぅっ。
身体光りだした!これがお山のお守りか!!
そう思ったが状況は改善しない。黒い霧は晴れず、今もきつく首を絞めている。
いや、もう、無理だわ。
本気でそう思った。
そのとき、再びつむじ風が巻き起こる。黒い霧を吹き飛ばしていく。
「健美!!」
聞き慣れない男の声だ。声の主に掴まれ今は地上に降りていた。
「健美!厄介なものに関わったな。無事か?」
咳き込みながら顔を上げる。カラスの頭に山伏の姿。
「カー君?」
「いや、月助だよ。」
そうだった。大人になった月助はカラスだった。ダメだ。先ほどまで首を絞められていた影響か頭が回らない。
「大丈夫か?」
月助は俺の肩を支えた。
「大人になるとカラスの顔になるんだな」
俺はやっと呼吸が整ったところで聞いた。
「ああ」
月助はポンと自分の顔に触れた。今度は人間の顔になった。びっくりするほどのイケメンだった。おいおい、世の中理不尽かよ。まじまじと顔を見つめる俺を、月助も観察しているようだった。
「健美、お前子どもの頃あんなに可愛かったのに、オッサンになったな。」
「みんなオッサンオッサンって!!俺まだ24歳なんだけど!ってか、子どもの頃の顔とか覚えてるの?」
「人間と違って記憶は魂に刻むからな。今も鮮明に覚えてるよ。」月助はにっと笑った。だが、すぐに真面目な顔に戻った。
「妙なモノに因縁をつけられたな。さっき落としたろ?持っておけ。助けられなくなる。」そういうと月助は守り鈴を手渡した。
「さっきは本当に危なかったな。お前が謎に光ってなければ、黒い霧のどこにいるのかわからなかったぞ。」
……あぁ。近くにいるはずなのに、すぐに来られなかったのはそういうことだったのか。そう思いながら、おばあちゃんのお山の守りの話をした。
「まさか、身体が光るもんだとは思わなかったよ。」俺がそう言うと、
「いや、お山の守りは何らかのカタチで人を助けるものだ。今回は光らせるが最善だったってことだろう。」月助は答えた。
「そういえば、さっきの黒いの。月助が俺を助けたから、月助にも因縁つけてくるんじゃないのか?」
俺は急に心配になった。
いや、再び月助は否定する。
「アレと俺とは住む次元というか、世界が違う。普段は交わることが無いものだ。今回は健美、お前を介して干渉しただけだ。だから、お前が鈴を持っていれば、俺がいつでも助けに行くから問題ない。」
「そうか。」
月助には影響が無いと知って安堵する。
「でも助けてもらったばかりじゃ悪いな。俺も月助にお礼がしたいよ。今日だって、さんざん助けてもらった。ありがとう。」
お礼も何もできないうちに消えてしまった優理を思い浮かべた。
月助はニッコリ笑った。
「健美。お前、小学校卒業してからは全然お山に来なかったもんな。気にしなくてもいいが、今度旨い酒でも持ってきてくれ。」
俺はずいぶんお山に行ってないことを、とても申し訳なく思った。だから約束した。
「絶対いくよ。春になったら。絶対に。」
俺と月助は固く握手した。
「さぁ、元の場所に戻ろう。」
月助が鈴をシャラシャラと鳴らした。辺りが白く光っていく。
ハッと目を覚ました。俺はコタツで眠っていたようだ。いつの間にか0時を過ぎ、年が明けていた。凄まじい初夢だった。そう思いながら、歯ブラシを取りに洗面台に向かう。鏡を見る。
くっきりと、首に赤い筋が残っている。
ざわり、と身の毛が立った。それと同時にシャランと鈴の音が聞こえた。手元には無いが、確かに守り鈴が共にあることを感じる。
今度絶対に酒を持って行くからな、俺は胸に誓った。