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ちょうちょ

作者: chihya
掲載日:2010/04/04

 「ふっわふわちょうちょ、おっそらにひらひらー」

 わたしはじてん車にのっていました。

 大好きなうたも、うたっていました。おうたのばんぐみでやっていたうたです。おにわの中をくるくる、くるくると、ちょうちょさんみたいに走りまわるのは、とっても気もちがいいです。

 だってちょうちょさんが好きなんだもん。あ、あと広いおにわも、いっぱいあそべて大好き。

 「まあ日向ちゃん、元気がいいのね」

 となりのおばさんが、へいからお顔を出して言いました。わたしが知っている、おかあさんのつぎにやさしい女のひとです。

 「はーい、げんきですっ」

 「日向ちゃんがよくなって、おばさんも嬉しいわ」

 おばさんはにこにこと、笑って言いました。

 だって、わたしがおけがをした時に、きゅうきゅう車をよんでくれたのも、となりのおばさんだったんですもの。

 あ。っていうふうにしてると、おかねもちのおじょうさまみたいだなって、おとうさんが、言っていたっけ。

 かなしそうに、あのおへやで。 

 

 「いたっ」

 じてん車にのれるようになって、わたしはとってもとても、今日よりもっと、うきうきしていました。ちょうちょのうたも、その日のあさにやっとおぼえられました。

 そのせいなのかな。

 すこしだけ早く、はしりすぎたんです。

 そうしたら、車りんがころころ、ころころ、ひとりでに回って、道のよこのふたに、はまってしまったんです。きゅうにじてん車がぐらぐらっと、わたしを引っぱりました。おしりが、いすからすべって、体もおちてしまいます。

 なんと、わたしは、かたい、かたい地めんに、おひざをぶつけてしまったんです。

 「いたいよっ」

 わたしは、とてもなきました。とても、とてもいたくって、こわかったです。

 立とうとしても、立てなくて、わたしはもっとなきました。ちょうちょさんのうたを、うたおうとおもったけど、でも、だめでした。

 ずうっとそこで、むちゅうでないていたら、きゅうきゅう車が大きな音をたてて、来てくれました。

 おかあさんと、なかのいいとなりのおばさんふたりが、びょういんまでつきそってくれたのです。わたしは、ちょっとなきやみました。

 

 「いたっ」

 右のおひざをおってしまったわたしは、一日中しんだいの上で、よこになっていました。がっこうに行くより、たのしそうだとおもったけど、びょういんのばんごはんを食べるときにはもう、すごくたいくつだな、とおもいました。

 それよりもっと、もっといやだったのは、おれちゃったおひざのちりょう、でした。

 まい日、ごごになったらおきて、かんごふさんにささえてもらって、おいしゃさんのところに行くのです。

 おかあさんはまい日きてくれてけど、その時間は、いつもひとりでした。

 せっこつっていうんだって。

 おいしゃさんはわたしのひざをつかんで、ぐいっとおして、そしてほうたいをまいて、きぐをはめるのです。

 ふたりのかんごふさんが、いつもわたしのりょううでをしっかりつかんでいました。わたしがぱたぱたあばれたら、おいしゃさんがうまくできないからです。

 「でも、いたいよっ」

 わたしはおそらと、うたのおねえさんと、そしてちょうちょさんをおもいだしました。でも、やっぱりわたしはないていました。だから、おうたはうたえなくて、なみだがいっぱいでました。ないていたから、おうたはうたえないんでした。

 あとでかがみを見ると、かわいたなみだがぱりぱり、ぱりぱりと、ほっぺにいっぱいはりついているのでした。わたしの目は、まっかっか。


 「いたっ」 

 おかあさんがいつもくる時間に、となりのおばさんも何回かきてくれて、わたしはなきやみました。ほかのかんじゃさんのめいわくにもなってしまうので、いつもみたいに大きいこえはだせないけど、わたしはこしょこしょ、こしょこしょと、小さなこえで、ちょうちょさんのうたをうたいました。

 わたしは、うまくうたえなくても、ちょうちょさんのうたがやっぱり好きでした。ないていてうまくうたえなくても、やっぱり好きなままでした。

 おかあさんと、となりのおばさんは、わたしがうたっているときはいつも、にこにこしてくれていました。わたしはおかあさんと、となりのおばさんがやっぱり好きだったので、いっしょうけんめい、ちょうちょさんのうたをうたいました。

 わたしはなかないように、なかないようにと、いっしょうけんめいがんばりました。

 「いたいよっ」

 うたいおわると、おかあさんととなりのおばさんは、ぱちぱちとはく手をしてくれました。でも、おかあさんととなりのおばさんは、ちょっとかなしそうでした。わたしとおなじで、どこかがいたかったのかな。

 おかあさんがお手あらいにいったとき、となりのおばさんはそっとわたしの頭に手をふれました。そして、いいました。

 「よくがんばったね、日向ちゃん」

 わたしは、うれしかったけど、でもこういいました。

 「おばさん、わたし、なかなかったよ。ちゃんと、うたえたの」

 となりのおばさんは、手をわたしの頭からはなして、こんどはわたしの手をつかみました。おばさんの目は、わたしをじっと見ていました。

 「日向ちゃんは、とってもえらい子よ。だけど」

 そして、となりのおばさんは、ないしょばなしをするように、わたしの耳に口をちかづけました。わたしは、なにを言われるんだろうと、そわそわしました。

 「もっと、泣いたってかまわないのよ」

 ちょうちょさんみたいに小さなこえで、となりのおばさんはそういったのです。わたしは、ふわふわと気が抜けるのがわかりました。

 おばさんのほうにぱっとむいて、とてもはずかしかったのに、おもわずわたしはいいました。

 「ほんと?」

 わたしののどはひっくりかえっていました。

 「うん、そう」

 「ないても、いいの?」

 わたしがかおをおばさんにちかづけると、

 「そんなときだってあるものよ、日向ちゃん」

 となりのおばさんは、こんどはたのしそうに言いました。

 わたしはむねがどきどきして、あつくなりました。おふとんをはねて、いいました。

 「じゃあ、おばさんも」

 わたしがいいおわらないうちに、おかあさんがもどってきました。

 けっきょく、おかあさんととなりのおばさんは、じゃあね、といってかえってしまったので、わたしはさいごまできけませんでした。


 そのつぎにちりょうをしたときも、やっぱりすごくいたかったです。おひざのところがずきずき、ずきずきと、わたしのしんぞうみたいに、音をたてていました。

 目のおくがきーんとするくらい、からだがふるえました。

 だけど、わたしはいっぱいなきました。

 おもいっきりなくと、からだがかってにうごきます。おさるさんみたいに、手と足をぐるぐる、ぐるぐると回して、くびもいたいくらいにふりました。

 なみだがもっともっといっぱいでて、けいこうとうのあかりが、目のなかでにじみました。おそらみたいにひかりました。

 でも、あたまのなかでわたしは、自てんしゃにのって、ちょうちょさんといっしょに、ひろいおそらを、ぐんぐんとびました。まあるいおそらで、どうぶつみたいにぎゃあっとないて、ぺだるをちからいっぱいこぎます。車りんもはねも、どこまでもいけそうなくらい、つよく、つよくかがやいていました。

 ぽろぽろおちる、なみだのつぶのなかに、わたしはそれをみることができました。いつまでもみていたいとおもうくらい、大好きなけしきでした。おうたのばんぐみで、やらないかな。

 「いたいよっ」

 わたしがさけんで、あばれたので、かんごふさんはこまったかおをしていました。ごめんなさい。


 たいいんしてから、わたしはずうっと、あたまの中でないたり、それからおそとでうたったりしています。

 ちょうちょさんは、ひらひら、ふわふわ、かぜのふくほうへ、とびまわります。わたしはおそとでちょうちょさんをみつけると、いつもついていきます。

 だって、じゆうにとびまわってるちょうちょさんが、大好きなんだもん。

 ときどき、まだ自てんしゃをたおしちゃうこともあるけど、それでも、ほんとうにわたしは大好きです。

 「もう怪我なんてしないようにね」

 「はーい」

 わたしはおへんじをしました。となりのおばさんは、目をつむって、またいいました。

 「日向ちゃんが元気ないと、私も悲しいのよ」

 わたしは、おばさんのことばにおどろきました。

 「ほんとう?」

 「ええ、本当。本当に、あのときは、少し泣けちゃったの。おばさんも」

 おばさんはいたずらっぽくいいました。そして、ことばにせずに、わたしに目でかたりかけるのでした。

 わたしは、もっともっとげんきになって、からだがあっつくなるのがわかりました。あのけしきが、ふわふわとおそらにうかんで、わたしがくるのを、まっているみたいでした。

 「ごめんなさい、おばさん」

 そうしてわたしは、たしかにいったのです。

 「でも、ありがとう、おばさん」

 それから、もうたまらなくなって、わたしはうたいだしました。

 あの、ちょうちょさんのおうた。

 はねみたいにかるくて、おそらみたいにおっきくて、ときどきぱったりとまって、またなんどでもとんでいく。そんなちょうちょさんの、自由なうたを、わたしはいま、ちからいっぱいうたっています。これからもずっと、うたえたらいいな。

 「おっかぜにのって、きょうはどこいくの――」

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