ちょうちょ
「ふっわふわちょうちょ、おっそらにひらひらー」
わたしはじてん車にのっていました。
大好きなうたも、うたっていました。おうたのばんぐみでやっていたうたです。おにわの中をくるくる、くるくると、ちょうちょさんみたいに走りまわるのは、とっても気もちがいいです。
だってちょうちょさんが好きなんだもん。あ、あと広いおにわも、いっぱいあそべて大好き。
「まあ日向ちゃん、元気がいいのね」
となりのおばさんが、へいからお顔を出して言いました。わたしが知っている、おかあさんのつぎにやさしい女のひとです。
「はーい、げんきですっ」
「日向ちゃんがよくなって、おばさんも嬉しいわ」
おばさんはにこにこと、笑って言いました。
だって、わたしがおけがをした時に、きゅうきゅう車をよんでくれたのも、となりのおばさんだったんですもの。
あ。っていうふうにしてると、おかねもちのおじょうさまみたいだなって、おとうさんが、言っていたっけ。
かなしそうに、あのおへやで。
「いたっ」
じてん車にのれるようになって、わたしはとってもとても、今日よりもっと、うきうきしていました。ちょうちょのうたも、その日のあさにやっとおぼえられました。
そのせいなのかな。
すこしだけ早く、はしりすぎたんです。
そうしたら、車りんがころころ、ころころ、ひとりでに回って、道のよこのふたに、はまってしまったんです。きゅうにじてん車がぐらぐらっと、わたしを引っぱりました。おしりが、いすからすべって、体もおちてしまいます。
なんと、わたしは、かたい、かたい地めんに、おひざをぶつけてしまったんです。
「いたいよっ」
わたしは、とてもなきました。とても、とてもいたくって、こわかったです。
立とうとしても、立てなくて、わたしはもっとなきました。ちょうちょさんのうたを、うたおうとおもったけど、でも、だめでした。
ずうっとそこで、むちゅうでないていたら、きゅうきゅう車が大きな音をたてて、来てくれました。
おかあさんと、なかのいいとなりのおばさんふたりが、びょういんまでつきそってくれたのです。わたしは、ちょっとなきやみました。
「いたっ」
右のおひざをおってしまったわたしは、一日中しんだいの上で、よこになっていました。がっこうに行くより、たのしそうだとおもったけど、びょういんのばんごはんを食べるときにはもう、すごくたいくつだな、とおもいました。
それよりもっと、もっといやだったのは、おれちゃったおひざのちりょう、でした。
まい日、ごごになったらおきて、かんごふさんにささえてもらって、おいしゃさんのところに行くのです。
おかあさんはまい日きてくれてけど、その時間は、いつもひとりでした。
せっこつっていうんだって。
おいしゃさんはわたしのひざをつかんで、ぐいっとおして、そしてほうたいをまいて、きぐをはめるのです。
ふたりのかんごふさんが、いつもわたしのりょううでをしっかりつかんでいました。わたしがぱたぱたあばれたら、おいしゃさんがうまくできないからです。
「でも、いたいよっ」
わたしはおそらと、うたのおねえさんと、そしてちょうちょさんをおもいだしました。でも、やっぱりわたしはないていました。だから、おうたはうたえなくて、なみだがいっぱいでました。ないていたから、おうたはうたえないんでした。
あとでかがみを見ると、かわいたなみだがぱりぱり、ぱりぱりと、ほっぺにいっぱいはりついているのでした。わたしの目は、まっかっか。
「いたっ」
おかあさんがいつもくる時間に、となりのおばさんも何回かきてくれて、わたしはなきやみました。ほかのかんじゃさんのめいわくにもなってしまうので、いつもみたいに大きいこえはだせないけど、わたしはこしょこしょ、こしょこしょと、小さなこえで、ちょうちょさんのうたをうたいました。
わたしは、うまくうたえなくても、ちょうちょさんのうたがやっぱり好きでした。ないていてうまくうたえなくても、やっぱり好きなままでした。
おかあさんと、となりのおばさんは、わたしがうたっているときはいつも、にこにこしてくれていました。わたしはおかあさんと、となりのおばさんがやっぱり好きだったので、いっしょうけんめい、ちょうちょさんのうたをうたいました。
わたしはなかないように、なかないようにと、いっしょうけんめいがんばりました。
「いたいよっ」
うたいおわると、おかあさんととなりのおばさんは、ぱちぱちとはく手をしてくれました。でも、おかあさんととなりのおばさんは、ちょっとかなしそうでした。わたしとおなじで、どこかがいたかったのかな。
おかあさんがお手あらいにいったとき、となりのおばさんはそっとわたしの頭に手をふれました。そして、いいました。
「よくがんばったね、日向ちゃん」
わたしは、うれしかったけど、でもこういいました。
「おばさん、わたし、なかなかったよ。ちゃんと、うたえたの」
となりのおばさんは、手をわたしの頭からはなして、こんどはわたしの手をつかみました。おばさんの目は、わたしをじっと見ていました。
「日向ちゃんは、とってもえらい子よ。だけど」
そして、となりのおばさんは、ないしょばなしをするように、わたしの耳に口をちかづけました。わたしは、なにを言われるんだろうと、そわそわしました。
「もっと、泣いたってかまわないのよ」
ちょうちょさんみたいに小さなこえで、となりのおばさんはそういったのです。わたしは、ふわふわと気が抜けるのがわかりました。
おばさんのほうにぱっとむいて、とてもはずかしかったのに、おもわずわたしはいいました。
「ほんと?」
わたしののどはひっくりかえっていました。
「うん、そう」
「ないても、いいの?」
わたしがかおをおばさんにちかづけると、
「そんなときだってあるものよ、日向ちゃん」
となりのおばさんは、こんどはたのしそうに言いました。
わたしはむねがどきどきして、あつくなりました。おふとんをはねて、いいました。
「じゃあ、おばさんも」
わたしがいいおわらないうちに、おかあさんがもどってきました。
けっきょく、おかあさんととなりのおばさんは、じゃあね、といってかえってしまったので、わたしはさいごまできけませんでした。
そのつぎにちりょうをしたときも、やっぱりすごくいたかったです。おひざのところがずきずき、ずきずきと、わたしのしんぞうみたいに、音をたてていました。
目のおくがきーんとするくらい、からだがふるえました。
だけど、わたしはいっぱいなきました。
おもいっきりなくと、からだがかってにうごきます。おさるさんみたいに、手と足をぐるぐる、ぐるぐると回して、くびもいたいくらいにふりました。
なみだがもっともっといっぱいでて、けいこうとうのあかりが、目のなかでにじみました。おそらみたいにひかりました。
でも、あたまのなかでわたしは、自てんしゃにのって、ちょうちょさんといっしょに、ひろいおそらを、ぐんぐんとびました。まあるいおそらで、どうぶつみたいにぎゃあっとないて、ぺだるをちからいっぱいこぎます。車りんもはねも、どこまでもいけそうなくらい、つよく、つよくかがやいていました。
ぽろぽろおちる、なみだのつぶのなかに、わたしはそれをみることができました。いつまでもみていたいとおもうくらい、大好きなけしきでした。おうたのばんぐみで、やらないかな。
「いたいよっ」
わたしがさけんで、あばれたので、かんごふさんはこまったかおをしていました。ごめんなさい。
たいいんしてから、わたしはずうっと、あたまの中でないたり、それからおそとでうたったりしています。
ちょうちょさんは、ひらひら、ふわふわ、かぜのふくほうへ、とびまわります。わたしはおそとでちょうちょさんをみつけると、いつもついていきます。
だって、じゆうにとびまわってるちょうちょさんが、大好きなんだもん。
ときどき、まだ自てんしゃをたおしちゃうこともあるけど、それでも、ほんとうにわたしは大好きです。
「もう怪我なんてしないようにね」
「はーい」
わたしはおへんじをしました。となりのおばさんは、目をつむって、またいいました。
「日向ちゃんが元気ないと、私も悲しいのよ」
わたしは、おばさんのことばにおどろきました。
「ほんとう?」
「ええ、本当。本当に、あのときは、少し泣けちゃったの。おばさんも」
おばさんはいたずらっぽくいいました。そして、ことばにせずに、わたしに目でかたりかけるのでした。
わたしは、もっともっとげんきになって、からだがあっつくなるのがわかりました。あのけしきが、ふわふわとおそらにうかんで、わたしがくるのを、まっているみたいでした。
「ごめんなさい、おばさん」
そうしてわたしは、たしかにいったのです。
「でも、ありがとう、おばさん」
それから、もうたまらなくなって、わたしはうたいだしました。
あの、ちょうちょさんのおうた。
はねみたいにかるくて、おそらみたいにおっきくて、ときどきぱったりとまって、またなんどでもとんでいく。そんなちょうちょさんの、自由なうたを、わたしはいま、ちからいっぱいうたっています。これからもずっと、うたえたらいいな。
「おっかぜにのって、きょうはどこいくの――」




