リディアなりの伝え方
「ねぇ、アリス」
「……?」
リディアがおもむろに掠れた弱々しい声で呟く。
私が視線を向けると立ち上がろうとするリディアが視界に飛び込んできた。
「彼らに感謝を伝えたいの。 一緒に来てくれる?」
「……うん、分かったよ」
彼女の目の奥にある決意のようなものを感じ取った私は、リディアを支えながら一緒に外へと向かう。
まだ体が完全に回復していないはずなのに、リディアは真っ直ぐに歩いて行き、外で集まっているリザードマン達の方へと進んでいった。
足取りは弱々しくもその背中には、確固たる意思が宿っていた。
「「「……?」」」
リザードマンたちは私たちを見つめ、一瞬戸惑った表情を浮かべた。
リディアは静かにリザードマンたちの前に立つと、私のほうを振り返り、少し微笑んでから「ここからは私に任せて」と小さく囁いた。
そして、彼女は身体をゆっくりと動かし始めた。
最初は意味が分からなかったけれど、それがリザードマンの「肉体言語」だと気づいた時、私は息を呑んだ。
かつてリザードマンに教わった肉体言語、それは言葉の代わりに仕草や動作で感情を伝える彼ら特有のコミュニケーションだ。
私と一緒に学んでいたリディアはそのことをしっかりと覚えていて、今、自分の想いをリザードマンたちに届けようとしている。
彼女が行う動作は、ゆったりとした流れの中に強い意思が感じられるものだった。
リザードマンたちは最初こそ驚いている様子だったが、次第に彼女の動作に見入っている。
リディアのひとつひとつの動作が、彼らに対する感謝と敬意、そしてどれだけ彼らに協力してもらったことが嬉しかったかを伝えようとしているのだろう。
やがて、年長のリザードマンが一歩前に出て、リディアの動作に応じるように同じ動作を繰り返した。
その動作には「受け入れる」という意味が込められていると、前にリザードマンの子どもに教わったことがある。
つまり、リディアが伝えた感謝の意を彼らも受け入れてくれたということだ。
「……!」
私はその光景を見て、胸が熱くなった。
エルフであるリディアが、今までは敵視されていたリザードマンと心を通わせることができたのだ。
何度も偏見に苦しんだはずのリディアが、あえて彼らに自分の気持ちを伝えようとしたその勇気と強さに、私は胸の奥から湧き上がるような尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
「……リディア、すごい」
思わず小さく呟くと、彼女が私のほうを見て微笑んだ。
「言語が分からないなりに必死に覚えたけれど……役に立ってよかったわ」
その時、ふと集団の中から何人かのリザードマンたちが近づいてきた。
その中には、リディアが助けた子供の母親らしいリザードマンの女性もいた。
彼女はリディアの前に立ち、しばらく言葉を選ぶように沈黙してから、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……リディアさん。 あなたが我が子を助けてくれたこと、忘れません」
私を通して伝えられたその一言に、リディアの目が潤んでいるのが分かった。
彼女は一瞬言葉を失っていたが、やがてしっかりとした声で「お礼なんて必要ないわ。 私はただ、できることをしただけだから」と返した。
それでも、リザードマンの女性は再び頭を下げ、他のリザードマンたちも続くように感謝を示した。その姿に、私は涙がこみ上げてきた。
今までの険しい関係が、少しずつではあるが溶けていくのが感じられる瞬間だった。
★
それからしばらくして、私たちはリザードマンたちの集落を離れることになった。
リディアが最後に肉体言語で別れの挨拶をしたとき、リザードマンたちは深く頷いてくれた。
彼らの目には、今までとは違う感情が宿っていた。
それが敬意や友好であったかは分からないけれど、少なくとも敵意ではなかったと思う。
「さね、行きましょうかアリス」
「うん! 行こっか!」
リディアの言葉に、私は力強く頷くのだった。