希望の灯火
目が覚めたとき、全身に残る鈍い痛みと、どこか温もりのある感覚に気づいた。
視界がぼんやりと明るさを取り戻し、ここ数日ですっかり見慣れてしまった天井が目に入る。
「ここは……?」
かすれた声でつぶやくと、体の奥から鈍痛がじわりと伝わり、動こうとするも少し動いただけで激痛が走る。
私は無意識に手で体を抱え、痛みを堪えた。
どうやら傷はまだ完治していないらしい。
「すー……すー」
「……!」
そのとき、ふと私の横に小さな影があるのに気づいた。
私を見守るようにして眠り込んでいる、アリスだ。
彼女の穏やかな寝顔には疲れが滲んでいて、彼女がどれだけ私の身を案じてくれていたかを物語っていた。
「……アリス」
そう呼びかけると、アリスがゆっくりと目を開けた。その瞳には安堵の色が浮かび、私の顔を見て、ほっとしたような表情を見せてくれる。
……エルフである私にそんな優しい表情を向けてくれた人々はもうすっかりいなくなってしまった。
そんな彼女の表情に胸の奥が熱くなるような感じがした。
「リディア、目が覚めたんだね……よかった、本当に……」
彼女は涙を浮かべながら、そっと私の手を握りしめた。
その手の温もりが伝わり、何か大切なものに触れている気がして、私はそのまま彼女の手を握り返した。
「……アリス、あなたが私を助けてくれたの?」
すると、アリスは優しく頷きながらゆっくりと話し始めた。
私が意識を失ったあと、彼女は回復魔術を行使するためにリザードマンたちに必死に助けを求めてくれたらしい。
最初はエルフである私への偏見から冷たい視線を向けられたものの、彼女は諦めず、何度も私を助けてほしいとお願いしたそうだ。
「私も、リディアみたいに絶対に諦めなかったよ。 みんながどんなに厳しい顔をしても、リディアの勇気や優しさに少しでも報いたくって……だから、お願いしたの」
アリスの言葉には揺るぎない意志が込められていて、私は再び胸が熱くなった。
エルフである私をこんな風に大切に思ってくれる人はどれくらい残っているのだろうか?
「……それで、みんな私を助けてくれたの?」
アリスは少し微笑んでうなずき、続けた。
「そうだよ。 リディアを助けるためにみんなが魔力を分けてくれたの。 リザードマンたちも、リディアがどれだけ一生懸命だったか、わかってくれたんだと思う」
その言葉を聞いた瞬間、私は信じられない思いで胸がいっぱいになった。
長い間、エルフであることが私にとって重荷でしかなく、どこに行っても冷たい目で見られてばかりだった。
けれど、そんな私を助けるために、彼らが協力してくれたなんて……。
「……こんなこと、夢みたい」
思わずそう呟いた。
目頭が熱くなり、抑えきれない涙が頬を伝う。
今まで感じてきた孤独や痛みが少しずつ溶かされ、心に光が差し込んでくるようだった。
私は、そっとアリスを見つめる。
「ありがとう、アリス。 あなたは……本当にすごいわね」
彼女は再び微笑み、私の手を握り返した。
「違うよリディア。 私はただ協力を呼びかけただけ。 みんながリディアを助けてくれたのはリディアが本気でリザードマンの子を救おうとしてたのが伝わったからだよ」
アリスの言葉が、じんわりと胸に沁み込んでいく。
私がリザードマンの子どもを救おうと必死になった、その姿が彼らの心に届いたのだという。
彼らにとって、私は忌まわしい存在のはず。
エルフである私に対する偏見が、彼らの集落にどれだけ根深く刻まれているかもこの身を通じて痛いほどに知っている。
それでも……彼らは私を救おうと力を貸してくれたのだ。
「……本当に、そうなの?」
私の問いかけに、アリスはゆっくりと頷く。
その瞳から嘘は微塵も感じられなかった。
「……嘘みたい」
思わず溢れた言葉にアリスは首を横に振った。
「嘘じゃないよリディア。 あなたは一人じゃない。 リザードマンのみんなも、最初は戸惑っていたけど、最後にはあなたを守りたいと思ってくれたんだ。 私は魔族の因縁について詳しくは知らないけど……きっと変えられるって信じてる! だから、もう過去に縛られないで」
その言葉は、私の孤独に包まれた心を溶かし、再び涙が溢れてしまう。
今までの私には信じられなかった、信じたくてもできなかった未来が、目の前に広がっているかのように感じた。
「アリス……もう一度言うわ。 ありがとう」
心からの感謝を込めてそう告げると、彼女は恥ずかしそうに笑いながら肩をすくめる。
「忘れないでよね? リディアを助けてくれたのは私だけじゃないんだから!」
そう言ってアリスは扉を開けた。
「みんなも、リディアに対する見方が少し変わってきたかもしれないね」
ふと視線を感じて見上げると、遠巻きにこちらを見守っているリザードマンたちがいた。
彼らの表情は硬いものの、どこかに親しみが含まれているように感じた。
「……ほら、リディア。 言葉は伝わらなくても感謝は伝えられるはずだよ」
「……ありがとう」
私は彼らに向けてかすれた声でそう呟いた。
自分でも驚くほど、心が穏やかになっているのがわかる。
長年、孤独と偏見に苦しみ続けてきた私にとって、誰かの温かい視線はとても大きな希望の光だ。
「大変かもしれないけど……少しずつ変えていけるかもしれないわね」
そう告げる私の言葉に、アリスは力強く頷き、再び微笑んでくれる。
その笑顔が、私の胸に小さな灯火をともしてくれたのだった。