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リディアの告白

 リザードマンの集落での生活は、思った以上に穏やかで心地よいものだった。

 リディアも最初こそ警戒していたものの、少しずつ集落のリザードマンたちと打ち解けることができたし、私だって普通に生活していたら絶対に知れなかったような知見をたくさん得ることができた。

 でも、そんな安らかで楽しい日々は、いつまでも続くわけではなかった。


「アリス……ちょっと、話があるの」


 出発の朝、リディアが私にそう声をかけてきた。

 彼女の表情は、いつものクールさとは違い、どこか重く、沈んだものだった。

 私はリディアの顔を覗き込むと、心配そうに彼女の言葉を待った。


「どうしたの? 何かあった?」


 リディアは少し迷ったように俯いたが、やがて決意したように深呼吸をして顔を上げた。


「……私、もう嘘をついているのが嫌なの。 リザードマンたちに、私がエルフだってことを隠したまま、ここを去るなんて……。 彼らに恩を受けたままで去るのは、私の信念に反するわ」


 彼女の声には、揺るぎない決意が込められていた。


「でも……エルフだって言ったら、どうなるか分からないんじゃ……?」


 私は心配そうに言ったが、リディアは首を振った。


「そうね。 でも、だからこそ、今、正直に伝えなきゃいけないのよ。 彼らが私をどう思おうと、私はエルフとしてここにいた。 それを隠したままじゃ、きっといつか後悔することになる……」


 リディアの言葉には強い覚悟が感じられた。

 私は、彼女の決意を尊重するしかなかった。


「……分かった。 リディアがそうしたいなら、私は応援するし、手伝うよ」


 そう言うと、リディアは私に感謝の笑みを浮かべ、深く被っていたフードをゆっくりと脱いだ。

 彼女の尖った耳がはっきりと現れ、リディアがエルフであることが一目でわかる姿だった。


「行きましょう」


 リディアは、再びフードを被り直すと集落の中央に向かって歩き出した。

 私も彼女の後をついていく。


 ★


 私たちが中央に立ったのを見て、周囲にいたリザードマン達がぞろぞろと集まり始める。

 中にはリディアと仲良くしていた子ども達もいて、別れを惜しむかのように涙を流していた。

 そんな中、リディアは、リザードマンの長老と集落の人々の前に立つと、私が通訳して彼女の意志を伝えながら、リディア自身はその姿で意志を示す形で話し始めた。


「お世話になりました。この村での滞在、感謝しています。ですが、皆さんに一つだけ、伝えたいことがあります……」


 私の通訳を介してリディアの言葉がリザードマンたちに伝わると、彼らの表情が次第に驚きと疑念に変わっていった。

 そして、リディアは大きく息を吸い込み、力強い声で告げた。


「私は……エルフです」


 リディアがフードを脱ぎ、エルフのシンボルである尖った耳が現れた。

 その瞬間、集落の空気が凍りついたかのようだった。

 リザードマンたちの表情が次第に険しくなり、ざわめきが広がっていった。


「……なんだと? エルフだと……?」

「エルフの集落は滅びたはず……生き残りがいたのか!?」

「嘘だろう……エルフがこの村に……?」


 驚きと疑念が入り混じった声が次々に上がり、やがてそれは怒りへと変わっていった。

 リディアはそれでも一歩も引かず、真っ直ぐに彼らを見つめ続けていた。


「裏切り者だ!」


 突然、一人のリザードマンが叫んだ。その声に呼応するように、他の者たちも口々に非難の言葉を浴びせ始めた。


「エルフなんかに恩を売る必要なんてなかった!」

「我らを騙していたのか……!」

「こんなやつを許すわけにはいかない!」


 その場にいた全てのリザードマンがリディアに向けて冷たい視線を送り、心ない言葉を投げかけてきた。

 私はその光景に目を見張り、どうにか止めようとしたが、リディアは私の腕を軽く掴んで制止した。


「いいの、アリス……これが現実だから。 覚悟はしていたわ」


 リディアの声は静かだったが、その瞳には深い悲しみが浮かんでいた。

 彼女はその場を去ることを決意したように、振り返らずに歩き出した。


「待って……リディア……!」


 私は彼女を追いかけようとしたが、リディアは首を振って私に笑顔を見せた。


「アリス、ありがとう。 でも、これは私達エルフの問題よ。 生き残った私自身が解決しなければいけないことだから」


 リディアはそれだけを言うと、リザードマンたちの集落を後にした。

 その背中は寂しげで、私には声をかけることができなかった。


 ★


 私たちは、結局心ない言葉を浴びせられながらリザードマンの集落を去ることになった。

 リディアが黙って村を去るのを見ながら、私も彼女の背中を追うように集落を後にした。

 けれど、私はその背中を見つめるたびに、胸の奥に言いようのない重みが広がっていくのを感じていた。


「これで本当に良かったの?」


 そう問いかける声が、私の中で繰り返し響いていた。

 リディアが一人で背負っている痛み、苦しみ。私はそれをどうにか分かち合いたいと思ったけれど、今はまだその方法が見つからなかった。


 集落を離れて森の中を歩いているうちに、リディアの歩みが徐々に遅くなっていくのが分かった。

 彼女は、見えない重荷に耐えているように見えた。私にはそれが、彼女の孤独の象徴のように思えた。


「リディア……」


 私が声をかけると、リディアは少し振り返った。けれど、彼女の瞳には強がりが見え隠れしている。


「大丈夫よ、アリス。 言ったでしょ? 私は慣れてるの。 こういう扱いには……」


 その言葉に私はハッとした。

 慣れている、という彼女の言葉は、どれだけの時間を孤独に耐えてきたのか、どれだけの屈辱を経験してきたのかを痛々しいほどに物語っていた。


「そんな……慣れるなんて、おかしいよ。 誰だって、そんな風に扱われるべきじゃない」


 私の声は思わず震えていた。

 リディアは微笑んだけれど、その笑顔はどこか儚げで痛ましかった。


「ありがとう。 でも、私には背負わなきゃいけないものがあるの。 生き残った以上、私はエルフに対する偏見を少しでも減らすために努力する義務があるわ。 たとえ、私自身がどれだけ非難されようともね。 それが生き残った者の使命よ」


 リディアの言葉は重かった。

 その一つ一つが、私の胸に突き刺さるようだった。

 だけど、そんな風に彼女が孤独に苦しむのは、私には耐えられなかった。


 私はふと、リザードマンの子どもたちの笑顔を思い出した。集落でリディアと過ごした日々、彼らと楽しく遊び、笑い合っていた時間。

 それが今、ただの偏見によってあの一瞬で崩れてしまったことが、どうしようもなく悔しかった。


「リディアにはもうあんな風に、傷ついてほしくない……」


 気づけば私は、そう呟いていた。

 リディアは私の言葉を聞いて、少し驚いたようにこちらを見ていたけれど、私はもう言葉を止めることができなかった。


「リディア、あなたが背負わなくてもいいの。 私も一緒に戦うよ。 私はただの人間で、あなた達エルフのことも、他の種族のことだってまだ良く知らない。 それでも、目の前の人を救いたいって思う気持ちに間違いはないよ」


 私はリディアの前に立ち、強く彼女を見つめた。

 リディアはしばらく黙っていたが、やがて目を閉じ、静かに息を吐いた。


「……本当に、ありがとう、アリス。 でも、それでも彼らは変わらないかもしれない。 それでも、あなたは戦うつもり?」


 その問いに、私は少しも迷わず頷いた。


「うん。 だって、リディアもあの子たちも、本当は分かり合えるはずだから。 私はそれを信じてる」


 その瞬間、リディアの瞳にわずかな光が宿ったように見えた。そして、彼女はふっと微笑み、少しだけ肩の力を抜いた。


「分かった。 アリスがそう言うなら……私ももう少し、信じてみる」


 リディアの言葉に、私も安堵の息を吐いた。

 けれど、まだ終わりではない。

 むしろ、これからが本番だ。

 リザードマンたちとの偏見を乗り越え、リディアの背負うものを少しでも軽くするために。


 私たちは再び歩き始めた。

 その先に待つのが困難な道であろうとも、私はリディアと共に戦う決意を固く持ちながら。

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