リザードマンの集落
リディアと一緒に森を抜けることになったけれど、それは私が思ってた以上に過酷な旅路だった。
「アリス! 前に出すぎよ、下がってなさい!」
「ひぇぇぇ!? お助けー!?」
時おり不意に現れる魔獣に肝を冷やしたり。
「……これ、さっき倒した魔獣だよね?」
「……なによ。 文句あるわけ? 携帯食料は貴重なんだから、なるべく節約しないと。 それに……そんなに味も悪くないわよ?」
「…………はむっ。 ………………確かに」
「なんでちょっと悔しそうなのよ……」
水や食料のやりくりに苦労したり。
「……ふぇくちっ!」
「まったく……雨で濡れた服をすぐに脱がないからそうなるのよ……別に女同士なんだから裸くらい見られても問題ないでしょ?」
「……流石に外で裸になるのは私のプライド的に……」
「そう、人間っていろいろと面倒なのね」
リディアに呆れられたり。
そうして森の奥に進んでいた私たちは、突然、奇妙な鳴き声とともに小さな村のような場所に辿り着いた。
見渡すと、そこには異様な姿をした生き物たちがいた。
体が鱗に覆われ、長い尻尾と鋭い爪を持った彼らは……リザードマンだった。
「リザードマンの集落みたいね……」
リディアが小声で私に話しかけてきたが、その顔には緊張が走っていた。
彼女はフードを深く被り、顔をできるだけ隠していた。
「リディア、どうしたの? そんなに怯えて……」
私は心配そうに彼女を見つめたが、リディアは視線を逸らすようにして言った。
「前に話したように……エルフは魔族から嫌われているの。あいつらもきっと、私のことを快く思っていないはずよ。 だから、ここを避けたほうがいいわ」
「なるほどね……でも、もしかしたら話せば分かってもらえるかもしれないよ。 私、やってみる」
リディアは驚いた顔で私を見た。
「何言ってるの? 危険かもしれないのよ!?」
「大丈夫、私が話すから。ここで怯えてるだけじゃ前に進めないし、エルフのことを知ってもらうチャンスかもしれない」
「…………分かったわ。 ただ、危険だと思ったらすぐに逃げるわよ」
かなり悩んだ様子のリディアだけど、なんとか了承してくれた。
私は胸を張り、リザードマンの集落へと足を踏み出した。
リディアが止めようとしたけれど、すぐに諦めたように後ろからついてきた。
「……! お前たちそこで止まれ!」
集落に近づくと、一匹のリザードマンが私たちに気づき、鋭い目でこちらを見つめてきた。
私は深呼吸し、なるべく落ち着いて話しかけた。
「こんにちは! 私たちは旅の途中でここを通りかかったんです。しばらく滞在させていただけませんか?」
リザードマンはしばらく無言で私たちを観察していたが、やがて口を開いた。
彼の言葉は不思議な響きを持っていたけれど、驚いたことに、私にははっきりと理解できた。
「……人間か。 ここに何の用だ? 我らの村に滞在を求めるその目的は何だ?」
私はその質問に答えようとしたが、すぐにリディアが引き止めるように私の腕を掴んだ。
「アリス、気をつけて。 彼らは疑り深いわ。 下手なことを言うと……」
リディアはリザードマンの言葉は分からないはずだけど、雰囲気で危険を感じ取ったのだろう。
私を掴む腕がかすかに震えていた。
「大丈夫、リディア。私に任せて」
そう言って私は再びリザードマンに向き直った。
「私たちはただ、森を抜けたいだけなんです。 少しの間でいいので、ここで休ませてもらえませんか? 危害を加えるつもりは全くありません」
すると、リザードマンの表情が少し和らいだ。
「なるほど……我らに危害を加える者でなければ、歓迎しよう。 だが、こちらもお前たちのことをよく知らない。 しばらくは慎重に観察させてもらうぞ」
彼の言葉にホッとし、私はリディアに振り返って微笑んだ。
「歓迎してくれるらしいよ。 ほら、言った通りでしょ? ちゃんと話せば分かってもらえるんだから」
リディアは少し不満げだったが、口をつぐんでいた。
私たちはそのまま、リザードマンたちの集落でしばらく休ませてもらうことになった。
★
魔族と交流を持つために各地を旅している人間の2人、そんな設定でリザードマンの集落で暮らし始めた私たち。
最初は緊張していたけれど、彼らとの交流が進むにつれて、その日々は思っていた以上に楽しいものになってきた。
「アリス、これを食べてみるといい」
リザードマンの一人が差し出したのは、見たことのない果物だった。
皮はゴツゴツしていて、色は深い緑。
見た目は少し怪しいけれど、ここに来てから何度か食べ物を勧められ、そのどれもが意外に美味しかったから、私はためらわずに口に運んだ。
「うん、甘くて美味しい! これって、どこで取れるの?」
「森の奥の方だ。お前たちが来た方とは逆の方向に多く生えている」
リザードマンの長老らしき年配のリザードマンが微笑んで答えてくれる。
彼らは、見た目こそ人間とは全く違うけれど、話してみると穏やかで友好的だということが分かった。
「お! リディアー! 良いものもらっちゃった!」
「あら、それはバルの実ね。 貴重なものをもらったじゃない」
リディアも最初こそ警戒していたものの、集落の子どもたちに囲まれるうちに、次第に打ち解けていった。
言葉は通じないながらもいい関係を築いて行けてるようだ。
子どもたちはリディアのフードを引っ張ろうとしたり、しっぽに興味を示したりして、彼女にしきりに話しかけていた。
「リディアこそ人気者じゃん」
「……ふんっ」
リディアは最初こそ困惑していたが、次第に微笑んでその子どもたちに応じるようになった。
今だって小さなリザードマンの子どもから泥団子をもらっていた。
「ふふ、仕方ないわね…………あら、おいしいわ……って伝わらないわよね」
リディアは小さくかがんで泥団子を受け取ると、食べるジェスチャーをした後に、照れ臭そうに泥団子を渡した少女の頭を撫でる。
「こら! 君、リディアのフードに触っちゃだめだよ!」とフードを触ろうとした子どもに私が注意すると、子どもたちは「ごめんなさい」と謝った後に去っていった。
「リディア、意外と子どもたちに好かれてるみたいだね」
「意外って……まあ、悪い気はしないわね。 でも、油断しちゃダメよ。 いつ彼らが私を疑い始めるかわからないんだから」
そう言ってリディアはフードを深く被り直した。
まだ完全に安心できない彼女の気持ちもわかるけれど、少なくとも今は、平和な時間が流れていた。
数日が過ぎ、私たちはこの集落での生活に馴染み始めていた。
リザードマンの集落は、彼らが持つ独自の文化や習慣に満ちていて、毎日が新鮮だった。
朝になると、彼らは全員で集まって一緒に食事をし、その後はそれぞれの仕事に取り掛かる。
狩りに出る者もいれば、薬草を集める者、集落を見回る者もいる。
私たちはそんな彼らの生活を手伝いながら、少しずつ彼らのことを学んでいった。
ある日、リザードマンの若い戦士が私に話しかけてきた。
「アリス、もしお前が望むなら、我々の言葉をもっと学ぶこともできる。 お前はすでに我らの言葉を理解しているようだが、より深く知ることで我らとの絆はさらに強まるだろう」
「本当? すごく気になる! ぜひ教えてほしい!」
私の言葉に、彼は満足そうに頷いた。
「よし、では今日からお前に少しずつ教えてやろう。 我々の言語には言葉だけではなく、身振り手振りで意味を伝える肉体言語、というものがある。 例えば……これは感謝を伝えるものだ」
「……ふむふむ、なるほど」
それから、私は彼らの言葉をさらに深く学び、集落の人々との絆を一層深めていく。
リザードマンの世界は私たちの知らないことだらけで、毎日が新しい発見の連続だった。
最初こそ警戒心を持っていたリザードマンたちも、私たちが集落に協力し、彼らの言葉や文化を尊重していると感じるにつれて、次第に打ち解けてきた。
そんな彼らに呼応するかのようにリディアも、集落の生活に慣れ、リザードマンの子どもたちと一緒に遊ぶ姿も見られるようになった。
時には木の実を一緒に収穫したり、狩りに出る準備を手伝ったりと、村の人々と自然に関わるようになっていった。
私たちが集落を去る前日の夜、送別会として開かれた宴に参加したときのこと。
リザードマンたちが火を囲んで歌い踊り、喜びのひとときを過ごしているのを見て、私はふと気づいた。
彼らも私たちと同じように、平和を望み、仲間との絆を大切にしている存在だった。
「ねぇ……アリス。 ありがとう」
リディアが静かに呟いた。
「……? 何が?」
私は小首を傾げる。
「あなたがあの時前に踏み出さなかったら、私はきっとリザードマンに偏見を持ったままだったわ。 こうして考えを改められたのもあなたがいたおかげよ」
「……そっか。 これから色んな種族に出会うと思うけれど、リディアの抵抗感が減ったのなら良かったよ。 これからもよろしくね!」
リディアは微笑んで、私の言葉に頷く。
「それにしても……」
「なによニヤニヤして……」
「いやさ、リディアってクールな印象あったからなんか意外だなーって思ってね」
「……ふんっ。 私だって礼くらい言えるわ」
バツが悪そうにそっぽを向いて、立ち上がったリディアにリザードマンの子どもたちが集まってきたのを、私はどこか微笑ましく感じていた。
……そんな平穏が崩れるような事件が起きることを知る由もなく、私たちは笑い合っていた。
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