落第からのミス転移!? 迷い込んだのは未知の森
――魔術大学の成績が良くないことは、アリス自身も薄々気づいていた。
だが、それが自分の人生にここまで影響を与えるとは、夢にも思わなかった。
「アリスさん、ちょっと校長室まで来てください」と言われた時、嫌な予感がしたのは確かだった。しかし、心のどこかで「きっと大したことではない」と自分に言い聞かせていた。
校長室に入ると、そこには厳しい表情の校長が待っていた。
机の上には、アリスの成績表が無造作に置かれている。
アリスは一瞬、逃げ出したい気持ちに駆られたが、それをなんとか抑えて校長の前に立った。
「アリスさん……」
校長はため息をつきながら言葉を選んでいるようだった。
「率直に言うわ。 あなた、明日から学校に来なくていいから」
「……は?」
アリスは耳を疑った。 冗談だろうか?
だが、校長の目は冗談など言うものではなかった。
アリスの頭の中で「退学」という言葉が響く。
「それは……『もう私たちからお前に教えることは何もない!』という意味でしょうか?」
と、アリスは必死に笑い飛ばそうとした。
「……どう好意的に解釈したらそうなるのよ!? 落第よ、らくだい!」
校長の声には微かな苛立ちが含まれていた。
「ですよねぇ……」
アリスは肩を落とし、がっくりと頭を垂れた。
腰まで伸びた銀髪が彼女の表情を隠す。
校長は机の上にある成績表を手に取り、アリスに差し出した。
アリスはそれを受け取ると、ちらりと目を落とした。結果は知っていたが、やはり低い点数が並んでいる。
「去年は温情で落第を回避してあげたけど……流石に今年はもう無理よ。 貴女はこの魔術大学における最低基準を満たせなかった」
校長はそう言いながらも、少しだけ残念そうな表情を見せた。
「……あ! そういえば退学とか落第する人には、仕事が斡旋されると聞いていたのですが……そういった筋のお話はないのですか?」
アリスは藁にもすがる思いで尋ねた。
「ないわね。あまり言いたくはないけれど……全部断られたわ」
校長は淡々と答えた。
「何でですかっ!? この魔術大学ってかなり高名だったはずでは!?」
アリスは思わず声を上げた。
「貴女のレベルがこの学校を中退した人達に比べて圧倒的に低いのよ! だから何処も全部断られたのよ!」
校長の言葉に、アリスはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「そんなバカなッ!?」
アリスは現実が信じられず、その場でゴロゴロと転がりたくなるが、何とかその衝動を抑えた。
「時に先生。 ひとつお願いがあるのですが……」
アリスは勇気を振り絞ってもう一度口を開いた。
「……何かしら? 私だって少しは力になってあげたいと思ってるから……」
校長は少し驚いた表情でアリスを見た。
「裏口入学っていけますか?」
アリスは真剣な顔で言った。
「……帰りなさい。 明日までに荷物をまとめて出ていくのよ? 分かった?」
その言葉にアリスは観念した。最後に「ふーんだっ! どーせ誰も私なんて求めてないですよー!」と不貞腐れたように言い放ち、校長室を後にした。
★
「はぁ……もうやってられないよ……」
夕暮れ時の路地裏でアリスはひとり愚痴をこぼす。寮に戻り、荷物をまとめると、意外とあっさり終わってしまった。思いのほか、私物が少なかったのだ。
「『人類は更に一歩前進した。 他種族との交流成功なるか!?』……か。 景気がいいことで。 というか、魔族の言葉が分かる人だなんてひと握りなんだから、そんな無駄な交流をするよりも浮浪者を助ける事とかに注力してよ!」
アリスは風に煽られて飛んできた新聞を拾い上げ、悪態をついた。
魔族との戦争が終わり、世界は次第に平和を取り戻しつつある。
魔術も戦争の道具から生活の一部へと変わり、今では魔導技術が発達し、誰もが魔術を使える時代になっていた。しかし、アリスにとってその魔術は、単なる失敗の積み重ねに過ぎなかった。
「はぁ……お金は貯金がそこそこあったから良かったけど……家には帰りにくいなぁ……」
アリスはため息をつき、持っていた杖を見つめた。
「はぁ……でも仕方ないか。 両親にしっかりと話してみよ」
私は浮かない気分ながらも、いくつかの魔力結晶を手にして杖を振る。
すぐに私の足元に魔術陣が現れ、そこから光の柱が立ち昇った。
これは転移魔術の類いで、自分の行きたい場所へ一瞬にして移動できる便利なものである。
そしてそれは、ほんの些細なミスであった。
私は少しばかり座標の設定を間違えてしまったのだ。
「…………ん? ここは一体……」
眩い光が収まると同時に、目に飛び込んできた光景を見て唖然とする。
そこは見渡す限り広がる森の中で……しかも見たことのないような植物が生えており、明らかに人里離れた場所であろうことが伺えた。
「うわっ! 何これ!?」
突如として現れた大森林を見て叫ぶ私だが……ここでようやくハッと気がついた。
転移先を間違えたのだと。
「まずい……! 早く再転移を……って魔力結晶が足りない!?」
転移魔術の仕様には膨大な魔力を要するため、落ちこぼれの私自身の魔力では足りず、魔力結晶を用いて行使していたのだが……その魔力結晶が不足してしまっていた。
「ひぃ!?」
その時、近くの茂みからガサガサと大きな音が鳴り、私は思わず大きく叫んだ。
こんな森の中だ、魔獣や魔族がいたとしても何も不思議ではない。
「もし見つかったら…………」
最悪の未来を想像してゴクリとツバを飲む。
あくまで現在の魔族と人間は休戦状態であり、完全にわだかまりが解けたわけではない。
「………………来た!」
茂みから飛び出してきたのは魔獣であった。
黙って杖を構え、私は茂みの奥をずっと注視していた私はその初撃を何とか躱して横腹に魔術を叩き込むが……弱い。
「まずいまずい……! もう魔力が少ない!」
頼みの綱の魔術は威力が足りず、そもそもあと撃てて数発。
冷や汗を流しながら状況を整理仕様にも死への恐怖が冷静さを奪っていく。
再び魔獣が私に向かって突進を始めようと体勢を整え始めたその時、大きな火柱が魔獣を飲み込む。
「珍しいこともあるものね……なんでこんなとこに人間が……」
途端、その声は背後から響いた。
私が慌てて振り返ると、そこにいたのはフードを目深に被った蒼色の瞳の美少女であった。
「た……助かった…………きゅう」
「!? ちょっと、人間!? 大丈夫!?」
安堵のあまり私は意識を手放してしまう。
少女の焦ったような声を聞きながら、深い眠りの世界へと誘われていくのであった。
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