悪について 4
異様。
一言で表現するならばそれ以外の語句はあり得ない。
皆一様に緊張を隠せずにいる。
王の祝辞は明らかに常軌を逸していた。そこには祝意がない。神への感謝も王権への自賛もない。ただ単純な訴えだけがあった。
伝統は徹底的に無視された。丁重に葬り去られた。
事ここに至り、会場に集う人々はグロワス13世の治世がどのようなものであるかを理解しつつあった。
王の演説に続き、献辞の捧呈が行われる。
献辞は学位を授与された学生の中から選ばれた者の学位請求論文の抄である。論文本編はあらかじめ王宮に献上されているが、目を通す者は皆無である。
それは受け取る側の無能を意味するわけではない。内容の専門性ゆえに門外漢には理解することは不可能に近いのだ。当然のことながら、論文が王の元に届くこともない。事務的に王宮の書庫に収蔵されるのみである。
そして、論文の抄たる献辞もまた、理解を求められることはない。歴代の王とその代理人達は献辞をじっと聞き、鷹揚に頷き、一言感想を添える。
大抵は「素晴らしい」「興味深い」「面白い」程度のものであり、大抵は素晴らしくも興味深くも面白くもない。
いずれにしてもそれは儀式である。
内実は求められない。
しかし、この年の学位授与式典は少々趣を異にするかもしれない。
学生達も教授陣も、多大な興味とほんの少しの意地悪さをもって、ことの成り行きを見守っていた。
あれほどまでに強烈な、型破り極まる演説をした王がどのような反応を示すのか。
”かつて人文学を学んだ”と述べた王が。
会場の中で、王が無様な姿をさらす可能性を想起しない者はいなかった。ただ一人を除いて。
◆
ジュール・レスパンは演台に立つ王の前に進み出て、型どおりに両膝を着く。
「楽にされよ。レスパン殿。——貴殿の研鑽の成果を、この私に語って欲しい」
王の許可を得て青年は立ち上がる。
通常読み上げるべき献辞の原稿は彼の手にはない。
徒手である。王と同じく。
彼は緊張しなかった。彼は語りかけたかった。自身の考えを。
グロワス・ルロワに。
青年は小さく息を吸い込んで語り始めた。
「グロワス・エン・ルロワ陛下に、ジュール・レスパンが研鑽の成果を言上いたします」
あらかじめ用意していた美辞麗句は全て取り払った。それは目の前のルロワ氏に失礼であると感じたからだ。
王は先ほど言ったではないか。「あなた方は思想の世界の王だ」と。
それは余りにも尊い心根であるとジュールは思った。
王はこの世の不正の極である。しかし、グロワス・ルロワ氏は、全霊をもって敬意を捧げるに値する人物なのだ。
「この度私が捧呈いたしました『悪について ー人倫の起源としての”魔力”概念の欠如態仮説における社会構造の創建ー』について、この場にて簡潔な要旨説明をいたしたくぞんじます。
拙作『悪について』は、国王陛下の君臨とその御代が絶対なる”善”であることを論証するために記されました。
私は、偉大なる国王陛下の存在を善の結晶体と証明するために、その真逆の存在、つまり”悪”の存在を定義しました上で、その不在を以て善と成す形態を考案いたしました。
よって拙作の主題は”悪”であります」
献辞の形式を完全に無視した語り出しを聞き、俄に色めき立った人々は、話がまともな方向に向かおうとする気配を感じて胸をなで下ろす。
ジュールは語りながら、じっと王を見つめ続けた。
王の表情には笑みも退屈も怒りも存在しない。ただ、真摯だけがある。
「私はこの主題に対する思索を深めるにあたり、思考の実験として、ある世界を脳内に創造いたしました。
皆様ご存じの通り、我らの生きるこの世界は神の御裾の元、魔力に満ちあふれています。そして、国王陛下はこのサンテネリにおいて最も巨大な魔力を保持されておいでです。ゆえに王として民の上に君臨される。つまり、王の王たる正当性は魔力の存在です。
では、もし魔力なかりせば。
我らの世界はどのようなものになるのだろうか。
現実とかけ離れた、魔力の不在という馬鹿げた世界を私は創造しました」
数期前であれば、この発言の段階で青年は断罪されていたであろう。魔力の非在を公的な場で口に出すことは背教である。
だが、一方で、魔力など存在しないことは常識となって久しい。ことに知的階層の間ではもはや議論の対象とすらならない。
ジュール・レスパンが語る「世界」とはつまり、現実世界そのものであることを聴衆は即座に理解した。
「我らの生きる社会における身分と秩序は”魔力”にその根拠を持ちます。ならば、魔力なき世界——その荒唐無稽で馬鹿げた世界においては、身分も秩序も所与のものではありえません。その世界に生きる全ての個人は男女老若の区別なく、平等であり、かつ自由であります。それは人間原初の状態であり、全ての権利の根源となる権利なのです。
そんな世界において、人々は自身の力の許す範囲で、力の許す限り生存に努めることでしょう。徹底的な個として」
一度言葉を切り、彼は王の左右に居並ぶ貴賓と教授達を見渡した。今のところ大きな動揺はない。ゾフィ妃などは目を輝かせて先をせがむよう身を乗り出している。
「生存のみを目指す個は、その目的ゆえに互いに争うようになる。そうお考えかもしれません。しかし、それは異なります。彼らは他者に対して適切に無関心でありましょう。禽獣とてよほど追い詰められねば同族と争いはしません。人も同様です。彼らはむしろ、自己の”存在”を愛する心情を敷衍する形で、他者への密やかな惻隠の情、柔らかく言い換えるならば”思いやり”すら持ちうることでしょう」
原初の世界における個人が即座に闘争を求めるか否か。これは彼がポルタ教授と長く議論した部分であった。彼が至った結論は、”奪い合う対象”なくして闘争は起こりえないというものだった。
「人は一個の動物であり、動物はその身に本性を刻まれています。魔力が存在しないこの空想の世界に生きる人にとって、その本性は”自己愛”であり”惻隠”であると定義できます。
さて、時は経ち、やがて人々は惻隠を拡大する中で望む望まぬに関わらず、他者との意識的な交流を始めます。獣ではなくなるのです。自身と同じ存在、同じ”意志”を他者にも認める。それは意思疎通の欲求を生みます。やがてその手段たる言葉が生まれ、言葉は理性を導きます。我らは言葉なくして思考しえぬ生き物ですから、逆から見れば言葉がありさえすれば思考と理性は必然的に生まれるでしょう」
なるほど。それで? 王の瞳はそう問いかける。
まるで「帰結」を知っている者が、そこに至る道筋の確かさを調べるように。
「言葉と理性は自己と他者を明確に区分します。結果、人は利己意識を獲得するでしょう。そして、この利己意識が必然的にもたらすものは”所有”の概念に他なりません」
彼の言葉の節々にユニウスの思想が顔を出す。
第9期に生きた思想家ユニウスは、その生涯の始めを”半人”と呼ばれる半人半獣の存在として過ごした。ユニウスの『随想』を全編暗唱するほどに読み込んだジュールにとって、原初人類の祖型はまさに”半人”である。ただし、彼はその”半人”状態を肯定的に捉えていた。
なぜならば、”半人”は、人類の全ての災悪が生まれ出るところのものである「所有」を知らぬからだ。
「かつて人が持った惻隠の情は姿を消し、人々はより多くを所有することを目指すようになるでしょう。そして我ら人類の歴史に”取り合うもの”が生まれた瞬間に、”争い”もまた生まれるのです。
争いとは単純なものです。強い力を持つ者が弱い者を叩き、従える。いつしかその構造は”階層”として現れ出ることとなります」
その”争い”の現時点での勝者に対して、ジュールは臆せず言い放った。
これは彼がまさに命をかけて、言わなければならないことだからだ。
「それは明確な”不正”です。——なぜか? 正当な権利からは導き出しえない状態であるからです。我々の論理学において、事実から権利を導き出すことはできません。つまり、”強い”という事実は支配の正当性をもたらさないということです。なぜならば、もし”強い”ことが支配の正当な権利を生じせしめるのであれば、より”強い”存在が現れたときどうなりましょう。その権利は消失するのでしょうか。しかし、正当な権利が消失することはありえません。踏みにじられることはよくある話ですが、それはまさに不正そのものです」
強者が弱者を従えるのは、ただ事実そうなったに過ぎない。それを正当化することはできない。ジュールの言はその一事を証明するものだ。
「強さが支配の正当性を生むことを許容するならば、より強い者が現れたとき、その者の支配の正当性をも承認せねばなりません。あくまでも例えばの話ですが、もしも魔力なき世界で王が支配の正当性を保持しているとすれば、それは”強さ”を根拠とするほかはなく、それを認めるのであれば、王を上回る存在——それが何かは分かりませんが、あるいは連帯した市民の集団かもしれません。その支配をも認める他ないでしょう。
つまり、支配・被支配の関係性、いいかえれば支配者と被支配者の存在は決して正当化できぬもの、”不正”なのです」
ジュールがここまで述べたところでおもむろに学監が立ち上がった。はげ上がった頭頂部まで赤黒く染まっている。そんな錯覚すら覚えるほどの勢いで。
「恐れながら! 陛下、この者は!」
ジュールに走り寄ろうと素振りを見せた学監を、王は平然と制した。
「学監殿、落ち着かれよ。今レスパン殿は空想の話をされているのだ」
王は演者に固定していた視線を外し、自身の左右を見渡す。
ゆっくりと、王の視線が這い寄っていく。
それはグロワス9世校の関係者にとって、教授学生を問わず極度の緊張を強いる瞬間であった。
王の目を厭わぬものがいるとすれば、献辞の再開をうずうずしながら待つ妻ゾフィと、ある種の達観を湛えて佇むガイユール大公。
ことの成り行きをあらかじめ知っていたポルタ教授。
そして、ジュールであった。
「さぁレスパン殿。続きを。私は受け止めよう」
◆
ジュール・レスパンは一月ほど前、大切な人を亡くしていた。
シュトロワに流れ着いて以来、旧市の劣悪な環境の中で彼の身の回りの世話をしてくれた女、ドリー夫人である。
”雪の王”がもたらした厳寒に体調を崩し、そのまま回復しなかった。
弱った身体はついに食事すら受け付けなくなり、衣服から覗く手は、さながら皮の張り付いた骨格標本のように痩せ細った。
皮と骨は残っている。肉だけがない。
青年が人死を看取ったのはこれが2度目のことだった。
初回、つまり母の死はある種の耽美であった。彼が見たその身体は、まだ瑞々しい肉をたっぷりと含んでいた。滑らかな肌を保っていた。
それは清らかな死だ。
今回の死はそうではない。
ドリー夫人の死は汚濁そのものである。
悪臭と無数の皺と欠けた歯と、肉がそげ落ちて飛び出た眼球がもたらすものは、彼の若く堂々たる肢体と好対照をなした。
手を尽くして看病した。ぎこちない手製の粥を飲ませ、排泄の介助をし、寝床に横たえる。女の身体は驚くほどに軽かった。
彼の手のひらは覚えている。
そして女は死んだ。
「…ありがたく…おそれ、おおく…」
そう言って死んだ。
故郷レスパン領の緑豊かな田舎ではない。日も差し込まぬ旧市のあばら家で。
彼は棺桶を買い、死体を収め、人夫を雇い、それを郊外の焼き場まで運んだ。
そして燃やした。
母を焼き上げた壮大な炎はない。遠慮がちな、舐めるような火だった。
彼に残されたものは一つだけだ。
ドリー夫人の手。
それは一つの真理である。肉はやがて消え去る。しかし皮と骨は残る。人とはつまり骨なのだ。
吹けば飛ぶような田舎貴族の家に仕え、夫と子を亡くし、老いては元主家の馬鹿息子の世話をするだけの生が残したものは、つまるところジュールの脳裏に焼き付いたちっぽけな手だけである。
しかし、その何もなし得ない無力な塊は人の歴史を変えた。明らかに。
骨。
青年が残さなければならないものを、女は自らの死体をもって教えた。
彼は骨を残さなければならない。
ただし、個人のものではない。
サンテネリの骨、人類の骨格。
つまり、思想である。
◆
「話を続けても?」
彼は傲然と言い放った。
「どうぞ」
王は両手を前に差し出す。
再び青年は語り始めた。
「以上のように、魔力なき世界における支配・被支配の関係は明らかに不正であります。
では、不正ではない支配・被支配の関係は存在しうるでしょうか。
それがありうるとすれば、両者の合意と契約に基づくものでしょう。そして、正当な契約とは両者に利がなければなりません。片方がもう片方から一方的に収奪するのみであれば、それは契約とは呼べません。隷属です。なぜなら、他者を意のままに動かすとはつまり、他者を他者として認めぬことと同義であり、それはつまり他者の”物化”——”所有”にほかなりません。
彼は自身の胸元に結んだ黒無地の大判布を軽く持ち上げて見せた。
「例えば私が締めたこの大判布は私のものです。この”物”と私は契約を結べましょうか。それは不可能です。これが私に差し出すものは、始めから”私のもの”なのですから」
ジュールはそこで言葉を切り、領主たちを見渡した。先ほど王がなしたように。
「魔力の存在しない空想の世界において、領主たちはこう述べるかもしれません。”我らは領民を守ってやる。その対価に隷属を得るのだ”と。
皆さんご存じの通り、魔力に満ちた我々の世界において、この考えは明らかに正当です。魔力が弱い者は”本質的に”戦えず、戦える者に守ってもらうほかないのですから、守られる者はその対価を支払うべきでしょう。
しかし、魔力無き世界においてはそれは世迷い言に過ぎません。彼らはただ”強さ”によって弱い者を脅しているに過ぎない。事実として支配は成り立ちます。しかし、先ほど述べたように、事実は正当性を生まないのです」
これは明らかに特大級の醜聞である。皆が感じていた。
王の機嫌次第では、この場に居合わせたこと自体が罪に問われる可能性すらある。
だが一方で、この明白な反逆行為がもたらす帰結を見届けたい。学究の徒たる彼らならばこそ、その先に強い興味を抱いた。
「さて、ここまで支配・被支配関係の不当性を見てまいりました。では、この関係の不当性の何が問題なのでしょうか。それは簡単に説明できます。
先ほど申し上げたとおり、不当な地位は、より強い不当な力によって奪われるでしょう。まとめていえば”終わりなき闘争”の世界です。
我らの世界が”このようなもの”でなくて本当にうれしく思います。神の御裾に感謝を捧げましょう」
グロワス13世は依然無表情で佇んでいる。だが、その両の瞳はジュールに語りかけている。
”あなたが思う「その先」を告げて欲しい。”
そう語りかけられている。ジュールは感じた。事実がどのようなものかは関係ない。彼はそう感じたのだ。
「ゆえに! この魔力無き世界は新たな方向を進まねばなりません。”力”による支配の事実を捨て去る方向に。
それはどのようなものでしょうか。
この馬鹿げた世界において、人は等しく完全に自由であり、等しく生来の権利を持つことを、我々は見てまいりました。
それを”手放す”のです。
全ての成員が自身の全権利を手放し、共同体に委ねる「合意」を成しましょう。
全ての人々は、人々の権利委任を受けた共同体に自らも属します。つまり、人々は共同体に服従しますが、一方で主権者でもあります。皆が自己を捨て、全体に権利を委ね、かつ全体の一員として”権利を行使する”権利を得る。
そこには不当な王侯貴族の豪奢も、路上に転がる幾多平民の死骸も存在しません。
皆が共同体の一員として自由であり平等でありながら、同時に共同体に服従し、服従するがゆえに自身の権利を擁護する。そのような世界です。
——このような形態においてのみ、”正当な”権力が生まれるでしょう」
王の口の端が小さく上がった。
ジュールだけがそれに気づいた。
最も近くにいる、彼だけが。
「さて、何度も触れたとおり、この論は背理の法によります。つまり、魔力の存在する我々の世界において、以上の内容は机上の空論です。
なんとおぞましいことでしょう!
このような共同体は幾重にも論理を連ねた架空の存在であり”不自然”、つまり我らの世界の自然に反するものです。
見ての通り、魔力なき世界において王の存在は不正なものとなってしまいます。
つまり、人の存在に先天的な優劣を付ける魔力の不在と、そこから導き出される”全ての個人の平等と自由”。これこそが”悪”である。
わたしはこのように考えました」
ジュールは言葉を一度切った。
彼はその極めて不適切な内容に比して、特段大げさな身振りを用いることはなかった。両の手を背後に組み、胸を反らせ、両の足を軽く開き、訥々と語ってきた。
それは彼なりの礼儀であった。
尊敬すべき”個”への。
「よって、この”悪”の対極たる魔力と、魔力に基づく王の支配こそがこの世における”善”そのものである。そう考察いたします。
——”善”の象徴たる王の御代が、末永く続きますように」
◆
レスパンが一礼して演説を終えた後、王は何も言わなかった。
”正教の守護者たる地上唯一の王国”の主、グロワス13世は目を閉じ、直立したまま動かなかった。
口はきつく結ばれている。
その沈黙は室内を支配した。完全に占拠した。
呼吸すら危険事である。人々は身動き一つできなかった。
王の”裁定”がなされるまで。
体裁の上で、ジュール・レスパンの献辞は王への賛美である。
だが、彼が言いたいことがつまりなんであるか、会場の皆が理解していた。
彼が示した”あるべき世界”の似姿は、諸民族のうねり以前、遙か遙か昔に存在したという”共和都市”に似ている。そして現在のレムル半島にも王を頂かない都市は存在する。
だが、それら似姿と異なり、ジュールの語った”世界”は”すべての人々”を対象としている。
一部の富裕商人と職人ではない。彼がいみじくも述べた、”路上に積上げられた死体”にまで対象は及ぶのだ。
それはこの中央大陸において、明らかに”誰もが思いつきうるが、誰も思いつけない”ことである。
ユニウス思想は全ての人間の平等という概念を、ほとんど詩作ともいえる形態の文章『随想』に載せて世界にもたらした。
それは斬新でありながら、あくまで一個の文学作品である。
つまり、人々の生活と直接関係を持たない「お伽噺の理想」として捉えられてきた。
だが、ユニウス思想の前提をもとに論理を組み立てたとき、そこに生まれる世界像は人々にとって、より「身近」なものとなる。
全ての人が「民」となり、主となり従となる世界。
彼はつまり、その漠然とした絵姿に”名を付けた”のである。
◆
やがて、ゆっくりと王が目を開いた。
そして、口を開いた。
「素晴らしい。とても面白かった。ありがとう、レスパン殿」
薄く笑みを浮かべ、柔らかく、快活に。
だが、細まった眼孔から覗く翠の玉は密やかに青年を射貫いた。それは翠玉の鏃をもった矢である。
「お褒めのお言葉、恐懼いたします」
ジュールには分からない。王が何を考えたのか。
「今日はとてもよい話を聞くことができた! 諸君も楽しめたことだろう。レスパン氏はその類い希なる頭脳を以て、王の栄光と治世を言祝いでくれた。これほど嬉しいことはない! 私は王として、彼のような英才の論理的な後ろ盾を得て、堂々と玉座に座っていられるだろう。これほどうれしいことはない」
王は両手を大きく挙げ、極めて明るく言い放つ。
部屋に充満した鉛の塊を砕き潰すように。
「レスパン殿」
「はい、陛下」
「あなたが思い描く世界は素晴らしい。そうあるようにされよ。この魔力ある世界において”不正”は取り除かれねばならない。——”思想の王”よ」
レスパンの背に走った衝撃は一言ではとても言い尽くせぬ複雑さを秘めていた。
まずそれは喜びである。
王は彼の思いを受け取った。そして、そうせよ、と言った。
次に恐怖である。
王は明らかに青年をかばった。公的な行事において王が賞賛したのだ。今後この献辞を理由に彼を処罰することは許されない。それは言い換えれば、王の庇護がなければ自身の死がもたらされた可能性の示唆である。
最後に、これこそが青年の心を満たしたもの。
一年前、アキアヌ屋敷で王と語らったとき、王と彼は大人と子どもであった。王にとって青年は”対する”相手ではなかった。
しかし今、王は青年を「相手」と認めた。今後王は彼を庇護することはないだろう。
「お言葉、ありがたく。”正教の守護者たる地上唯一の王国”の主、グロワス13世陛下」
彼は万感の思いを込めて、ただそう返した。
”悪”は除かれねばならない。
◆
この学位授与式典の一幕は、後世の通俗的な歴史理解においてグロワス13世が暗君、愚王と見なされる一因となった。
若き”導き手”ジュール・レスパンの大胆な論説と痛切な皮肉を理解できず、ただ自身が褒められたと喜ぶ王の姿。
戯画化されたそれは比較的早い段階から巷間に流布していたが、18期中葉以降の政治的混乱が拍車をかけた。
人々は評した。
”賢いコントゥールと愚かなコントゥールの邂逅”
老年に達したレスパンに、知人の一人がこの場面の顛末を訊ねた逸話が残されている。
「愚か者の前に立ち、それを賛美せねばならなかったのは、さぞかし苦痛でしたでしょう」
そう語りかけられたレスパンはけだるげに、顔すら向けずにこう答えたという。
「私の前にいるのはいつも愚か者ばかり。貴殿のような。真に尊敬できる方の前に立てる機会は稀だ」
と。




