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汝、暗君を愛せよ  作者: 本条謙太郞
第1部「自由への道」 第1章 サンテネリ王国の無能王
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無能な王の謝罪

 今日はね、謝罪に行きます。

 正確には相手を呼び出して謝ります。

 毎日誰かを呼び出しては謝ってます。


 社長だったり王様だったり、呼び名は何でも構わないけど、いわゆる「一番偉い人」になると大概のやりたくないことから逃げられる。

 株を公開していない会社だと誰かに叱られることもまずない。小言とか()()()()()はしょっちゅうだよ。でも、叱責はない。

 これが上場していたら話は別。でも、うちの会社は家族で始めた園芸屋がたまたま大きくなっただけのアレだからね。外見はそれっぽくても中身は零細家族経営のまま。

 だからぼく自身が頭を下げた経験はほとんどない…。


 …そんなわけないよね!


 毎日誰かに謝ってました。

 部下のおじさん達がもめるとね、片方に謝りもう片方に謝りを繰り返した。謝罪とは少しニュアンスが違うかな。いうなれば説得に近い。

 静まりたまえー、静まりたまえー、って感じ。


 異世界(サンテネリ)に来てまで、ぼくは毎日鎮魂の儀式をやってる。

 知ってるかな。謝り方にも色々あるんだ。相手によって。

 こちらが非を認めると心を開いてくれる、つまり勝手に「度量の広い人だ」と思ってくれる人もいれば、「こいつは与しやすい」と下に見る人もいる。

 親父は死ぬ間際、ぼくを病室に毎日のように呼びつけては経営者促成栽培みたいなことをしてくれたんだけど、そこでもよく言われた。

「謝罪は諸刃の剣」。


 OK。あの地獄の10年を経た自分はその諸刃の剣を痛感したから。

 大体自分の身体を斬って。


 で、結論を言うと、もう気にしない。

 だって無理でしょう。大して知りもしない人の性格を瞬時に見抜いて接し方を変えるなんて。

 じゃあどうするか。

 ぼくは二つの基準を作った。


 1 完全に自分のせいなので本気で謝る

 2 自分のせいではないのでそれっぽく謝る


 以上。


 どっちにしろ謝るけど心の込め方が違う。外から見たら多分似たような態度だと思うんだ。でも違う。1はなんというか、身体も精神も頭を下げてる。2は身体だけ頭を下げてる。


 こういうカッコいいこと言うと誤解されるけど、1で謝っても全く伝わらない場合もあるし、2でも相手に強烈に刺さることもある。

 つまり、相手を操ろうとして動くのは無理。

 すごい政治家とかはそれをやるんだから、本当にあの人達化け物だよ。全国コミュ力選手権の頂点に立つ人たちなんだ。


 でもぼくには無理。全国どころか県大会二回戦敗退レベルだからね。


 さて、ところでぼくは何の謝罪をしているのか。

 つまり、1と2のどちらなのか。


 困ったことに両方なんだ。

 つまり、過去の自分の行動を謝罪している。普通なら完全に1だよね。でも、ぼくにとって、二ヶ月前より過去のことは自分の責任じゃない。

 この身体、元々のグロワスくんがやったことなわけだ。


 新卒の部下がやらかして上司として頭を下げに行く、みたいな。

 で、思うんだ。こいつが派手にやってしまったのは自分の責任だ。自分の指導が悪くて…、みたいな。

 そういうの止めた方が良い。軽く思っとくのはいいけど本気で考え出すと病む。


 で、過去の新卒グロワスくん、やらかしまくりなんです。

 まぁ社内(国内)で止まってるだけマシといえばマシなんだけど、先輩たちからだいぶ睨まれてる。

 その上新卒なのに権限だけはあるものだから、結構実害も出ていてね。


 状況を把握してほんとに驚いたからね。国のトップである家宰(総理大臣)をいきなり飛ばしてたからね。

 ありえん。


 あのときは1モード全開で謝ったよ。フロイスブル侯爵さん。

 今ではある程度こちらを信頼してくれているっぽいけど、まだ四割くらい疑われてる。おそらく。


 で、今日のお相手は海軍卿です。




 ◆




「陛下、陛下が私めに打ち明けてくださったこと、全て嘘だとおっしゃるか?!」


 嘘というかね。二年目くらいの子がどう考えてもあり得ん見積もり作って持っていって、お客さんは喜んで契約。でもうちとしては無理、みたいな。

 想像を絶する行動を取る新人さん、ごく稀にいるよね。

 うちは地方公共団体系とか大口を若い子に任せることはなかったから、そういうのは大体個人宅。

 でもほら、BtoC、しかも地元密着系だから口コミ商売なわけで。

 さすがにぼくが行くことはなかったけど、部長レベルは時々菓子折持って謝りに行ってたな。場合によっては大損覚悟で飲んだりもした。ケース・バイ・ケース。


 今回新人(グロワス)くんが持ってった見積もりは「海軍の再建と新領土獲得再チャレンジ」。パワポとか作ったのかな。


 で、実際のところどちらも無理なわけです。新大陸にゲットした領土は価値を生みません。金鉱脈とかそういうダイレクトな富を発見できないとまだ厳しいのよ。

 増えた人口を放り込む場として活用? コストが掛かりすぎる。その上遠すぎてコントロールが効きません。

 あとね、色々な国と戦争の火種になる。これもやっかい。

 皆好きだよね、新領土(新規開拓)

 そんなわけで損切りしなければいけません。


 次、海軍。これも難しい。軍拡は経済への刺激になる。雇用も生み出せるし。でも、そもそも払える金がないんだ。現代日本のように輪転機回せば済むわけじゃないので。紙幣刷るにも担保となる何かがいるんだ。そして、担保になりそうなものはもう全部担保に入ってるんだよ。


 そんなわけで、新人くんが熱く未来を語り合った海軍卿には謝るしかない。


「嘘、というわけではない。このままでは我が国は先細る。その認識は変わらない」

「ならばなぜ? 我が国の海軍は確かにアングランには遅れを取ります。それは事実です。しかし、我がサンテネリの総力を挙げて建造を為せばまだ間に合うのですぞ!」


 アングラン。サンテネリの西海にある島国ね。あそこは狭いからね。外に出ていくしかない。


「停滞は死です。陛下、何を恐れておられるのです。大王の御業を継承されるとおっしゃったではございませんか。そのためには恐れは不要。決断こそが求められるのです」


 ご先祖さんのグロワス7世は大王と呼ばれている。で、ぼくはその大王を熱く崇拝していたらしい。これあれかな。有名なIT経営者の自伝とか読んで燃え上がったパターンかな。


「海軍卿殿。あなたもお分かりであろう。我が国には残念ながら金がない」

「金がなんだというのです。確かに金はかかりましょう。しかし、新大陸の隅々まで盾上蛇紋を打ち立てることかなえば必ず回収できるでしょう。危険を冒さずして成功はあり得ませぬ」


 盾上蛇紋。ぼくのスカーフについているあれ。微妙に蛇がリアルに描かれたルロワ家の紋章。


 海軍卿の言うことは正しい。危険を冒さず成功はない。

 これもよくあるパターン。

 でもね、社運を賭けた本当の博打って実際はなかなかやらないよ。自己啓発系入った経営者の自伝だとドラマティックに描かれているけど、本当のところはどうだろうか。大体盛ってる。冒険に踏み切っても「ギリギリ立っていられる」マージンは確保しているはず。

 まぁ、全賭けして大勝ちしたパターンもあるだろう。でもそれって経営者の能力なのかと言われると怪しい。運だろ。


「財務監殿にそそのかされておるのです、陛下! いや、あるいは家宰殿か!」

「そうだ。私は家宰にも財務監にもそそのかされた。現実を知ることを”そそのかされる”というなら、確かに私はそそのかされたのだろう」


 少し語気を強めて。

 プチ逆ギレ。あまり好きではないやり方だけど、社内のいざこざなら効果はある。相手に面子があるように、こっちにも面子があるからね。面子を大事にする相手には効く。面子などどうでもよいタイプには効かない。


「そうです。陛下、そそのかされておりますぞ! 現実と陛下はおっしゃいますが、このままアングランに我らが海を自由に侵され続ける。これも現実です」


 あー、効かないね。

 では仕方ない。


「海軍卿殿の言いようもまたもっともだ。私とてアングランの旗など見たくない。我が西海に。しかし、アングランを駆逐する大艦隊を整備することもままならぬ」


 ここから情に訴えかけるのもあまり意味がない。己の不徳をわびても多分無理。面子を重視しない以上、ぼくが頭を下げることの価値もまた重視していない。


「ところで話は変わるが、海軍卿殿。我が国には現在陸軍卿が不在だ。急な逝去だったな」

「ええ。そうですな。——陛下、もしや陸軍の縮小を?!」


 サンテネリは陸軍国だ。大陸一の規模を誇るそれは、戦力も予算も格式も新興の海軍とは比較にならない。この海軍卿さんは陸軍を殊更に「仮想敵」扱いする傾向がある。

 事業部単位で仲が悪いあれ。片方が小さくなればもう片方は大きくなる。

 パイは有限だからね。仕方ないね。


「いや、陸軍はサンテネリの柱石。折れればそれこそ即座に国が滅ぶ。——私が言いたいのはつまり、陸軍卿が()()()()()という現実だ」


 海軍卿は無言だ。

 ぼくが何をいいたいのか、おおよそ察しがついているだろう。


「卿の国家への忠誠を高く評価している。その手腕、陸で生かすことは叶わぬだろうか? いや、卿が海軍に注ぐ熱情は当然知っている。知っているが、このままにしておくのはあまりにも()()()


 人事のお時間です。

 より正確には人事でお茶を濁すお時間がやってまいりました。


 陸軍卿は現在のポストよりも明らかに格上。サンテネリ王国元帥といえば中央大陸全土の武官が憧れる最高の栄誉。ということになっているそうです。

 先日逝去した陸軍卿には、陸軍副卿、つまりナンバー2が繰り上がるのが普通ですが、ここで海軍から彼をぶち込む。

 彼が「本当に」効率重視の有能な人間なら上手くやるでしょう。でも、そうじゃなかったら、多分1年と保たない。だって組織が動かないから。

 前者なら続投。後者なら責任を取ってもらいます。穏便に。

 いずれにしても、提案を受けてくれるのであれば彼は妥協できる人(現実主義者)ですので話が通じます。

 この提案を拒否された場合、彼は妥協できない人(理想主義者)なのでなにを言っても無駄です。断固とした突破力が必要な部署があればそこに、なければ切るしかありません。


「陛下…少しお時間をいただけますかな」

「もちろんだ。思えば我が浅慮が招いたこと。海軍卿には多大な心労を与えてしまった。申し訳なく思う」


 そう言ってぼくは頭を下げた。本心だよ。


「もったいないお言葉でございます。では、サンテネリ王国のために私めに何がなせるか、熟考いたしたく存じます」

「ああ、ありがとう。下がってくれ」

「はっ」


 終わりました。


 自分で考えたような口ぶりでお送りしましたが、あらかじめ家宰のおじさんと一緒に筋書きを決めてました。というか、ほとんどおじさんが作ってくれました。

 ぼくは何もしていません。


 暗君なので。


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