最終話「マーメイド・ランデブー」(1/3)
真鳩含む組員の協力もあり、残る若頭派は海の上のみとなった。しかし、そんな中唯斗の命を刻むタイマーが動き出した――。
1.
唯斗の命を刻むタイマーが、刻一刻と時を進めていた。
「おいおい……マジかよこれ」
「どうした?」
それは苗島のスマホにも届いており、この時点で残り四分となっていた。
「クソ、なんだってあいつがこんなことに――‼︎」
しかし、しばらく物陰に隠れていたことで、外を徘徊するヤクザはほとんど居なくなっていた。真鳩が処理をして、残りを海に出したのだ。
「シンジ、どうすれば――」
「……ヒメ、オレに考え得ることは二つだ。そして、その二つはどちらも実行する!」
ヒメの肩を掴み、苗島はしっかりと内容を伝える。
「いいか、さっきからヤクザの量がやけに少ない。これなら、ヒメにも海まで近付くことができるはずだ。オレは、親父を説得して船を出す。もし、ヒメっちが上手くいかなかった時は親父とオレで唯斗を救出する!」
「それも失敗したら――」
「今はそれを考えちゃダメだ! いいか、時間がないんだ。正直、今からオレが親父を最速で説得しても、唯斗が海に投げられるのを止めることは不可能だ! ヒメっち、お前だけが頼りなんだよッ――‼︎」
肩を掴まれ揺らされ、ヒメは現実を突きつけられる。
「でも……私、人魚姫に――」
「なれる! オレは信じてる、ヒメっちならなれる! 魅入られるとかなんとか、そんなのは知らん。あんなもの、伝承に過ぎないだろ! もしかしたら、あれは嘘で本当は別かもしれない。ヒメ、その可能性に賭けるしかないんだよ!」
苗島の話は無理やりであったが、可能性がゼロでもないのは事実だった。
「……わかった、やってみる」
「ヒメっち」
「なんだ」
「唯斗を救い出したら、お前の気持ちをぶつけてやれ。曖昧じゃなく、ハッキリとした気持ちをぶつけろ!」
苗島の言葉に、ヒメはハッとする。過去に一度、同じような言葉をかけられたことがあった。
「――お前の気持ちをぶつけろよ! 好きなんだろ! あいつのこと!」
その子は泣いていて、恐らくヒメのことを好きだった人。片思いの彼が好きなヒメには、別の好きな人がいた。
「ちゅーしてこいよ! ちゅー! ちくしょー!」
まだ幼い、恋心も可愛いあの頃。結局、あの時の好きは伝えられたのだろうか、そんな記憶はとうの昔に置いていってしまった――。
「シンジ」
「ああ」
「任せろ」
ヒメは先ほどまでの怯えた表情でも、自信のない表情でも、悲しむ表情でもなくなっていた。ただ、自信に満ち溢れた表情を苗島に見せた。
「……行ってこい!」
「やってやる! シンジも頼んだ!」
「おう!」
二人は海辺に出ると、別方向に向けて走り始める。苗島は親父を説得しに一度家へ、ヒメはテトラポッドのある場所へ向けて走り出す。
ヤクザは居なくなっており、海の上にはヤクザや漁師の乗った漁船やボートがあちらこちらにあった。
「ユイト――」
ヒメは心の内で、あの時の感情を理解することができていた。
「ユイト、待ってろ。今、今助けに行くから――」
必死に走る。今日は走ってばかりだが、体力などとっくに息切れを起こしそうになるほどに削れ切っていた。
苗島も走っていた。親友のために、今自分にできることは何か。それはない。ないが、大人たちを頼ることはできる。そして、幸いにも苗島の父親は漁師だった。
「親父!」
縁側から苗島が父親を呼ぶ。
「どうした」
「船を動かしてくれ! 唯斗が、唯斗が海に落とされる!」
「なんだと⁉︎」
正直なところ、それを言ったところで間に合うはずはない。だから、苗島は拳を強く握りしめて願った。
「頼むぞ……ヒメ――!」
漁港は暗く明かりが灯っておらず、テトラポッドのある場所は船から見れば暗くて何もないように見える。
そのテトラポッドの上で、ヒメは必死に人魚姫の姿になろうとがんばっていた。
「お願い、もう一度だけ――もう一度だけ人魚姫にならせて下さい。唯斗とこのまま会えなくなるなんて嫌だ、もう誰かと別れるのは嫌だ」
必死の願いで人魚姫になろうとするが、変化の兆しは見えない。
タイマーは残り一分となり、苗島とその父親も家から出たところであった。
その頃、指田も必死に漁港まで走っていた。タイマーは残り一分で、今からでは唯斗の救出に間に合わない。指田も、ヒメのことを信じるしかなかった。
「お願い、ヒメちゃん――」
今まで関わってきた人たちの願いが、ヒメの元へと集まる。タイマーは残り三十秒。ヒメはもう一踏ん張りがんばった――しかし、
「ゼーロ」
無情なアラームが、ある一隻の船の上で鳴り響く。
「残念でしたぁ、人魚姫は現れませんでしたぁ」
男は瞼を大きく開き、唯斗に近付く。
「君のお友だちたちは、思ったよりも無能らしいね。人魚姫も、君のこと嫌いになったんじゃない?」
頭を掴まれ、唯斗は船の外へ頭を出される。
「ユイト――!」
その光景は、ヒメの居る位置からも見ることができた。
「じゃあね〜」
「ユイトッッ――――――‼︎」
ザパーンっといった音の後に、天井の笑い声が響き渡る。唯斗の姿は、そこにはない。
「嫌……」
ヒメの瞳から、涙がこぼれ落ちていく。
「嫌ぁ……」
唯斗は助からない。無情にも、ヒメは人魚姫の姿になれなかったのだ。
「嫌ぁぁぁぁ――――」
顔を手のひらで押さえて泣き崩れる。唯斗の名前を呼ぶが、返事は返ってこない。
「なんで、なんで――私が悪い子だから? イワシちゃんとの約束を破ったから?」
涙をこぼし、言葉をこぼしても答えは帰ってこない。気持ちを伝える前に、唯斗は海の中へと落ちていってしまったのだ。
言葉すらも出なくなっていた。海を捨ててでも、側に居たいと話した相手。ヒメにとって孤独を埋める存在だった相手。ヒメにとって知らない世界を教えてくれた相手。何かできると、すごいと褒めてくれた相手。ヒメに初めてサンドイッチをくれた相手。ヒメと初めて、人の姿で共に海中を泳いだ相手。綺麗だと言ってくれた相手。可愛いと言ってくれた相手。好きな相手。
積み重なった二週間の記憶は、沈没していく船のように消えていく。沈み、底の方へと落ちていく――。
「姫〜――‼︎」
懐かしい声が聞こえた。
「姫〜――‼︎」
海の中で、いつも姫と呼んできた小魚。
「ヒ〜メ〜――‼︎」
髪飾りを持ってきてくれた。
「今日は……どんな髪飾りを持ってきてくれたんだ……?」
壊れた人形のように、その言葉が口から溢れた。力はない。
「姫!」
しかし、名前を呼ぶ存在が現実であることに気がつくと、体は咄嗟に動いていて、慣れたように両手で海水を掬いあげていた。そこへ、一匹の小魚が飛び込んでくる。
「よかった! 間に合った!」
「イワシちゃん⁉︎」
それは、二度と聞けなくなったはずの声。海を捨てたはずのヒメにとって、二度と話すことのできないはずの友だちの声。
「僕の声聞こえる? 聞こえてるよね! よかった!」
「なんで、なんで――」
「別れも言わずに行っちゃうなんて酷いじゃないか! 言っただろ! 僕は応援するって。だから、姫がもう一度戻ってくると信じて、仲間を集めてたんだ! 大変だったんだよ⁉︎ 広い海を僕が探し回って見つけてきたんだ! みんな、姫のことが大好きな海の仲間たちだ!」
すると、向こう側から夜でもわかるほどの無数の魚影が現れる。その光景を、漁船に乗っていたヤクザたちも見ていた。
「なんだ⁉︎ これは」
「何が起きてやがる」
「魚群探知機に無数の魚、いや海洋生物の反応がありやす!」
「なんだと⁉︎」
生き物たちがヒメの居るところまで泳いでくると、イワシはこう言った。
「別れの挨拶をするために集めたんだけど、何か大変なことになってそうだね!」
「そうなんだ! ユイトが海に落ちて――」
「ユイト? ああ! 前に言っていた人か! さっき向こう側で、人間が一人落ちたって言ってた魚たちが居たよ! 多分、場所もわかる!」
イワシの言葉に、ヒメは喰らいつく。
「私を連れて行って――!」
「任せて! だから僕たちにもう一度見せてよ! 人魚姫としての姿を――‼︎」
◇◆
漁港に辿り着いた指田は、記録されている場所まで走っていく。そこには、一隻の黄色い電動ボートが浮かんでいた。そしてそこには、そのボートを整備している老人も居た。
「兵吉おじいちゃん……!」
「やはり来たな」
「なんでこんなところに――」
「真鳩にボートの管理任されとるだけや。ボート使うんやろ? さっき動くのは確認した」
「なんで――」
「真鳩から言われたんや。指田の娘がここに来る。準備だけしておいてやってくれってな。真鳩とは、漁師時代に何年か同じ船に乗うたことがある。そん時の縁や」
兵吉じいさんがエンジンを入れると、ボートから離れる。
「運転はできるな?」
「多分……説明書は読んだ……お父さんの直筆だけど」
「上出来や、無免許運転もええとこやな」
「本当にいいの?」
「儂の船やない。真鳩がお前さんに残した、いざという時の虎の子や」
そんな兵吉じいさんを、指田は一度だけ強く抱きしめた。
「ありがとう」
「老体には勿体ないわ。はよ行け」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に始まりました最終話。
実は最終話の構造は初期段階とほとんど変わっておらず、初期の方も最初と最後は同じような流れにする予定でした。ですが、こうして見るとわかります。初期版よりも私はこちらのほうが好きです。
さて、ここら辺で最後の小ネタでも話しましょう。真鳩派が平和的にこの町でヤクザをやってられる話です。あれはどういうことかというと、この町は漁業が盛んな上ヤクザとの繋がりが深いです。つまり、薬の搬入や武器の搬入なんてやろうと思えばいくらでもできます。
他のヤクザもそれを狙って攻め込むのですが、要は利権争いみたいなものですね。阿日津会はそれを防衛する役割も担っています。そのため、現在でも存続ができているわけです。
あんまり本編とは関係のない話ですが、こういった背景を知ると面白い部分もありますよねー。
ぜひぜひ、こういった小ネタがいつまでも話せるよう、この作品がみなさんに届くことを願っています。
では、また次回お会いしましょう!




