第八話「夏祭り」(5/6)
拐われた唯斗たちを助けにきた指田も、二人組相手には勝ち目がなかった。そんな中現れたのは、指田の父親らしき人物であった――。
5.
「お前、鈴野唯斗だろ」
真鳩は唯斗を縛り付けている紐を解きながら、唯斗に話しかける。
「は、はい。あの、ありがとうございます」
「いや、礼を言われる筋合いはない。元より俺の教育方針の悪さで起きちまったことだ、こちらが謝るべきこと。申し訳なかった」
「いえ……真鳩さんが来てくれてなければ、今頃どうなってたかわかりませんでしたから……大丈夫です。それより、俺のこと知ってるんですか?」
紐が解かれると、唯斗は起き上がり真鳩に問う。
「ああ、らなから話は聞いていた。可哀想な放任プレイを受けてるやつが居るってな」
「ほんとに、指田さんの父親なんですね……」
「それはやめろ。何度も言うが、俺は父親を名乗るような人間じゃない」
「でも、お父さんは私を育ててくれた」
「バカヤロウ。それは、指田の兄貴と嫁さんとの約束を守るためだ。それに、金だけ置いて何も言わずに出ていくやつが父親なわけねえ」
真鳩は指田の怪我を見ようとするが、指田がなんともないと反応したため見るのをやめた。
「お父さんはお父さんだよ、どれだけ自分で名乗れなくても、私のお父さんだよ」
「あの……」
唯斗が手をあげた。
「指田さんって……その、両親亡くなってませんでしたっけ?」
唯斗の質問に、真鳩はタバコに火をつけながら答えた。
「俺とらなに血の繋がりはない。指田の両親は、十年も前に抗争で亡くなった」
煙を吐きながら真鳩は、ソファに座って昔話を始めた。
「本来であれば、極道に生まれた子供は将来極道に入るよう教育されていく。義務教育を受ける権利はあるから、普通の学校には入学するがその実、家庭内やその周りでは極道との関わりもある。そうやって子を少しずつ極道の世界に慣らしていくんだが、らなは違った。らなが生まれた際、両親はらなを極道の世界には入れないことを決意した。戸籍上、不利になる点は多いが、それでも自由に生きてほしかったのだそうだ。それが、らなが小学校に上がってすぐのことだ。抗争に巻き込まれて、指田の兄貴は死に、その嫁は腹部を撃たれていた――」
――雨の日だった。まだ若かった俺は、兄貴の死に現実を受け入れられていなかった。だが、それ以前に生き残っていた嫁さんを俺なりになんとかしようとしていた。
「待ってくださいね! 必ず助けます――必ず――」
「もうやめて……」
「ダメです! じっとして下さい。早よ、布で止血せな出血多量で死んじまいます!」
「もういいの……」
「ダメです! 兄貴が死んだ今、あんたが居なくなったら俺はどうすりゃいいんですか――」
涙で顔を濡らしているのか、雨で顔を濡らしているのかわからなくなっていた。だが、嫁さんがすぐに死んじまうのは目に見てわかった。それでも、現実を受け入れたくなかった。
「必ず助けますから……ほら、背負いますね――」
「ごぷっ――」
嫁さんの吐いた血が、俺の肩に嫌な量かかりやがった。
「死なんでください! あんたが死んだら、らなちゃんはどうなるんですか!」
「お願い……」
「なんですか!」
「らなを……普通の人として育ててあげて……」
「何を言うてるんですか! それはあんたの役目――」
「お願いね……」
「指田さん? 指田さん⁉︎」
俺は嫁さんを降ろした。息はしてなかった。
「返事をしてくれ! 指田さん、指田さん――‼︎」
気が付けば、俺は葬式会場に居った。記憶はほとんどない。ただ、気が付いたら姿の見えない二人の前で立っていた。
状況がやっと飲み込めると、俺はすぐにらなを探した。らなは……笑顔を失っていた。いや、心が子供じゃなくなっていた。
「らな……」
俺が呼びかけても、涙一つすら流していなかった。
「おじさん、お父さんとお母さんと仲が良かった人?」
大人びて見えたが……それは年相応じゃない。そんな表情も、そんな心もその歳で身につけていいもんじゃない。
「らな……俺が今日から、お前を育てることになった――」
二十歳も離れておいて、俺の方が泣いちまってたんだ。
――真鳩は涙を流しながら、タバコを灰皿に押し付ける。
「結局、らなはあの頃から変わらなかった。子供らしいところを出してやることもできんかった……。俺に……俺に父親を名乗る資格はねえ! 実の父親にも母親に対しても、その実の子に涙を流させてやれなかった俺に、俺に名乗れるわけがねえ――‼︎」
真鳩はテーブルに肘をつき、右手で顔を押さえていた。大粒の涙が、いくつもテーブルの上に落ちていく。
「お父さん――」
その後ろから、指田は真鳩を抱きしめる。
「それでも、やっぱり私のお父さんだよ。だって、私はまだ子供だもん。寂しくてさ……自分より年下の子に構ってたの、ほんとは寂しいからなんだ」
「らな……」
「私のために、アパートを出て行ったんでしょ? ヤクザとの関係があると、今後生きていく上で困るからって」
「そうだ……お前が正社員として雇ってもらえないのも……俺が、俺がお前の里親を見つけてやれなかったからだ――」
「違うよ、私はそんなの求めてない」
「いいや! 必要だった――」
「お父さん……私は今の自分も、今のお父さんも大好きだし、今周りにいる人たちも大好きなんだよ。そりゃ、バイト生活じゃいつもギリギリだけど、楽しいこともあるんだよ。今日だってさ、夏祭りに六人で行ったの。こんなに騒がしいの久しぶりだからさ、ついついはしゃいじゃった部分もあって。海水浴でもそう。スイカまで持ってきて、ちょっとはしゃぎすぎたかなって。私も子供らしいところはあるんだよ。だから、お父さんは立派にお父さんをやれてたよ……」
らなは真鳩に優しく寄り添うように抱きしめ続ける。そんならなに、真鳩は涙で返すしかできなかった。
「俺が……お前の父親……」
「うん、私のお父さん。ちょっぴり怖い人だけど、頼りになるお父さん。私の、たった一人の育て親」
唯斗は眠り続けるヒメの体を起こし、自身の体にもたれかからせるように抱き寄せていた。
「……唯斗だったな」
「はい」
真鳩が声を落ち着かせると、唯斗の名前を呼んだ。
「それで、そのヒメっていうのがどうして俺たちに関係しているんだ?」
真鳩の質問に、唯斗は知りうる限りの情報を伝えた。
「……若頭か……なるほどな」
真鳩は立ち上がり、タバコをもう一本取り出した。
「今、阿日津会は二つに分かれている。会長である俺率いる組員と、若頭率いる組員。どっちも同じ組織だが、派閥が違う。それどころか、若頭の方は武闘派だ。長きに渡って平和に済ませていたこの町で、一発どでかいことをやろうとしている。組織にとっての危険分子というやつだ」
真鳩は気絶している男二人を壁に寄せて、唯斗を縛っていた縄でぐるぐる巻きにし始める。
「奴らに目をつけられている以上、一時的にヒメを隠そうとしても収まることはねえだろうな」
「じゃあ、ヒメはどこに逃げれば。人魚姫の姿にならない今じゃ、地上にしか逃げ場が……」
「迎え打つしかねえだろうな――」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
気付けば次で第八話も終了と、時の流れが早すぎる気がしてなりません。
ちなみにこれは小ネタなのですが、指田らなという名前には、ちゃんと漢字があったりします。
指田金鳳花、これでさしだらなと読みます。三文字⁉︎ となる方も居るかもしれませんが、世の中には百舌鳥と読むこともあります。らなに関しては当て字ですが、本当にちょっとした小ネタです。
実はストーリー内でこの名前を使ったシーンを扱う予定があったのですが、タイミングがなく没となり、使われるはずだった漢字だけが残りました。
こういった設定などを調べると面白い発見もあったりしますよね、みなさんも気になった方は調べてみてください。では、また次回お会いしましょう。




