第六話「人魚姫のうた」(6/6)
歌の披露が終わり、四人は余暇の時間を過ごす。その裏で、ヒメを狙う陰の動きは強まりつつあった――。
6.
――阿日津会第二事務所の二階にて。
「にしても、よく引き受けましたね若頭」
組員の一人が、ガタイのいい若頭と話をしている。
「あれは闇金から借りた金だ。後のねえ状況であんのことをするやつは、薬をやってるやつか成功するやつのどっちかだ」
「やってそうじゃなかったすか? てか、あいつ有名っすよ。前も薬やってるとこ捕まったとか――」
「やってるかやってないかは見ればわかる。確かにあいつは狂っていたが、見る限りやってる雰囲気はねえ。恐らく本当のことだろう」
「若頭を疑うわけじゃありやせんが、本当に人魚姫なんかが居るんで?」
「居なければ居ないでいい。どうせこの町の利権は俺たちが頂く。真鳩のおやっさんは、この町を取り仕切るのに向かねえ。俺たち極道が、暴力振り翳さずにやってくなんざ漢として情けねえ! 極道たるもの、この町を力で押さえなきゃならん。漁港があるんだ、それこそ薬だって仕入れられる。あの野郎の依頼を受け持ったのは、いずれ真鳩のおやっさんと対立する時のための切り札だ。もし、やつの言葉が本当であれば儲けもんだ。真鳩を押さえ込むのに丁度いい。仮に嘘だったとして、やつを脅して真鳩を殺させる。そうすれば、若頭である俺が阿日津会を率いる会長になれる。この町、この阿日津会に変革が訪れる」
「でも、それなら真正面からやり合えばよくないすか? 人数的にもこっちの方が有利ですし」
「やたらめったら殺り合っても察に目を付けられるだけだ。真鳩の後ろ盾になってるのは、この町の察だ。金がねえと後ろ盾にできねえ。少なくとも、依頼人からは大金を支払われている。これがあれば、押さえ込むこともできる」
「なら押さえ込めば――」
「依頼は依頼だ。人魚姫は捕まえる。それに、実在すれば大きい」
「信じるんすね」
「当たり前だ。そもそも、裏社会にはこういった話はわんさかある。そういうものには、嘘だった時のカバーを用意しておくもんだ。今回はそのカバーがある。タイミングがよかったんだよ、あいつは」
若頭は立ち上がると、真刀をチラつかせて言った。
「極道はな、殺るか殺られるかだ。真鳩は臆病過ぎたんだよ。俺の方には運が回る。鳥を討つ準備はできている」
「付いていきますぜ! 若頭!」
◇◆
「そんで、キャバクラに何の用なんだ?」
黒髪の男は、嬢に絡まれながらもサングラスに問いかける。
「いやぁ、あいつらに任せるのもいいんだけどさ。おれだって情報収集はしないとね」
「ほう、そんで?」
「ここである人間と待ち合わせている」
「どんなやつだ?」
「おれがまだ大学生やってた頃、高校生だったやつを引っ掛けたんだよ。そしたら見事に釣れてさ、今じゃそいつおれの収入源なんだわ」
「で?」
「そいつはこの町の出身でな、何か知ってねえかと思ったわけ。ついでにここの子たちにも聞いてるのさ〜」
サングラスはチャラけながら、嬢たちにこっそりと情報収集をしていた。
「その情報収集とやらで、目的のものは見つかったのか?」
「いんや? でも、もうすぐあいつが来るぜ。そしたら何か進展があるかもな」
そう言って待っていると、一人の女が現れる。
「お! 来たね、優菜ちゃん」
「久しぶり、天井」
現れた女は、天井と呼んだサングラスによって横へ座るように指定される。
「いやぁ、何年振りだっけ」
「まだ一年も経ってないよ」
「そうだっけ! あっはっはっはっ」
「この女が、お前の言っていた?」
「あぁ、鈴野優菜。おれの最愛の彼女」
「も〜やめてよ」
「なんだよ、体まで重ねてんのに言っちゃ悪りいかよ〜!」
ベッタリと引っ付き合う二人を真顔で見つめながら、黒髪の男が咳払いをする。
「イチャイチャしに来たわけじゃねえだろ」
「連れねえなぁ、ほら」
「なにこれ」
「おれたちこの女を探してんの」
天井が出したのは、一枚の写真であった。
「阿日津会にお願いしてさ、経営してる店舗の防犯カメラ調べさせてもらったの。大変だったんだよ? そんで、それに映ってるやつにビンゴなやつが居たんだよ」
「この子……」
「お! 見たことあるぅ?」
「……うちの家に来てたわ」
「……は?」
優菜は、あの日のことを思い出す。
「こいつ……私のお母さんの部屋を汚したの……許せない――」
「へぇ。なんか訳ありか。許せないってことは、おれたちと協力できそうだね」
「こいつがなんなの?」
「実はそいつ、めちゃくちゃ金になるんだよ。そんで、裏社会で売り捌こうと思ってさ。探してるわけ。優菜にとっても良い復讐になるんじゃねえか?」
天井の提案に、優菜は頷く。
「いいわ、手伝ってあげる」
「よし来た!」
「許さない――」
優菜は写真をクシャッと音がなるまで握りしめ、憎悪の表情を浮かべた。
◇◆
「夏祭り?」
またいつものように、苗島の提案が唯斗の前に現れる。
「あぁ、ヒメって人魚姫だろ? お寺さんでいつもやってる夏祭りへ行くついでに、住職さんに人魚姫について聞いてみないか?」
「……確かに、あそこは人魚姫の骨が納められてるらしいけど……だとして、それだと人魚姫伝説について語られるだけなんじゃないか?」
指田とヒメは、投影機によって映し出された星空の下でオセロを遊んでいる。
「あそこの住職さんは口が固いことでも有名だ。多分、ヒメの正体を言っても黙っていてくれる。もしかしたら、人魚姫に纏わる何か語られていない話が聞けるかもしれない」
正直なところ、唯斗もヒメの正体についてはずっと気になっていたのだ。人魚姫とはいったいなんなのか、その手がかりがあるとすれば、答えは一つだろう。
「……わかった、行こう。でも、夏祭りっていつだっけ」
すると、オセロをしている指田が横から入る。
「明後日じゃなかったっけ」
「明後日か……丁度バイトも入ってないな」
「オレも入ってなーい」
「私も入ってないね」
指田の言葉に二人が驚く。
「え? 指田さん当分夜勤なんじゃ……」
「私の他にも担当できる人間はいるよ。それこそ一週間全部出ろとか、死ぬって」
指田の正論に二人も納得する。
「サシダ、次の番だ」
「お、ごめんごめん」
「取り敢えず……これで、四人出れることになるのか」
「藤原んとこのガキンチョも来るかな……オレ、誘ってみよっか」
「呼ぶ必要あるか?」
「居た方がヒメっちも楽しいでしょ」
苗島がにこやかに言うと、ヒメも頷いた。
「そうだな、わかった。頼めるか?」
「任せろい」
「夏祭りか……」
唯斗はある想像をしていた。
「夏祭りっていえば浴衣だよな」
「唯斗浴衣持ってたっけ、オレはあるけど」
「一応残してる。ただ、ヒメの分が――」
「それなら私が用意しよう。実は店長の娘さんが浴衣好きでね、使わなくなったものをいくつか貰ってるの。ヒメにも似合うものがあると思う」
「ユカタ?」
「ヒメは知らないか。日本人の伝統的な服だよ」
すると、指田が立ち上がりクローゼットを開く。
「確か……あった。これだよ、私のは他にある。これならヒメちゃんにも合うんじゃないかな」
指田が出したのは、淡い白に近い桃色の浴衣に金魚が描かれたものであった。
「取り敢えず、夏祭りの日はここに来てもらおうかな。私がやってあげよう」
「……じゃあ、それでいきましょう。また、色々お願いしてしまいます」
「いやいや、私も好きでやってるし。それに、これでも楽しんでるんだよ。頼られるのも悪くない」
指田は微笑んで返す。取り敢えず今日はやることも終わったので、唯斗たちは立ち上がり帰ろうとしていた。
「朝ごはん食べていかなくていいの?」
しかし、指田の提案にヒメが喰らい付いた。
「……頂いてくか」
「あぁ、オレも」
もはやいつも通りの流れのように、指田のアパートでご飯を食べる。投影機などを片付けて、四人で朝食をとる。今回の朝食は、食パンを使ったサンドイッチであった。
ヒメは久しぶりだなと言って、サンドイッチに食らいついていた。具材は様々で、ヒメの好きなたまごサンドもあった。
こうして苗島を入れた四人で食べたのは初めてで、会話はよく弾んだ。
ビリヤードのことも、海水浴のことも。沢山のことを話し合った。
「――あ! 帽子」
「どうだ」
レンタカーに乗ってきた藤原の弟が、ヒメの被る自分と同じ帽子に気が付いて喜んでいたこと。
ポケットティッシュを貰った苗島が、ガッカリしたあと、後ろから藤原の兄に水鉄砲を撃たれたり。
秘密基地で始まった雑学。アクアショップの魚たち。ヒメを求めて現れるお客さん。リサイクルショップのワクワク。
思い出話は、まだ八月の始まったこのタイミングでもスラスラと出てきた。
二週間にも満たない、濃い時間の流れが四人を囲んでいた。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に第六話も終了! 人魚姫のストックに怯えながら、仕事終わりに執筆する毎日。果たして人魚姫が終わる前に脱稿はできるのか――⁉︎
ストーリー原案いっぱいするので執筆してくださいと言いたくなる今日この頃、みなさんの自分で書けというお声が聞こえてきた気がしました。
ということで次回は第七話「思い出話」ということで、そろそろ物語が大きく動き出します。第七話もお楽しみに!
では、また次回お会いしましょう!




