第五話「サマー・ビーチ・バカンス」(5/5)
唯斗とヒメが家に辿り着き、寝静まった夜。この町のある場所で、不穏な動きはその陰を伸ばしていく――。
5.
――人々が寝静まった夜。町のどこかにある小さなボロアパートの小さな部屋に、二人の男が住んでいた。
「ビンゴ、あったぜ〜」
片方の男は二十代ほどで、細めのサングラスに小豆色の七三分けという髪型をしている。派手な服装で、畳の上で足を組んでいる。
「なんだ?」
そう言ったもう一人の男は、先ほどの男よりもいくつか年上に見える。髪は黒のフェードカットで、服装は黒のTシャツにジーンズであった。
「探してた情報があったんだよ」
「それはいいことで。それで? 何を見つけたんだ?」
「これだよこれ――」
サングラスの男がノートパソコンを見せてくる。
「なんだこれ、魚の……なんだ?」
「魚の動きとか、近隣で獲れた魚の情報だよ」
「なんだってそんなもんを調べてんだよ、俺たちには関係ねえだろ」
「あるんだよなぁこれが――」
サングラスの男はそう言うと、ある話を男に聞かせる。
「見ちまったんだよ」
「何を?」
「お前も知ってるだろ、この辺りの人魚姫伝説は」
「あぁ、あのわけわからん話か。あんなもんをみんな聞いたり、崇めてるってのは馬鹿げた話だよな。わざわざ寺に祀るほどのものかねぇ」
「その人魚姫だよ」
「あぁ?」
「見たってのは」
サングラスの男はニヤついた顔で、男に顔を近付けて言ってくる。
「……お前、また薬やってんじゃねえの」
「バカか、あれはもう流行りじゃねえ。おれは見ちまったんだよ、ホンモノの人魚ってやつをな――」
顔をぐいぐいと近付けてくるサングラスの男に、もう一人の男はわかったわかったといった表情を見せながら片手で止める。
「それで、その人魚姫とやらが、それと何の関係があるんだよ」
サングラスの男はよくぞ聞いてくれましたという表情で、畳の上に置いているノートパソコンを横から動かす。
「さっき言った通り、ここには獲れた魚の情報も載せられてる。そんで、これが昨日獲れた魚の種類」
載せられた魚を見て、黒髪の男は首を傾げる。
「これが?」
「おかしいと思わないか?」
「何が」
「この魚の名前と種類、生体だよ」
「俺は魚について詳しくねえんだ、わかりやすく教えろ」
「居ないんだよ、この地域に本来」
サングラスの男が放った言葉に、黒髪の男は信じていないような顔で答える。
「迷い込んだんじゃねえの。魚の一匹や一種類くらい、本来居ない海域に迷い込んだりするだろ」
「それはそうなんだけど、それがこいつ一匹なら問題ねえんだよ。ただ、これを見てみろ」
そう言って新たに情報が画面に映されると、流石の男も画面に目を止めた。
「ありえねえ量の魚や種類、生き物がこの地域に集まってる。それも、たった数時間だけだ」
「……まさか」
「と思うだろ? しかしここでおれの目撃証言よ」
「もしそれが本当だとして、人魚姫が実在するわけねえだろ」
「本当にそう思う? この町の人魚姫伝説は、お前も聞いたことがあるだろう?」
「……江戸時代に漁へ出た漁船に穴が空いて、そんで終わりかと思われたが、魚たちが穴に向けて突っ込んできて穴を塞いで、船が沈むのは免れた。更に船員は海から聞こえる声があったと話したって伝説だろ?」
「よく覚えているじゃないかぁ。それってつまり、人魚姫が魚に指示を出してやったってことだよね?」
「だよねって、なんでそう言えるんだよ」
「だって、魚が自ら自殺行為のようなことをすると思うかい?」
そう言われてしまうと、黒髪の男も言葉が詰まる。
「つまり、人魚姫には魚を操る能力がある。そして、昨日のこの数時間は――」
「人魚姫が現れて魚たちを操った。そんで、操られた魚たちは本来居ない海域に現れた」
「その通り!」
できすぎた話であったが、この現象について思い当たる節もなかった。
「……じゃあ、それを真実だとするよ。それがわかったところで、何をするって言うんだよ?」
「簡単だよ、捕まえるんだよ――」
サングラスの男は瞼を大きく開きながら、男に向けて顔をまた近付ける。黒髪の男は体を後ろに反るように下げながら、顔を近付けてくるサングラスの男の話を聞く。
「捕まえるっつったって、俺たちには捕まえる手段なんてねえだろ。てか、その人魚姫が実在するとして海の中だろ。探しようねえって」
「いや、人魚姫は地上に居る」
「あ? なんだってそんなこと――」
「おれが会話で聞いた。人魚姫が人と話しているのを聞いた」
「は?」
「そのまんまの意味だよ。そして、その容姿をおれは記憶している。人間の方は若い男女の声ってだけで、姿までは見えなかったけど。でも、人魚姫の姿はわかる」
サングラスの男はそう言って、ノートパソコンに顔を戻す。
「少なくとも、地上との出入りはあるってことだ。あとは虱潰しに探していくだけよ」
話の内容はわかった様子だが、頭を掻きながら黒髪の男はある問題点をあげた。
「しかしよ、探すとして俺たち二人だけで探すのか? 効率悪りぃし、察にあまり目をつけられたくもねえ」
「そこで、心強い助っ人がこの町には居る」
「はぁ?」
「この町は昔っからヤクザとの繋がりが深くてね。阿日津会っつうヤクザがこの町を取り仕切ってんのさ、それも漁業関係者とは大きく関わってる。妙に思わなかったか? 町を出歩いてる時によ、ヤクザが好む車やらナンバープレートやらガタイのいい輩やらがわんさか居ることに――」
「……言われてみれば」
「この町は昔っからヤクザとの縁は切っても切れねえ。そこで、犯罪者であるおれたちも、そのヤクザさんに縁を繋ごうって話だ」
「ヤクザの組員使って、人魚姫を探すってか?」
「あぁ」
「そのための金なんてねえだろ」
「あるんだよなぁ」
「どこに?」
「ここまで話してわからない?」
黒髪の男は、なんとなく予想がついたように話す。
「そいつをヤクザに売り払う。それが代金ってか?」
「半分正解。代金はそうだが、おれたちも金はもらう。そんで、そのヤクザたちにあけ渡すだけじゃあまりにも勿体ない。そこでなんだけど、人魚姫ってバラバラにしてもいいのかな?」
サングラスの男は、瞼をまた大きく開き、狂ったような表情で当たり前のようにそう言った。
「……さぁな、やるとして生捕の方が安心だろうよ」
「やっぱそうだよなぁ」
「ヤクザと話つけるのはいいが、それだけでヤクザが動くとは思えねえ。せめて証拠か、やっぱり金――」
「ほらよ」
「あ?」
黒髪の男の前に出されたのは、札束であった。
「お前これ――どこで」
「闇金使ったの。安心しろって、どうせ人魚姫が見つかればチャラにできる」
「……本気なんだな……」
「本気本気、超本気。おれたちみたいな落ちぶれが、成り上がるチャンスだぜ? 上手くいけば察に怯える毎日ともおさらばだ。国外逃亡でもなんでも、その先でも人魚姫を売って生きていける。最高の話だと思わねえか? それこそ夢のような――」
サングラスの男は狂っていたが、行動をすることはすでに決まっていた。
「はぁ……わかったよ。俺も手伝ってやる」
「そう来なくっちゃなぁ! お前ならそうしてくれると思ったよぉ!」
サングラスの男は大喜びで、黒髪の男の背中を叩いて笑う。
「ただし、条件がある」
「なんの?」
「これが終わったら……もう汚ねえ生き方はやめよう」
黒髪の男はそう言ったが、それに対してサングラスの男は答えなかった。
「取り敢えず、おれはヤクザの事務所に行ってくる。お前はそれ使って、人魚姫についての情報出せるだけ調べ上げといてくれ」
サングラスの男はそれだけを言って、アパートを出て行ってしまった。
「……変わっちまったな――」
ああああああとがき
どうも、焼きだるまです。
在宅ワークのため、朝に割と時間があるんですよね。寝るのもよし、こんな風に投稿準備をするのもよし。時間の余裕があるかないかは大切ですね。
さて、遂に第五話も終了。これにて「人魚姫を釣り上げたおはなし」も、前半が終了して折り返しとなります。
後半からは展開が大きく変わっていきますので、楽しんでお読みいただけましたら幸いです。
次回は第六話「人魚姫のうた」となっております。お楽しみに! では、また次回お会いしましょう!