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第五話「サマー・ビーチ・バカンス」(4/5)

 指田に三人を任せ、唯斗とヒメは人気のないところでヒメが人魚姫の姿となり、唯斗を引っ張り海の中を泳ぎ始める。海の仲間たちが集まる中、ヒメはイワシを探す――。

   4.



 結局、ヒメの探していたイワシが姿を見せることはなかった。


「まぁ、そういうこともあるよ」


 砂浜に戻った唯斗は、ヒメに向けて慰めの言葉を送る。


「それに、最低でも明日には見せられるんだろ? 今急ぐこともないよ。それよりも驚いたよ、もう三時だなんて」


 唯斗とヒメは夢中になって海に潜っていたが、ある程度になって砂浜へ戻ってみると時間は午後の三時となっていた。


 指田から借りていた防水の腕時計が役に立つ。昼飯を食べ終わったのが十二時を過ぎたあたりだったため、実に二時間半は泳いでいたことになる。


「取り敢えず、指田さんたちと合流しよう。いつまでも空けてるわけにはいかないし、日が暮れる前には帰る準備をしなきゃだから」


 唯斗に手を引っ張られながら、人の姿に戻っていたヒメは四人の居るところまで二人で歩いていく。歩いて行こうとする。しかし、その表情はなぜか明るくない。


「なぁ、ユイト」

「どうした?」


 唯斗が立ち止まり、ヒメの方を振り向く。


「ユイトは……このままでいいのか?」


 ヒメは目を合わせず、暗い表情のまま聞いてくる。


「……それは、どういう?」


 唯斗も何となく察していたが、あえて聞いてみる。


「なんでもない」


 しかし、ヒメはそれだけを言って手を繋いだまま唯斗の前を歩き出す。


「行こう、サシダたちが待ってる」


 一度だけ振り返って言うと、ヒメはそのまま唯斗を引っ張るようにして四人の居る場所まで、二人で歩き始めた――。


「じゃじゃーん!」

「どうしたんですかそれ⁉︎」


 二人が一緒に帰ってくるのを見つけた藤原の弟が、急いだ様子でなにやら指田を呼んだかと思えば、指田が駐車場に停めてある車からスイカを持ってきたのだ。


「指田さん……いつの間に――」

「えへへ。実は最初っから積んでありまして、見えないようにダンボールで隠してあったのさ」


 唯斗は思い返してみる。車がアパートの前に来た時、荷物を積む為に後ろのドアを開けてみた時、一つだけダンボールが入っていたことを思い出す。


「――指田さん、これはなんですか?」

「あぁ、海水浴に必要なものだよ――」

「……?」


 そんなに必要なものがあったか? と首を傾げていたが、その正体が今判明した。


「みんなにサプライズできるかな〜って」

「だから中身について深く説明してこなかったんですか……」

「海水浴には必要なものだろう?」


 指田の手にはしっかりとバットも握られており、ブルーシートは脇に挟まれていた。


 ドスッという音を立てると、ブルーシートの上に無防備なスイカが鎮座した。


「ルールは簡単。バットを地面につけて、目隠しをしたまま十周する。十周が終わると、目隠しをしていない五人がそれぞれ一回だけ指示を出すの。ただ、出せるのは一回だけだから、どの程度かは本人の感覚頼り。そして、ここだと思ったところにバットを振る。その一回がスイカに擦りでもしなければ、その人は退散。指示側に移る。逆に、一回でも擦ればその人の勝ち。そのまま割ってよし。順番は若い順でやりましょう。勝った人には私から、特別なご褒美をあげます。嘘はナシね」


 指田が用意したスイカ割りゲームは、藤原の兄弟も大興奮の内容であった。人数が多いので、ルールの内容もピッタリだ。唯斗やヒメ、苗島も乗り気になる。


「指田のねーちゃん! ご褒美ってなに⁉︎」

「ふふふ――ひ・み・つ・♡」


 指田による色仕掛けにも似たものに、藤原の兄は更にやる気になってバットを持とうとする。


「こらこら、若い順って言ったでしょ。最初は弟くんから――」


 そして始まったスイカ割りゲーム。最初は藤原の弟から始まる。目隠しをして十週が終わると、五人の指示が一人一言だけ送られてくる。


「ここだ!」


 五人の指示が終わり、藤原の弟は思い切ってバットを振る。しかし、バットの先はペシャっという情けない音を出して終わってしまった。


「あちゃ〜もう少し右だったね〜、残念残念。ほら、次は君だよ」


 指田がそう言って背中を押すと、藤原の兄は俄然やる気を出して向かい、弟からバットを受け取った。


「よっしゃ〜! 俺がご褒美とスイカを貰うぜ!」


 ペシャッ


「はいアウト〜、次〜」


 勢いはありながらも、藤原の兄は見事に関係のない場所へバットを振り下ろしていた。


「クソ〜‼︎」


 そして迎える次の番だが……ここで一つ、問題が起きる。それに気付いた苗島が、コソっと指田に後ろから聞いてくる


「指田の(あね)さん、ヒメっていくつなんだ?」

「あ……しまった」


 そうして指田はヒメの耳元に近付いて聞いてみる。


「ヒメちゃんって何歳?」

「……わからん」


 時間という感覚のない海だからか、それとも人では生きれないほどの長い年月を生きてきたのか、ヒメの年齢は本人にもわからないようであった。


「……取り敢えず、唯斗たちと同じってことにしておこうか。それで、唯斗たちよりも誕生日が後ということで」


 ヒメはそれを承諾した。藤原の兄弟が何をコソコソと話し合っているんだ? と近付いてきたので、なんでもないと答えてヒメを向かわせた。


 藤原の兄からバットが渡されると、ヒメは真剣な眼差しでスイカを見た。その後ろから、苗島によって目隠しがされる。


「はい、回って〜」


 そして、十周が数えられるまでヒメは地面に突き立てたバットを中心に回り始める。


「いーち、にー」


 五人が数えていると、ヒメが突然ふらふらとしながらしゃがみ始めた。


「ヒメ、大丈夫か?」


 唯斗が駆け寄る。


「うぅ……これ、感覚がおかしくなる。やる必要はあるのか?」


 ヒメがそう言うと、藤原兄弟が笑い始める。どうやら、ヒメは回る意味を理解していなかったらしい。


 唯斗が説明をすると、ヒメはなんとか立ち上がって続きを始める。


 今度は上手くいき、指示を受ける番となった。みんなからの指示を受けながら、ヒメはスイカの前へ辿り着く。


「ここ!」


 ヒメは大きく振りかぶると――バットはヒメの足先を直撃した。


 その後は声にならない叫び声をあげ、うめき声もあがながらブルーシートの上を目隠しをつけたまま転げ回る。


 しかし、みんなは心配するどころか、その姿や状況を面白がって全員で笑い始めたのだ。


 すると、ヒメが突然立ち上がったかと思うと、目隠しをしたまま笑い続ける五人に向けて、バットを上へあげながら追いかけ始める。


「わ〜ら〜う〜な〜!」

「うおっちょ――ぶふッ――」

「にーげろー」

「にげろー」

「ちょっと待てヒメ、危な――ぶふっ」

「こらこら……ふふふ――」


 おかしな姿に笑い合い、意味のわからないことで笑われる。そんな他愛のない時間が、段々と過ぎていく。


 ヒメの怒りが収まり、次は唯斗の番となった。しかし、結果はあっさりと空振りに終わり、今度は苗島の番となる。


「褒美はオレが貰っちゃうぜ〜」


 ニヤついた顔でそう言った苗島に、唯斗が目隠しをつける。準備が終わり、指示の時間となる。セットが完了し、あとはバットを振るのみだ。そして――


「どりゃッ――!」


 見事に、スイカのど真ん中を当てたのだ。スイカは綺麗に割れることはなく、大小バラバラに割れたり砕けたりした。


「おー!」


 歓声があがり、苗島も目隠しを外した――。


 スイカを綺麗に分けて、食べづらいところは指田が全て自分の分に持っていった。


 六人でスイカを食べながら、苗島と藤原の兄弟は口から砂浜に向けて種まきを始めたり、早くに食べ終わったヒメが唯斗の分も横からこっそりと取り出して食べ始めたり、色々なことがあった。


 くだらないモノマネや、藤原の兄弟によるくだらないいたずら。いたずらによってパンツを三人の前で下げられた苗島が、いや〜んと言った後、何事もなかったようにパンツを戻し、二人を追いかけ回したり。沢山のことがあった。


 褒美を貰おうとする苗島に贈られたのが、商店街の福引で当たったポケットティッシュであったり――。


 気が付けば夕暮れはすぐに訪れ、名残惜しそうに六人はビーチをあとにする。


「いやぁ〜遊んだねぇ」


 気が付けばレンタカーの中で座っており、藤原の兄弟と苗島は疲れたのか、一番後ろの後部座席で眠っている。


 ヒメと唯斗は真ん中の列の座席に座っており、指田は運転席、助手席には荷物が置かれている。


「指田さん、今日は色々ありがとうございました」

「いいっていいって、私も久しぶりにこんなに遊んだし。それに、みんなが楽しそうなの見てたら明日もがんばろっかな〜! なんて気持ちになれたし。私の方こそ感謝だよ」


 最初は、苗島からのメールが始まりであった。最初こそ断りを入れようとしていたが、最後には結局受け入れてよかったと思っている。唯斗は苗島にも心の中で感謝しながら、帰りの車に揺られ家に着くのを待つ。


 幸い、昨日の時点で指田が家に行ったところ、姉は家を出て行った後だったらしく、姉の荷物が消えていたという。


 一度家を出てしまえば、またしばらくは帰ってこないので安全だろうとのことであった。指田自身も明日からは流石にバイトがあるため、いつまでも二人を泊め続けることはできない。


 そうして苗島、藤原と送り届け。次は唯斗たちの番となる。指田のアパートに持ち出していたものは既に車に積んであり、このまま家に帰れる状態であった。


 そんな中、右の席に座るヒメが唯斗の肩を突いた。


「ユイト」

「どうした? ヒメ」


 ヒメは唯斗に伝えると、唯斗が指田に言って車を止めさせる。そこはテトラポットのある海辺で、漁船なども近くの波止場には多く止まっていた。


「荷物はこれで終わり。紙袋にまとめておいて正解だったね」


 指田から荷物を手渡されると、唯斗は指田にもう一度感謝を伝える。指田は運転席に戻り、窓を開ける。


「いいって。それより、気が済んだら早く家に帰りなよ」

「はい!」

「返事よし、それじゃまたね。ヒメちゃんもまたね!」

「おう」


 二人が手を振ると、指田も軽く手を振り返して、窓を閉めて車を動かし始める。


「……行こっか」


 唯斗はヒメの手を繋ぐと、ヒメも頷いてテトラポットのある場所まで歩き出す。この時既に日は暮れており、星空と月明かりが海を照らし出していた。


「ユイト」


 二人は隣同士で防波堤の上を歩いている。


「どうした?」

「ユイトは、私が海に帰ると寂しいか?」


 それは、唯斗にとっては胸を締め付ける質問であった。


「……寂しいよ。でも、ヒメをこのまま地上に居させるわけにもいかない。ヒメにはヒメの生き方があるから、ヒメが海に帰るなら俺は止めない。元々、釣り上げたのは俺のせいでもあるし。……叶うなら、本当はもっと居てほしいけどね――」


 唯斗は心の内を明かす。それがどのような決断を促すかも考えずに、唯斗は最後になるであろう会話を本心で話した。


「そっか――」


 ヒメはそう返事すると、突然手を離してテトラポッドの方へ走っていく。そしてテトラポッドを下りていくと、海の向こうから小魚が一匹跳ねながらこちらへ近付いてくるのがわかった。


「姫〜!」


 迎えだ。


「イワシちゃん」


 唯斗もテトラポッドを下り、ヒメの近くまで行く。今回のヒメはなぜか両手で海水を掬わず、ただ立ち尽くしている。


「よかった、来てくれた! 髪飾りつけてくれたんだ! 似合ってるよ!」

「ありがとう、嬉しい。……イワシちゃん、どうして昼は会えなかったんだ?」


 ヒメは昼の記憶を思い返して話す。


「イルカさんの落ち着きがなくって、隣町に気配を感じると泳いで行こうとしたんだ。だけど、姫が地上を楽しんでるのは知ってたから、邪魔をしちゃダメだと思って必死に止めようと説得してたんだ!」


 その理由は優しいもので、唯斗はヒメがどれだけ大切にされているのかを身に染みて理解できた。


「そっか……ありがとう、イワシちゃん」

「構わないよ! 姫のためなら、みんなが見捨てようとも助けるし協力する! だって、僕の姫だから!」


 イワシは楽しそうに話し、あの言葉を言った。


「さぁ! 一緒に海へ帰ろう! イルカには僕からも謝るから!」


 イワシの迎えの言葉に、ヒメは手を取るかのように思われた。しかし――


「イワシちゃん、ごめん。私は――海にはまだ帰れない」

「え?」

「え?」


 思わず唯斗は、イワシと同じ反応を同じタイミングでしてしまった。


「私はユイトとまだまだ地上に居たい」

「姫……?」

「ダメなんだ、海には帰れない。ユイトのそばに居たい」

「何を言ってるんだい姫? 約束したじゃないか――」

「ごめん――」

「姫⁉︎」


 ヒメは謝罪の言葉を送ると、すぐさまテトラポッドを登って走り去ってしまう。


「ヒメ⁉︎」

「姫‼︎」


 イワシの言葉はヒメに届かず、唯斗は一度だけ振り返ると、すぐにヒメの方を向いてテトラポッドを登る。


「ヒメ!」


 走り続けるヒメを、紙袋を右手に掴みながら唯斗が追いかける。


「ヒメ」


 唯斗が何度か呼びかけると、ヒメはやっと足を止めた。


「帰らないってどういう――」

「こういうこと――‼︎」


 ヒメは唯斗の方を振り返る。その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「寂しいって言うから――私も寂しくなっちゃった――」


 それは、先ほどの会話で話したことであった。


「寂しいって……そんなことで――というか、俺のためにも……帰らないって言ったのか?」


 ヒメはしゃがみ込み、涙でぐしゃぐしゃの顔を手で押さえる。


「私だって……ユイトが居ないと寂しい。サシダやシンジも居ない海なんて……海なんて……帰りたくない――」


 ヒメはずっと抑えていた。海よりも居たいと思える場所、帰りたい場所がありながら海に帰らなくてはならないことを、気持ちを抑えていた。しかし、最後のストッパーを唯斗が外してしまったのだ。


 ずっと堪えていた、寂しいという思い。この思いを、唯斗は口に出してしまった。


「……ヒメ」


 唯斗はヒメに近付き、荷物を置いてしゃがむ。


「……ありがとう、俺のために海に戻らないって言ってくれて」


 その言葉に、ヒメは顔を上げる。


「ユイト……?」

「嬉しいんだよ。同じ気持ちだったんだって――」

「怒らないのか?」


 ヒメの言葉に、唯斗は微笑んで返す。


「怒らないよ。怒る理由なんてないよ。むしろ、何もなくあっさりと海に帰ってた方がもやもやしてたよ」


 本当はこうであってはならないのだと、二人ともわかっている。それでもこの一週間と一日は、二人にとってかけがえのない時間であった。


「だから、ありがとう」

「ユイト――」


 ヒメが抱きつく。涙でぐしゃぐしゃの顔を押し付けて、泣き声をあげている。唯斗は両手でヒメを抱きしめると、優しく背中を叩きながら静かに星空を見上げた。


 ヒメにとって出来心で始まった地上の生活は、海から逃げる生活へと変わった。しかし、それがどのようなことに発展してしまうのかまでを、二人はまだ理解していなかった――。

 ATOGAKI

 どうも、焼きだるまです。


 仕事が始まってから、投稿準備の作業は辛うじてできているのですが、執筆が全くと言っていいほど進んでおりません。


 仕事と趣味や副業を両立している人ってバカなのでしょうか? 人間とは思えませんね……。


 焼きだるまさんはまだ研修の身なのですが、本番が始まってからも現状を維持できるかすら自信がありません。


 みなさん、仕事と両立させるコツなどはありますか? もしありましたら、ぜひぜひどこかで教えてください。では、また次回お会いしましょう。

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