第五話「サマー・ビーチ・バカンス」(3/5)
人魚姫でありながら、人の姿のままではヒメは泳ぐことができなかった。なんとか唯斗によって救出されると、六人は一度海の家へと向かうことになった――。
3.
「んーっ――‼︎」
昼時には少し早かったが、六人はそれぞれ昼食となるものを食べていた。舌鼓を打つ指田が、こりゃたまらんといった表情で食べ進めている。
焼きそばやフランクフルト、たこ焼きや、デザートにかき氷を食べる。
「じーっ――」
「ん、これは俺のやつだ。ヒメねーちゃんにはやんねーよ」
藤原の兄がイカ焼きを食べると、ヒメは何か恨みごとがあるかのように睨みつける。
「ヒメお姉ちゃん、もしかして不意打ちしたお兄ちゃんのこと恨んでる?」
「いや、ヒメにも色々あるんだよ。大丈夫だよ。な? ヒメ」
唯斗が声をかけると、ヒメは睨みつけるのをやめないまま焼きそばを啜る。
「……っ、美味い」
そして、初めて食べるものに感動して気持ちが切り替わる。唯斗も内心これには、簡単だな、と思わずにはいられなくなった。
焼きそばなどを食べ終わったタイミングで、テーブルの上にかき氷が届く。ガラス器に盛られたかき氷は特大で、藤原の兄弟は二人でつつき合う。
ヒメは一人で一皿を平らげると言って、特大のかき氷を先ほどまで大量に食べていた腹にパクパクと入れていく。
残りの三人は取り皿に分けて、特大のかき氷を一皿完食した。
「いやぁ……食った食った……」
苗島が満足したように言うと、指田は席を外して会計に向かう。唯斗も払おうとしたが、指田から止められてしまえば素直に言うことを聞くしかない。元より奢ると言っていたので、今更断る理由もなかった。
「よぉし、食うもん食ったし。お前ら、水鉄砲もう一丁持ってきてたよな?」
苗島が藤原の兄弟に向かってそう言うと、弟の方が水鉄砲を苗島に渡す。
「オレ、お前らと一回これやってみたかったんだよな」
「金ぱっぱって思ったよりも子供っぽいよね」
「高二なのにな!」
「うっせぇ! 人を散々いじっておいて、今日はこいつで撃てることがどれだけお前らにとっての恐怖になるか、とことん味わっていけよ!」
わー! っと叫びながら外へ出ていく二人に、苗島は大人気なく待ちやがれ〜! っと追いかけていく。
指田が会計の最中に横目でそれを眺めていると、唯斗とヒメが指田のもとに近付く。
「ん、いいよ。あいつらは私が見守っとく。二人で遊んできな。その方が何かと都合いいでしょ。向こうの方とか、人も少なそうだし」
指田が指をさしたのは、唯斗たちの町がある方とは反対の方角で、岩場があったりするが確かに人は少なかった。
「ありがとうございます。行こっか、ヒメ」
「おう」
二人は顔を合わせて頷き合うと、指田に手を振りながら人の少ない向こう側まで歩いていく。
「手を繋いでいればカップルみたいだな」
指田はそう呟いた。
◇◆
岩場のあるそこは、中高生などに人気もありそうな場所ではあった。しかしそれは最初に居た方にもあり、そちらの方が飛び込む場所も多いため人気となっている。つまり、ここは穴場であった。
「ほんとに少ないな、ここ」
「これなら人魚にもなれる」
ヒメはそう言って周りを確認すると、突然パンツ部分とラッシュガードパーカーだけを脱ぎ出し、人魚姫の姿に変身していく。鱗が生え、両足が引っ付いていくと足先が尾ヒレへと変わっていく。
「そんないきなり……」
「ユイトだって一緒に泳ぎたいだろ。それに……それに、最後になるかもしれないから――」
唯斗は忘れたがっていた記憶を掘り返す。それは、イワシの話していた約束。一週間がしたら、ヒメは海に帰る。受け止めたくない現実を、胸の奥にそっと閉じ込めていたものであった。
「……やっぱり、帰るのか?」
今日は、ヒメを釣り上げてから八日目。イワシと約束したのが二日目のため、今日か明日には帰らなくてはならない。
「……ユイト」
ヒメは唯斗の手を取ると、答える間もなく動き出す。
「泳ぐぞ」
「え?」
そして岩場から飛び降りる。唯斗は引っ張られるまま、ヒメに連れられて海の中へと潜った――。
中は思ったよりも深くなっており、人があまり居ない理由も理解できた。浅瀬が少ないのだ。
「――」
唯斗は直前に息を吸ったため、幸いにも呼吸の心配はしばらくなかった。しかし突然のことだったため、ヒメにジェスチャーで一度海面に上がることを提案する。ヒメもそれを承諾し、一度海面に顔を出す。
「ぶはっ、ヒメそんな急な――」
「ごめん、体が動いてた」
言い訳になっていない気がしたが、ここまで来てはそれもどうでもよくなってしまった。
「……まぁ、いいよ。それより、泳ぐって言ったってどこまで泳ぐんだよ」
唯斗の質問に、ヒメは質問で返す。
「ユイトってどのくらい息を止められる?」
「……三十秒か四十秒……くらい?」
時間の単位は唯斗から教わっており、ヒメはそれを聞くと、安心したように「それならいけるな」と答えた。
「どこへ――」
「唯斗に見せてやる。私がいつも見ている光景を、人魚姫としての姿を」
ヒメは自信のある表情で、唯斗の手を握り直す。
「息を吸って、行くぞ」
唯斗の承諾などは聞かずに、呼吸を止めたのを確認すると、すぐに唯斗を引っ張りながら海の中へと潜っていく。
唯斗は連れられるがまま、ヒメに手を引かれて泳いでいく――。すると、周りからどことなく魚たちが現れて横を泳ぎ始める。
青い海の世界に、海の住民たちが集まり始める。魚の種類は多種多様で、深い場所とはいえ浅瀬も近いここに巨大な魚まで現れる。
それらはヒメの声を聞いて駆け付けたのか、たまたまここに居たのかまではわからない。しかし、ヒメは唯斗の顔を見てにこやかに笑う。そして唯斗は気付く。これは偶然などではなく、ヒメによる力なのだと――。
小さな小魚の大群に、大きめのタイやイカ。タコやアジまでもが泳いでおり、下の方にはカニやエビなどが二人を歓迎したような様子を見せる。
唯斗はこの光景を見て、すごいという言葉のみが心の中に残される。綺麗や美しさはもちろんのこと、その光景は考えることをやめさせるものがあった。
二人に向けて腕を振るカニに、真横を並行して泳ぐウミガメとコブダイ。
これらが全て、人魚姫の力によって叶えられている光景なのだ。実際には声を発しておらず、ヒメは黙ったまま海の中を唯斗と手を繋いで泳いでいる。
海の生き物は人魚姫と繋がっているのか、ただただ人魚姫の気配を海の生き物たちが感じ取ったのか。そんな考えは今はどうでもよかった。
ただ夢のようで、ただ現実味のない空間。学校の修学旅行のような行事以外で、町の外へは出ない唯斗がこうして景色を楽しむのは中々にない経験だ。そして、他の者には味わえない経験でもある。
小魚の大群が、二人の泳ぐ場所を通っていく。魚たちは二人に触れることなく、大群を乱すことなく泳いでいる。
見たことのない生き物や、海流に流されるように、自由奔放に二人の前を通るナガヒカリボヤ。
透明に近く、細長い筒状のビニール袋が漂っているようにしか見えないが、それは小さな生き物の集合体である。体内に発光バクテリアを持っていることで、二人を歓迎するようにその姿を見せている。
しばらくして、二人は海面から顔を出した。
「ぷはっ」
「どうだ」
いつもキラキラと輝かせるような顔を見せるのはヒメの役目だったが、今回ばかりは唯斗の役目であった。
「すごいよヒメ、こんなの初めてだ」
「そうだろう」
ヒメも満足げな表情で、唯斗も今の光景を見て興奮を抑えられなかった。
「今のは、ヒメが呼んで魚たちが集まっていたのか?」
「半分正解で、半分不正解。確かに呼びはしたけど、ここまでは呼んでない。だから、その子たちは私の気配を感じて来たんだと思う」
ヒメの人魚姫としての力は想像以上のもので、これが人の手に渡ればとんでもないことが起きてしまうのは容易に想像がつく。だからこそ、ヒメを他の者の手に渡してはならないと、唯斗は心の中で誓った。
そして呼吸を整えていると、唯斗はあることに気付く。
「髪飾り、変えたのか?」
それはヒメの付けていた髪飾りのことで、いつもは上から見ればバラのようにも見える貝殻をつけていたからだ。
しかし、今回つけているのは別のもので、美しい瑠璃色をした巻貝であった。
「綺麗だな――」
「――」
唯斗の率直な感想に、ヒメは生きてきた上で感じたことのない感情に襲われた。その正体はわからないが、頬が赤らむのはわかった。
「行くぞ」
「えっ。あ、あぁ……」
手は繋いだまま、ヒメは唯斗に背を向ける。
「ありがとう、イワシちゃんから貰ったものだ。今度つけてるところを見せてほしいって言ってたから、つけてやったんだ」
「それで突然、人魚姫の姿になって海に潜ろうとしてたのか……」
唯斗も納得すると、ヒメは息を吸えと言った。
「だから、イワシちゃんを探さないと――」
そう言うとヒメは、唯斗の手を引いて海の中へと潜っていく。唯斗もその手に引っ張られ、海の中へと潜っていく。
今までイワシがすぐに姿を現すことができたのは、地上に居るヒメの気配を感じ取っていたのだろう。
しかし、今回は珍しくイワシが中々現れない。隣町に移動したからか、あるいは――唯斗はそう考えたが、しばらくはヒメに付いていくことにした。
〇〇〇〇
どうも、〇〇〇〇〇です。
もはや書かなくても何書いてるかわかりますよね! そう「ねむい。どうも、アホだるまです。」です。これを外すやつなんていませんよねー!
さて、アホなことは置いといて、四月が始まってしまいました。私は今日、お仕事を終えてこれを投稿しているはずです。結果、この回しか前日に用意できず、明日は仕事終わりに投稿準備をしなくてはならなくなりました。計画性は大事ですね。
朝活や昼活のツイートができなくなるかもしれませんが、読んでくれる人は居ると信じています。
もしよろしければ、感想やレビューなどをいただけますと、励みや作品の発展になります。完結を待たれるのもありです。読者様の応援一つ一つが、私の力です。いつもありがとうございます。
長文になってしまいましたが、つまりは次回も楽しんで読んでいただけると良いのです。
では、また次回お会いしましょう!