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第45話 暖かい湯に身を委ね



 降り続く雨にすっかり私の体は冷え切っていた。



「むー……。」


 ぷるんつが帰宅するよう促している。この子はスライムなので悪天候など気にしない。健気に飼い主の体調を気遣っているのだ。

 だが私はそれに気づかないふりをする。


 顎の先から次々と雫が垂れ落ち、うなじから背を伝う水滴は否応なく私の熱を奪っていく。

 土を掬うこの手はガクガクと寒さに震え、凍えていた。




 ただその氷雨のせいか、少し頭を冷やすことも出来た。


 雨が晴れ間を呼び込むにはまだ遠い。

 しかし長々と周囲を包んだ雨は、次第にその勢いを弱めつつもあった。



 やまない雨はない。よくあるお題目だけどその通りだよね。



 私はゆらりと徐ろに立ち上がると、泥に変わりぐずぐずになったお墓に見切りをつけ、背を向ける。



 帰ろう、みんなのもとに。



 そして私の未熟さを、判断の甘さを、心ない言い草を、どうか言葉にして謝るんだ。



 私は立派な冒険者になるため、これから何度でも辛い思いをするのだろう。

 変わったのは、そのことを厭わない覚悟ができたこと。



 ……めげやしないわ、私はメグ!!



 いつも通り、ぷるんつをリュックに乗せる。

 そして水たまりが濁った跳ね返りを飛ばすことすら顧みず、私は雨の中、村へ向かって駆け出していた。





「メグちゃん、遅いですね……。本降りになってからもずっと帰ってきません……。」


 リリエラが心配そうに呟く。


 そんな言葉に気の利いた反応はない。

 寄合所に帰ってきた3人とも、会話は嘘のように少なかった。



 どこか虚ろに、片手で頬杖をつきながら窓の外を眺めていたカナ。


 そうね……、とテンポの悪い返事を返す。



「やっぱりおいらが呼んでこようか?」


 気を利かせたつもりのタロンをフランがキッと睨みつける。身をすぼめてばつの悪そうに立ち消えるタロン。



 カナたちが帰ってきてすぐ大雨が一帯を訪れた。

 そのとき誰ともなく切り出したのは、こちらからは決してメグを迎えには行かない、ということであった。


 もちろん今回のメグの気持ちは痛いほど分かる。

 でもカナたちも冒険者の端くれ。つけなければいけないけじめというものがあった。



 しかし冬の雨は冷たく厳しい。

 彼女たちはまだ見ぬメグの様子を思い浮かべては、自分の決意が揺るがないよう内心必死にこらえていた。



 すると外の風景を眺めていたカナがそのままの姿勢でバッと席を立つ。

 そして何も言葉を発せぬまま、急いで台所の奥に消えていった。



「ま、まさか……!」



 次の瞬間、ドアが開けられる。



 メグだった。



 3人が待ち続けたその人は全身濡れねずみになりながら、激しい呼吸に体を上下させている。



「メグ……!」



「私、私……!」


 言いたいことがあるのだろうが、動悸と寒さによる震えで呂律が回っていない。



 すると奥から女性がスポーツタオルを持って現れた。


「あー、あー、ひどい姿じゃないの。雨で部屋が濡れちゃうからドアを締めて動かないでね。

 さ、これで体を拭きなよ。」


 言われるままに、スポーツタオルを受け取るメグ。体を拭う。


「こちら、ペルンのカナエさんです。この寄合所で冒険者の世話をしてくださってるんです。」


「カナエさん、あなたのことを話したらお風呂を沸かして待っていて下さったの。

 風邪を引いちゃあ、彼女のせっかくの気づかいが無駄になるわ。

 入って来なさいな。」



 スポーツタオルは濡れそぼるメグの雨粒を拭い切るには心許なかった。



「私……みんなにひどいこと言って……それで、それを謝りたくて……。」



 いつの間にか戻っていたカナがメグを見やると可笑しそうに吹き出す。


「……ふふっ、あなたひどい顔じゃない。まずはさっぱりしてきなさいな。

 私たちは逃げやしないわ。言いたいことがあればそれから聞くわよ。」


 そしてカナエさんに促されるまま、私はお風呂場に招き入れられた。



 湯船に顔まで浸かり、物思いに耽る私。

 じんわりと体を温めるお湯が有り難かった。おかげでなんとか体調を崩さずに済みそうだ。



「着替え、置いとくよ。カナのだから後で礼も言っておきな。」


 脱衣所からカナエさんの声がかかる。

 ありがとうございます、と答える私。


「今、話しても迷惑じゃないかい?」


 私は構わないです、と相槌を打つ。


「……ペルンはね、元々モンスターの被害が多い街でね。

 それはもう色んなパーティがここにやってきたもんさ。」


 カナエさん曰く、冒険者に助けてもらったことも、いい加減な仕事をされてトラブルになったことも数え切れないほどあったそうだ。


 後者のパーティには私のような短絡的な考えの者もいただろうか。



「そこで今回のトラブルだった。

 派遣されるパーティはどれも討伐が出来なくて、挙句の果てにギルドが寄越して来たのがあんたたちのパーティ。


 正直見捨てられたのかと思ったよ。こんなちんちくりんな子どもに何ができるのかってね。」


 私はただ聞いている。


「だけどあんたたちはやってくれた。そして聞くところ喧嘩をしてまで責任を持って事後処理にあたってくれたっていうじゃないか。

 ……私は頭が下がる思いだったね。


 ありがとう。あなたたちの活躍で村は、子どもたちは、安心して暮らせるよ。」



「私は……。」


 何もできなかったんです。その言葉をカナエさんは遮る。



「討伐はみんなでやるもんさ。メグのおかげでモンスターを倒せたんだろ?誇っていいんだよ。

 少なくとも助けられた私たちがいることを忘れないでね。」


 それじゃあしっかり温まりなさいよ、とカナエさんは去っていった。



 私は湯船に身を委ねながら、なかなか定まらない思考に耽っていた。


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