第44話 降り注ぐ雨はいつまでも
「ライライライライライライライラァ!」
パンチの数には遠く及ばないが何となく叫ぶのが正解な気がして叫ぶ。それはもう叫べる限り叫んだ。
「ぐも、ぐももぉーー!!」
こちらはモグラの断末魔だった。
幾重にも重なった打撃はとうとうモグラの体力を削り取った。
苦痛に満ちた声をあげるが最期、大モグラはそのまま弾け飛んでマナになった。
モグラのいなくなったスペースに着地した私とぷるんつ。ぷるんつが衝撃を和らげるクッションになるという、最後まで隙のない活躍だった。
「メグちゃん……。」
「メグメグ……。」
このぉ、やったわね!とフランが抱きついてくる。
対ボス無双を使った敵を除くと、一番の強敵を倒した。それ故にオカリナの喜びも一入だった。
カナも空気を読んで茶々を入れてこない。
その後しばらく4人で円になって喜びを分かち合った。
「今回の敵、かなり強力だったわね。
アイテムをたくさん落とす『ボス』じゃなかったのは残念だけど、私たちの素の力でもそれなりの強敵と戦えることが分かった……それは収穫ね。
とくにメグ、あなた良くやったわ。」
でへへと頭をかく私。
正直ぷるんつの必殺技がうまくいって嬉しい。
そしてみんなでドロップアイテムがないか周囲を確認する。
固い岩盤を掘り進むモグラの爪や、鋭敏な感覚を持っていたと思われるモグラのヒゲが見つかった。
どちらも合成素材になる可能性がある。いそいそとアイテムプールに大事にしまい込む。
そのときだった。
「きゅう、きゅきゅきゅー。」
穴の奥から小さなモグラの赤ちゃんがせり出してきた。
キョロキョロと周りを探るように這いずっている。かわいい。
しかしそのとき、みんなを包む空気がフッと変わった気がした。
「わぁ!可愛い赤ちゃんだ。大モグラの子どもだったりするんですかね。」
ついはしゃぐ私。
「……そうね。きっとこの子を守るために、モグラはここで必死になって戦っていたに違いないわ。」
少しの間。
そして意を決したようにカナが重々しく口を開く。
「じゃあ私が倒すわね。」
最初は聞き間違いかと思った。
そうじゃないことに気づいた私はカナのジョークだと受け止める。
「またまたぁ、カナったら、冗談きついんだから!
こんなちっちゃな赤ちゃんだよ?わざわざ倒す必要なんてないじゃないのー!」
おどける私。
しかし首を振るフランが言葉を受ける。
「冗談がきついのはあなたよ、メグ。
人里離れた遠くのダンジョンならそういうこともできたでしょうね。
だけどここは人家からほど近い場所。
クエストが貼られ、現に多くのパーティが傷ついている場所なのよ。」
お次はリリエラだった。
「モンスターは知恵を持っていますし、モグラは鼻も効きます。
必ずとは言えませんが、餌の豊潤なここで同じように生活する可能性も高いと言えるでしょう。
仮に次の犠牲が出れば、私たちは責任こそ問われませんが、冒険者としては大きな『恥』になります。
……メグちゃん。
もし冒険者でなく民間人に被害が出れば、消えない傷が付いたなら、その時になって取り返しがつくでしょうか?」
なんだ、みんなの雰囲気がおかしい。
たしかに言ってる筋は通ってる。
でも本当にこんな小さな子のことを手にかけるなんて私には考えられなかった。
「そんな、やめようよ。
そうだ、私この子を遠くの場所に離してくる。それならいいでしょ?」
はぁ、とため息をつくカナ。
「動物には帰巣本能というものがあるの。
それがこの子にどれだけあるか、どの程度なら帰ってこれないか、それは知らないわ。
あるのはもしもの時の結果よ。
フルル、リリィ。」
フランとリリエラが私の脇に回り込むと、がっちりと両肩を抑え込む。
込められた力は本気だった。
「暴れないでよ、メグ。痣になるわよ。」
「メグちゃん、ごめんなさい。帰ったら冒険者倫理について学びましょうね。」
嘘だ。そんなことないよ!
「ねぇ、やめよう?そんなひどいこと、私、耐えられな――」
途端、ぴしりとフランが私の頬を張る。
「あんたねぇ、カナが好き好んでモンスターの赤ん坊に手をかける卑劣漢か何かとでも思っているの?!
あなたが一人なら、カナの役目はあんたがしなきゃいけないのよ!」
叩かれた頬がじんじんと痛む。だが目が潤んだのは痛みのせいではなかった。
成り行きを見守っていたタロンが思わず仲裁に入る。
「ちょっとみんな落ちつこうよ。
いきなりの事だし、メグにも心の準備ってものが……。」
「タロ芋は黙ってて!
あなたもどちらの意見が正しいか、分からないわけじゃないでしょう。」
カナは棍棒を振り上げると私に語りかける。
「メグメグ、辛いことはみんなで分け合いましょう。
今あなたにできること、それは見届けることよ。
この赤ちゃんがこの地に生を受けた証を、最後までその目に焼き付けて。」
カナの棍棒が振り降ろされる瞬間、私は何か叫んでいた。
その今際の際、私と赤ちゃんの目は見つめ合ったまま時を終えた――。
赤ちゃんモグラがいた場所に座り込み佇む私。
「贔屓になるかもしれないけど、お墓を作ってあげたいの。これがきっと私の作る、最初で最後のモンスターのお墓……。」
「好きにすればいいわ。もうすぐ雨になるわよ。」
「ペルンの寄合所で待ってますね……。」
立ち去っていく3人。
私は冷酷になんてなれない。みんなだってきっとそう。
でも強くならなくちゃ、これからきっと守れるものも守れないだろう。
土を寄せた場所に水滴が落ちる。雨粒だ。
どんどん、どんどん大きな水滴が落ちてくる。
モグラの耕した柔らかな土で作った急ごしらえの墓標は、きっとこれから来る雨の襲来に数刻と耐えられないだろう。
私はすぐに追いついた雨雲に雨ざらしにされながら、いつまでもいつまでも墓標に土を寄せていた。




