第32話 キラリと光る裁きの目
リクビさんの炎の剣先が私を捉えようとするその刹那だった。
「聖歌『流転生門』」
その声と同時に素早く厚い扉が地面からせり出し、間一髪のところでリクビさんの私への攻撃は受け止められた。
リクビさんはその壁を目にすると、はっと目を見開き、すぐさま体を翻し距離を取る。
続けざまに洞窟の入り口側に視線を走らせると忌々しそうに吐き捨てた。
「カロス……!」
やってきたのは!
私の危機をすんでのところで救ってくれたのは!
何を隠そう我らが神の代理人、カロスさんだったのだ。
「リクビさん、心配しなくてもその扉を開いたりなんてしませんよ。
そんなことをしたらこの子たちまで危険に晒すことになりかねません。」
ついさっきまでリクビさんと命のやり取りを演じていた私は緊張の糸が切れた。
か、カロスさぁん、と半泣きになりながら彼女に走りより抱きつく私。
よしよしと頭を撫でて応えるカロスさん。
鼻水がカロスさんの服に糸を引いているのも気にせずに私は顔を上げる。
「ぐすっ……でもカロスさん、どうしてここがわかったんですか?
私たちカロスさんに今日の行き先なんて伝えていないですよね?」
ああ、それならこの子ですよ、とおっしゃるカロスさん。煙とともに空中に現れたのはタロンだった。
タロンは申し訳無さそうに、もじもじしながら私に語りかける。
「メグ……遅くなってごめんよぉ。怪我はなかったかい?
おいら、メグとリクビの雰囲気がのっぴきならないことになったから、急いで洞窟を抜けて天界からカロス様を呼んできたんだ。
リクビは手の早いほうだし、洞窟は距離が長いから気が気じゃなかったよ。ほんと一秒一秒がこんなに長く感じられるなんて思ってもみなかった……。」
大丈夫だよ、ありがとうタロン、と伝えるとタロンも私と同じく泣き顔になった。
手を取ってわんわんボロ泣きする私たち。
そんな2人を優しい目で見つめていたカロスさんは息をつくと、一転厳しい顔になってリクビさんに向き直る。
「さて、この度のリクビさんの神威の行使は少々度を超えている可能性がありますね。
場合によっては出るべき場所であなたの行った行為を裁いて頂く必要があるでしょう。
よって私は天界の掟に則りこの度の折衝について検分を行いたいと思います。
この行為は神霊法規第五級相当に当たり、妨害・証拠隠匿などは厳しく罰せられるので心置き願います。」
リクビさんの額にたらりと汗が光る。表情はさっきとは一転青い物になり、唇を噛み締めている。
カロスさんは懐から、大きな一つ目を持つ羽の生えた生き物のようなものを取り出した。それを優しく撫でると徐ろに中空に手放す。
「カロスさん、それは……?」
「この子は天界で物事の記録を行なうべく育成された天獣の一種です。名はプリチーアイといいます。
ちなみに私が名付けたわけでないので変に思わないでくださいね。」
さいですか。
命を助けられたところこんな言い方もなんですが、まぁ今更カロスさんが生き物に変な命名をしたところで私が泡を食うことはありません。気にしないで下さい。
飛んでいったプリチーアイ。その子は一拍置くとなんと目から拡散したレーザーのようなものを射出したではないですか。
そしてそのままの体勢でゆっくりと周りに光を当てるよう回転を始めました。
レーザーが私に当たりそうになってびくりとしましたが、カロスさんから当たっても無害なものなので構えることはないですよ、と助言を頂く。
そうしてプリチーアイは周囲360度の風景にレーザーの照射を終え、カロスさんのもとへ戻ってきた模様。
カロスさんは優しくプリチーアイの羽を閉じると懐に戻しました。
「これでこの場で起きた、数十分前から現在進行形でのリアルタイムの光景が魔法媒体によって記録されます。
リクビさん、あなたがなんらかの審判を受ける際には、ここで起こった一挙一動が詳らかになることを肝に命じておいて下さいね。」
リクビさんはうなだれてぐうの音も出ないようだった。
私も命の危機に晒されて何だが、ちょっぴりかわいそうに思う。
「さて、では何が起きていたのか、私も確認しましょうかね。
プリチーアイの魔法媒体は直接脳内に取り込むことで、数十分程度の情報なら一瞬で把握できるのですよ。
それでは、ふむふむ……んんっ?」
カロスさんの表情がさらに険しいものになる。
「リクビさん。あなた人の子を殺めるつもりですか?
これだけの出力の魔法の数々、人に向けて良い道理はないでしょう。」
ばつの悪そうにリクビさんは答える。
「妾は妾の領内の治安保全を全うしたのみじゃ。抵抗されれば多少の力を振るう。これはしかたあるまい。」
カロスさんは低い声でたしなめる。
「いいえ、誰がどう見ても越権行為です。
あなた以前にも数回、暇つぶしがてら人間相手に戦闘行為に持ち込み、処罰を食らっていますよね。
今回は致命傷を与えかねないほど実力を出しています。
……ことが明らかになれば厳しい処分は免れ得ませんよ?社の権利剥奪や取り潰しなどに遭いたいのですか。」
ぎょっと目を丸くするリクビさん。
「それは困る!社は今は妾だけでなくチホも身を寄せているのじゃ。
それに妾はギリギリ致命傷は与えぬよう立ち回っておった。お主ならわかるじゃろ?」
カロスさんは取り合わない。
「実際に裁くのは私ではありませんから。
ただの人をこうまで追い詰める神は審判の目にはどう映るか……。」
明らかに弱って困り顔のリクビさん。
見かねて私は助け舟を出す。
「あのぅ、カロスさん……。どうか穏便にことを納めてもらうことはできませんかね。
リクビさんも私を殺すつもりはなかったということですし、オカリナのみんなも無事なんで……。」
「いいんですか、メグ?」
「ええ、リクビさん、悪い人には見えませんし。」
はぁ、と大きなため息をつくカロスさん。
「ということです、リクビさん。
今回の魔法媒体は諮問帰還に『今は』提出せずにおきましょう。これからは人に無為な戦いを挑んではいけませんよ。」
わかった、わかった、と縦に首を振るリクビさん。
「何か手に余ることがあれば1人で解決せず相談すること。」
リクビさんはぶんぶんうなづく。
「私に会いに来るときはアツアツのたこ焼きをお土産に。」
そうする、そうするとリクビさん。
カロスさんは私に振り返る。
「あなたの寛容さには頭が下がります。また困ったときは私を頼ってくださいね。」
こうしてリクビさんの事態は収拾した。
さらっと自らの欲望をねじ込んだカロスさんに、私も頭が下がる限りであった。




