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4 運命が引き合わせた出会い2

 誰ともすれ違うことなく個室に入った。


 相応に広くて整えられている。床の絨毯はけっこう豪華だ。ベッドも広い。ラムセスは水差しを手に取り、陶器のグラスに水を入れると沙良に差しだした。


「座れよ。別に襲いやしないんだから」

「…………」


「ガキには興味ないさ。で、お前、名前は?」

「……香山沙良」


「カ、カヤ? 言い難い名だな」

「沙良でいいわ」


「サラ、か。うーーん、サ~ラ~、うん、このほうが落ち着きがいいな。お前はたった今からサーラだ」

「え?」


「このほうが言いやすい。お前のことはサーラって呼ぶ。いいな」

「……いい、けど」


 ラムセスはニッと子どものように笑った。逆に沙良はドキドキと胸が高鳴るのを感じた。幼い頃、母である香苗以外に呼ばれたことのない名だ。当然、男に呼ばれるのも初めてだ。


「俺はホルエムヘブ将軍直轄の精鋭部隊で隊長をやっている。まだ隊長程度の軍人だが、将軍の信頼は篤い。一応、今は、な」


 沙良は目を丸くし、口をポカンと開いてその言葉を聞いた。


(ホルエムヘブはアイの次のファラオ。その次がラムセス一世。この人が、ラムセス一世……信じられない)


「お前、さっき俺のことをラムセス一世と呼んだろ。それは俺がファラオになるって意味だ。一つ間違えば首が飛ぶばかりか、一族一党殲滅に遭う。わかって言ったのか?」


 その言葉に沙良はカッとなった。


「わかってって! だって歴史がそうなってるんだもん!」

「歴史?」

「そうよ! ラムセス一世が第十九王朝を立朝して、新しいエジプトを造ることは世界中の万人が知って――」


 途中まで言いかけ、口を閉じる。


(待って! ここが古代エジプトで、私が未来からやってきたってバレたら、都合の悪い人たちにとっては邪魔以外のなにものでもない。かと言って、この人を頼っても、ファラオになるために放してくれなくなる。そうなったら、私、自分の世界に帰れなくなっちゃう! ダメだ、バレたら!)


「どうした? なぜ急に黙り込むんだ?」

「え、あ、あの……」


「お前、なにを知っている」

「なにをって……」


「王朝が変わるということは、現在の王家、アマルナ一族の血が絶えるということだ。お前は俺がツタンカーメン王を倒すというのか?」

「…………」


「それともひょっこり手に入るとでもいうのか? ファラオの座を狙っている者は、砂漠の砂ほどいるんだぜ」

「…………」


「俺はファラオになるのか?」

「…………」


 沙良は目を逸らせた。


 ラムセスは青ざめて急に黙り込んでしまった沙良を前に小さな吐息をついた。


「まぁいい。この話は折々聞かせてもらうさ。で? ニホンとはどこにあるんだ? そもそも、変な格好だな。お前の国ではそんな格好をしているのか?」


 沙良は困ったような目でラムセスを見た。


「……ここから遠いわ。ずっと、ずーっと。東の果てって言ってもいい」

「そんなに遠いところからどうやってきたんだ」


 飛行機で、そう言いかけてやめた。無駄な説明だ。頭がおかしいと思われたくないし、元の世界に戻る方法がわからない以上、少なくても彼を敵に回して得はしない。なんと言ってもこの男はかのラムセス一世なのだ。将来、このエジプトの頂点に立つ。エジプト史上最も偉大なファラオと言われるラムセス二世の祖父である。今は仲よくするのが最善だろう。沙良は咄嗟にそう考えた。


 とはいえ真実を話して協力してくれるかどうかは疑問だ。未来を知る者なら、手放したくないと考えるだろう。自分がラムセスの立場なら、おそらく逃がさない。


「遠い国から来たのなら、同行した者がいたろう? まさか一人じゃあるまい?」

「…………」


「家族はどうした? お前みたいな子どもを遠い旅に出すとは正気の沙汰じゃない。売られたのか?」

「失礼ね! 私の国じゃ、過保護すぎて問題になることはあっても、子どもを売るような親はいないわよ!」


「ではなぜ一人でここにいる? 家族は?」

「死んだのよ! お母さんは私が八つの時に病気で死んだし、お父さんは二か月前に癌で死んだわ」


 ラムセスは驚いて目を見開き、しばし無言で沙良を見つめた。


「同情なんてする必要ないわ。お母さんのことはずいぶん前の話だし、お父さんだって癌だってわかった時から覚悟はしていたから。そもそも自分が悪いのよ。体に悪いってさんざん注意しても、タバコ、やめなかったんだから」


「…………」


「ちゃんと財産も残してくれたし、生活は困らないから天国でも安心してるわよ。高校も卒業するし、お母さんのカルトゥーシュを」


 ラムセスが首を傾げている。


「? コウコウ? ソツギョウ?」


 再び沙良は、あっ、と口を押さえた。この手の話は通じないのだ。


 どうもカッとすると不要なことをペラペラしゃべってしまう傾向にある、沙良は我ながらそう思った。


「私の国ではみんな学校に行くのよ。子どもを集めていろんなことを教えるの。年齢に合わせていろいろ段階があって、私は三番目の段階を終えたのよ」


「三番目?」


「そ。一番目は七歳ぐらいから十二歳ぐらいまで。二番目は十三歳ぐらいから十五歳ぐらいまで。三番目は十六歳ぐらいから十八歳ぐらいまで」


 不意にラムセスが身を乗り出した。


「お前、十八なのか!?」

「そうよ」


 目を見開き、口をあんぐりと開けて沙良を見つめている。


「なによ、悪い?」

「十二、三歳だと思ってた! お前、俺と同い年か!!」


 沙良も驚いてラムセスの顔を凝視する。


「ウソ……もっとおじさんだと思ってた」


「おじさんだぁ? さっきも思ったが、お前、かなり傍若無人で口が悪いな。まぁいいや。親がいないんなら、こっちものんびり構えられる。聞きたいことは山ほどあるし、夜も退屈しないで済むってもんだ」


「!」


 二人の目が合う。不敵に笑うラムセスを前に、沙良は息を呑んだ。


「嘘だよ。女には困っていない」


 そう言うと、ラムセスがケラケラと声を上げて笑ったのだった。




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