2 エジプト、運命の地へ2
食後のコーヒーを飲みながら歓談する。マジーシは英語が話せず、沙良とはほとんど会話ができなかった。
マヌアを介して盛り上がった会話が一息ついた頃、沙良は例のスケッチを見せた。切り放して四つ折りにし、鞄に入れていたのだ。それを覗き込み、二人が首を捻る。
「そのまま読むと、サーラですね。サラでもいいです。王妃の名前でサーラなんて聞いたことがないです。女神にもいません。エジプトではサーラ、またはサらという名前はあまり聞かないです」
「そうですか」
「エジプトはカルトゥーシュをお土産にしてます。とてもポピュラーで、私もサラさんに勧めるつもりでした」
言いながら首からチェーンを取り出す。その先についている金色のトップがカルトゥーシュだった。
「表はファラオや王妃、それから神の名もあります。好きなのを選んで、裏に名前を入れてもらいます」
「へぇ」
「これはネフェルタリのカルトゥーシュです。ネフェルタリ、知ってますか?」
「……聞いたことがあるかも」
マヌアはニコッと笑った。
「ラムセス二世の妃です。エジプト三大美女の一人と言われています。アブ・シンベル神殿の横に小さな神殿がありますが、ラムセス二世が彼女のために造りました」
そう言いつつ、今度はマジーシのネクタイピンを外して沙良に見せる。
「これはラムセス二世のカルトゥーシュです。古代エジプトで最も偉大なファラオです」
マヌアがネクタイピンをマジーシに返す。
「自分の名前がどんなふうになるか、とても興味を感じると思います。でも、この絵は……」
マヌアが絵をジッと見つめながら首を傾げた。
「描いたというより、写したという感じがしますね。同じものを見ながらデッサンしたように私は思います」
それはまさしく、沙良が最初に見た時に感じたものだった。
「そうですよね! 誰が見たって、そう思いますよね。私も思ったんです。サーラって母が私を呼ぶ時に使ったニックネームなんです。だからすごい偶然だって、ちょっと驚いているんです」
「では、お母さんが描いたのかもしれないですね」
沙良はうんうんと頷いた。
「だと思うんです。たぶんだけど」
「お母さんには聞いてないのですか?」
「私の母って、私が八つの時に病気で死んでしまったもので。だからよくわからなくて」
マヌアが驚いたように目を見開き、それからマジーシに伝えた。二人は気の毒そうな顔をした。
「それは悲しい話です。でもサラさんのお父さんに聞けば、教えてもらえるんじゃないですか?」
沙良は困ったように苦笑した。
「父も二か月ほど前に亡くなっちゃって……」
マヌアは「あぁ!」と言って目頭を押さえた。マジーシがなにか言い、それに答えると、彼も両手で顔を覆った。
「サラさん、ご両親いないのね。それはとても悲しく、辛いこと。本当にお気の毒です。マジーシもそう言ってます。辛いこと言わせて申し訳ないです」
「いいんです、そんなこと。気にしないで。ところで、私ね、ずっと西洋文化が好きだったんですけど、アラブ世界も魅力的ですよね。驚いちゃった!」
マヌアはまたニコッと優しく微笑んだ。
「エジプトは観光国なので馴染みやすいです。トルコ、モロッコ、チュニジアなども、きっと親しめます。それ以外の国は戒律が厳しいので、女性にはなかなか大変かもしれません。でも、どの国も観光商業の魅力を知っていますので、少しずつですが解放されていくと思います。あ、ドバイなどは素晴らしいと聞きますよ」
「そうですね、日本でも有名です」
「お金ある人には天国みたいなところです」
そう言って笑った。
「では、そろそろ次に行きましょ。メンフィスとサッカラです。サッカラの階段ピラミッドは古いものです。第三王朝のジョセル王が大臣イムホテプに命じて造った有名なピラミッドです。イムホテプもまた有名な人物です」
三人は連れ立ってレストランを出ると、車に乗り込んで次の観光場所であるメンフィスへ、その後はサッカラに向かった。
翌日は沙良一人でカイロ考古学博物館に行き、残った時間はホテルに近いモスクに出向いて中を見学したのだった。
さらに翌日の昼、時間通りマヌアとマジーシがホテルにやってきた。沙良は車に乗り、カイロ空港に向かうことになった。
「サラさんはこれからルクソールに行きます。ルクソールはカイロ以上に観光名所がいっぱいあります」
「王家の谷があるところでしょ?」
「そです。テーベは古代エジプトの首都で、とても栄えました。ネクロポリスは王家の墓がいっぱいあります。空港でガイドが待っています。ルクソールではそのガイドがサラさんを案内してくれます」
「あ、そっか、マヌアさんは来ないんですよね」
マヌアはいつもの優しい笑顔を向けた。
「アブ・シンベルの観光が終わったら、サラさん、またカイロに戻ってきます。その時は私とマジーシが迎えに行きます。また会えますね」
マヌアとマジーシの笑顔に見送られ、沙良はルクソール、運命のテーベに向かって旅立ったのだった。